ユア キス キル ミー
 カシャカシャ、カシャカシャ。部屋の中で、アバッキオがムーディー・ブルースを発動させているときの音がする。

「いいなあ。私アバッキオのスタンド能力うらやましいんだあ」

 一人の女がそう言って、ソファーにどっかりと座るアバッキオを見つめてくる。彼女の丸い瞳だけを睨みながら、アバッキオは何も言わない。戦闘向きではないこの能力の、何をうらやましがっているのやら。

「だって、忘れたくないこと忘れちゃいそうになったら、巻き戻して、何回も思い出せるんじゃないかな」

 そんなことにこの能力を使ったことはない。そこまで大事にしてきた過去が自分にはあまり無いんだろう。そう答えるはずの彼の唇は、ぴったりとくっついていて、一言も声を発しなかった。…だというのに、女はアバッキオの言いそびれたセリフをたった今耳で聞いたとでもいうように、「ふうん、そっか。じゃあさ」と言葉を繋げた。

「もし私が死んだら、今のこの時間まで巻き戻して。で、何回も思い出して」

 何を言ってんだか。アバッキオが小さく、鼻を鳴らす。馬鹿にしたように笑う振りをして、表情は見るものが困ってしまうくらい優しかった。女はアバッキオのそんな顔を見て、にやりと笑う。「なんで、って?なんでだと思う?」いたずらをしかけるときのような楽しそうな声。彼女は微笑んで、ソファーに手をついて、アバッキオとの距離を詰めた。カシャカシャ、カシャカシャ。音がする。女の影が男の影と今まさに重なろうというとき、ぴたりと女の動作が止まった。まるでビデオを一時停止させたみたいに、ぴたりと。


「…本当、何をやってんだろうな。オレは」

 女の額のデジタル目盛りが、止まっていた。その女の顔は鼻も口も無い平らな顔になって、やがてアバッキオの影に溶けるように消えた。リプレイは終了。男の目の前には、何も残っていなかった。彼女の唇の温度まで、いつか忘れてしまうのだろう。