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「はあ……飲みすぎた」 「もう…先生ったら。いくら翌日がお休みだからって、羽目を外しすぎちゃ駄目ですよ」 朝起きて、すぐには起き上がらずに、気だるげに頭を押さえる与謝野先生へ、窘めるように云う。先に起きていた私はすでに顔を洗い着替えを済ませている。朝日が部屋に入ってくるように、カーテンを開けた。眩しさに先生が眉を寄せるけど、人間、きちんと起きたらカーテンを開けて、朝日を浴びなくっては健康に悪い。 「二日酔いの頭にはガンガン来るねェ……眩しいったらありゃしない。あー…閉めとくれ、」 「いけませんよ、先生。朝日を浴びるのを嫌がるだなんて、不健康そのものじゃないですか」 「とは云ってもねェ」 「先生はセンセイでしょう。与謝野女医?」 「医者の不養生、って言葉が世に出るくらいだ。皆そんなもんさ」 「せーんーせーいー?」 「はいはい、云うようになったじゃないか。」 溜息混じりに、ようやく先生が起き上がる。其れを横目に確認して、少しだけ得意げに、ふふ、と笑みを零した。与謝野先生が、む、と訝しむ。 「ああ、違うんです。なんだか、なんでもないことなのに嬉しくって。変ですね」 「…まァ、善い褒め言葉だろう?以前より随分、妾に口答え出来るようになって。ここまで肝が据わってる奴はなかなかいないさね」 「そ、そういう云い方だと、私が生意気になっただけみたいじゃないですか。そうじゃなくって」 「そうじゃなくって?」 「関係が、変化した、というか……気付かない内に、もっと距離が近くなっている、というか…」 「……ふゥん」 「そういうことが、二人きりの時、ただ一緒に過ごしている中の何気ない会話で解るのが、嬉しいんですよ」 自分は、このひとの特別だ。そう云えてしまう、前よりずっと、自信満々に。少し照れくさくもあるけど、嬉しい気持ちを隠し切れずに、へらりとだらしなく笑う。ただ、休みの日の朝、一緒の部屋で起きて、カーテンを開ける役目を担って、小言を口にするのが許される関係で在ることが、こんなにも幸福だなんて。私の平和呆けな台詞に、与謝野先生は、ふうん、と云うだけ。それでも、私は嬉しい。この時間が、何より。 「ああ、良いお天気ですね!お布団でも干しましょうか」 「……」 「今日は一日あったかいみたいですし、空気の入れ替えも善いですね。窓を開けましょう!」 「…」 「はいっ、なんでしょうか」 「アンタは本当に、今日も、幸せそうに妾の傍に居るね」 はいっ!と大きく頷いて、笑って、先生を振り返る。先生が、そんな私を見て目を細めた。気付いていないのかもしれないけれど、先生だって、幸せそうな顔をしていらっしゃる。私の、自惚れではないといい。ううん、自惚れじゃない。絶対に。そう信じることができてしまうのは、他でも無い貴女のおかげ。 「さ、先生。窓…を、」 開きかけた手が、ぴたり、止まる。腰のあたりに手が回されて、首元に、そのひとの艶やかな髪が触れて、くすぐったい。後ろから、抱きしめられている。すぐには頭の理解が追い付かなかった。え、どうして、先生、と混乱するのと同時に、視界の隅、窓の向こうで、通行人がこの部屋を見上げたような気がして、咄嗟にカーテンを引っ掴んだ。だのに、閉じようとする前に、先生の手が私の手に重ねられる。 「ん?なんだい、。カーテンは開けておくんだろう?そうじゃないと日の光も浴びない不健康な人間になっちまうからねェ?」 「せ、先生ったら、もう!」 「閉めてほしいッて?」 「閉めてほしいです!」 「さっき、眩しいから閉めろッて云った妾に口答えしたのは誰だったか」 「せーんーせーいー?」 「冗談さ」 じゃあ、抱きしめるのを離してくれるのかしら?そう思ったけど、違った。カーテンを閉めることが選択された。首だけで振り返った先で、柔らかな感触に目を閉じる。「が可愛いのを、外から見られちゃたまらないだろ」――ああ、もう、いじわるね。なんだか上手く、丸め込まれてしまって。そのまま、今日はずっと、貴女に閉じ込められてしまってもいいとすら。 貴女しか見えない世界に閉じこもっているのは、今に始まったことじゃないのですけど。//朝光る 200503 |