「さあ、飲むぞ飲むぞー!すべてを忘れて!」

 そう高らかに宣言して、酒瓶を抱えながら食堂を抜けた先のテラスに乗り込んでいく。それに続きながら、佐疫が苦笑いしての背中に声を掛けた。「本当に大丈夫?」と。もう飲む前から酔ってるんじゃないかと疑いたくなるくらいのハイテンションに、付き合わされる側としては不安しかない。けれどそんな佐疫の心配なんてよそに、はからりと笑って「ぜんぜん大丈夫!」と答える。本当に大丈夫な場合ひとは大丈夫とは答えずに「え?何が?」と返すらしい、とどこかで聞いた話を頭の端に浮かべながら、佐疫は促されるままにテラスの長椅子へ腰を下ろした。

「さて、どれから飲む?木舌のおすすめはこっちらしいんだけど」
「うーん、見るからに強そうなお酒だけど……何かで割って飲まなくていいの?」
「いけるっしょ!よーし、かんぱーい」
「ああ、うん?かんぱーい」

 勝手になみなみと注がれた手元の酒を見下ろして、やはり少し苦笑い。それでも、飲めないというわけではなかったし、付き合ってやるのが相手の為だろうと、隣に座るを真似るようにぐいっとあおった。

「ぷはー!しみわたるね!消毒液の味!」
「それ、感想としてどうなんだろう…」
「今日は好きなだけ飲んでいいからね。酔い潰れるまで!明日のことなんて考えちゃだめ!」
「俺は明日非番だからいいけど…あれ?もだよね?」
「あ、うん。そうなんだよね。明日のことなんて考えないぜって言いながら、考えた上で休みの日の前日に飲んでるの、なんか負けた気がするよね…」
「いや、それでいいと思うよ?勝とうとしなくていいから…」
「まあいいんだとにかく飲めー!私の酒を飲めー!」

 飲み干していないうちから注ぎ足されて、「ええ…」と困惑しきった声が漏れる。けれど相手はお構いなしだ。自分の分も少し飲むたびそうやってどんどん注ぎ足している。会話と酒が途切れたら何かまずいことでも起こるみたいに。酒に口をつける合間に、は他愛もないおしゃべりを続けた。普段からお喋り好きな女の子だけど、と前置きしたうえで、佐疫は少し引っかかっていた。

「ねえ、何かあった?」
「え?」
「何か嫌なこととか…。誘ってくれて嬉しいけど、なんだかずっと無理にはしゃいでるみたいで心配で」

 真剣な声で言われると、さすがにもぴたりと口を閉じた。夜、ちょっと酒に付き合ってほしい、と引っ張られて、連れて来られた先で「すべて忘れて飲みまくるぞ」なんて言われては、そりゃあ、ヤケ酒か何かと疑う。何かあったなら話してくれていい、という佐疫の優しさに、は、ぐ…っと黙りこんで、その間も佐疫がじっと見てくるので――やがて観念したように、頭を下げた。

「ごめん」
「え?何が?」
「心配させてごめん。あのね…」
「うん」
「何もないの」
「…え?」
「本当〜に、何もない。強がりでもなんでもなく、本当」
「そ、そっか。俺の勘違いなら、いいんだけど…」
「そんなふうに心配されると思ってなかった…佐疫の優しさを踏み躙ったようで罪悪感…」
「え、そんなことないよ。何事もないなら、それが一番いいんだし」

 確かに、妙に無理してはしゃいでるようには見えたけど、こうやって突っ込んで聞いても思いつめた様子ではないし、嘘をついている感じはしない。でもやっぱり、何かしらの理由があってこうして誘ってきたと思うんだけど。深く聞くべきか否か佐疫が考えていると、が目を泳がせながら、言いにくそうに一言、「笑わない?」と尋ねた。へんてこな理由でも。拍子抜けするような理由でも。佐疫はきょとんとしたあと、もちろん、と大きく頷く。

「あのね、私、お酒弱くはないじゃない?」
「…うん。そうだね?強い方なんじゃないかな?」
「なんか……こう…限界まで酔っぱらってみようと思って。酔っぱらった自分がどうなるのか知りたいじゃない?」
「うーん、それはたしかに…ひとりで飲むより誰かと一緒の時のほうがいいだろうね」
「そうそう。記憶なくなっても証人になるし」
「で、見届け人に俺が選ばれたの?」
「そう」
「そっか…」

 それはなんというか……、と宙を見上げて言葉を選ぶ佐疫に、が慌てて「ごめんね!?そんなくだらない理由で呼んで」と謝る。佐疫も慌てて、「ああ、違うよ?そうじゃなくて」と首を振った。

「ちょっと悔しいくらい信頼されてるんだな、俺…と思って」
「え、悔しくなること?」
「うん。ちょっとね。…でもそっか、そういうことならわかった。付き合うよ。ただ…もうちょっとペースは落とさない?」
「…んえっ!?ごめん!?」
「せっかくだし、ゆっくり月でも見ながら飲んでようよ。朝まで付き合うから」

 それまで手酌で好き勝手に飲み進めていたから、それとなく酒瓶を受け取る。お酌は自分がするから、と。佐疫に注いでもらうなり、先程までのペースが嘘のように、遠慮がちにちびちびと酒に口をつける。そんなどこか恥じらうような様子に、佐疫は小さく笑った。

「でも、どうしていきなり思いついたの?酔っぱらってみよう、なんて」
「……だって、なんか……酔ったら、素直になれたり、積極的になれたり、ぽわーっと可愛く見えたり、するのかなあ…と」

 酒には強いせいで、そんなシチュエーションには無縁だったけど。男の人、そーゆーのカワイイ〜って思うらしいし。女の人は、そうやって「酔っぱらっちゃったあ」ってしな垂れかかるの、戦略らしいし。
 そう、ぽつぽつと顔を逸らしながら白状する。そんな様子に、佐疫は目をぱちくりさせながらしばらく何も言わなかった。何も言われないことがさすがに居心地悪く、がぎぎぎと首をそちらに向けたとき、やっと佐疫が声を発した。

「……ごめん。さっき『悔しい』って言ったの、間違いだった」
「う、うん?」
「俺になら見せてもいいやじゃなくて、俺に見せたかったんだね」

 「警戒心ゼロで、意識されてないかと思った」ほんの少し拗ねたような言い方で、そんな佐疫の声を聴くのがひどく珍しくっては耳を疑った。けれど同時に、自分が恥ずかしい台詞を口にしたことに改めて気付いて目を泳がす。それを見た佐疫のくすくすという笑い声。顔が熱くなっているのが、自分でもわかった。

、耳まで真っ赤だよ?」
「う、うそだぁ、暗くて見えてないでしょ」
「ううん、わかるよ」

 月明かりの下、赤く咲く花のようにぽっと染まった頬に、伸ばされた指が触れる。観念して目を合わせた先で、見つめ合った。

「酔ってる?
「……よ、酔ってる!」
「そっか。じゃあ、目的達成だね」
「…佐疫」
「うん、なあに」
「酔ってる?」

 その問いかけに、内緒話をするように顔をそっと近づけて、佐疫がちいさく、声だけでくすぐるみたいに囁いた。「うん。酔ってるかも」これ以上飲まなくても、もうじゅうぶんに。絡んだ指から伝わる体温は、どちらのものも熱い。がごくん、と思わず喉を鳴らした。いじらしさに、佐疫が目を細めて微笑む。澄んだ昼間の青空みたいな色した瞳に、夜の色が混ざったのを見た。



赤く咲く×手酌×夜の色
( 指定:佐疫くん/りのちゃんより )