に

 吠
 え




「何時迄そこで寝ている心算だ。起きろ」

 靴先で軽く転がすと、限りなく死体に近かったその身体がぴくりと動く。その直後に閉じていた瞼が持ち上がり、その下の目玉がぎょろりと周囲を見回した。何かを探すように蠢いた其れは、僕の姿を捉えると、一度・二度と瞬きをし、呼応するように口元も緩やかに動き出す。その信号が厄介な程に一瞬で全身に巡り、奴は体を勢い良く上半身を起こした。喧しい声。

「芥川君!おはよう!ごめんごめん、血がいっぱい出るといつも眠くなっちゃう」
「そのまま貴様が永遠の眠りについても僕は構わぬが」
「え?でも今芥川君が起こしてくれたよね?起きろって」
「死んだかどうか確認しただけだ。返事が無いなら捨て置いた」
「そっかあ。返事して良かったあ」
「ふん。もう此処に用は無い。標的は全て片付いた。帰るぞ」
「あ、本当だ。みんな死んでるね!お疲れ様!帰ろー!」

 周囲の死体の山に視線を投げ、納得したように頷き、立ち上がろうと体を起こす。能天気な台詞とは裏腹に、その身体がよろめいた。血を流し過ぎだ。べしゃり、不快な音を立てて倒れた其れを見下ろす。痛い、とは云わない。云うことはない。

「芥川君!大変!体があんまり動かない」
「ならば矢張り捨て置くか」
「えー、今日寒いから厭だなあ」
「知らぬ。凍えていろ」
「芥川君、芥川君。囮、役に立った?」

 其れの仕事は、只の囮だ。毎度、誰より先に、独りで血を流す事。其れが役割。喜んで、自ら、其れを全うする。恐れは無く、笑って敵陣に突っ込む事。其れがこの人物の仕事だ。

「だって芥川君、一緒の仕事に就いたときいーっつも首領に云うでしょ。囮なんて要らないって。自分一人で事足りるって。仕事取っちゃうんだもん。今日は?今日のは役に立った?結構いっぱい血流したし、いっぱい時間稼いだと思うんだけどなあ。頑張った?」
「何の役にも立っていない」
「ええー!囮失敗した!」
「…偶然命が助かっただけの事。貴様の遣り方は全てにおいて無駄が過ぎる。任務の邪魔だ」

 それでも此奴は、やめないのだろう。これだけが自分の仕事だと信じて疑わないのだから。起き上がるのを諦めたのか、地面に大の字に寝転がるその人物に一歩近付く。面倒だ。何故僕が此奴に手を貸さねばならないのか。何故此奴がへらへらと笑うだけで、僕をこんなにも苛立たせるのか。不快だ。相手にするのも面倒だ。視界にすら入れたくはない。だが捨て置いても首領への報告が面倒だ。近付いてきた僕に、笑いかける。それが矢張り、苛立つ。

「貴様は弱い。そのうちに死ぬぞ」
「死んだら芥川君、悲しい?」

 くだらぬ質問だ。「せいせいする」
 僕の言葉を聞いて、声を上げて笑いだす。その笑い声も相変わらず喧しく、僕を苛立たせる。顔を顰めて、もう一度その身体を靴の先で転がした。笑うな。ごめん、と謝る声は楽しげで、何がそんなに愉快なのかが判らない。

「じゃあ、芥川君より先に死ねるようにがんばるね」

 馬鹿め、と胸の内で吐き捨てた。やがて寝転がったまま、奴は月に向かって両手を伸ばす。起き上がる手助けを求めて。月は助けになんて来ない。其れを判っていて、手を伸ばす。だから僕はその腕を引っ張った。月に助けてもらえずに、僕に手を引かれる此奴を、憐れだな、と嗤ってやる為だけに。