「ブチャラティ、手を握ってもいい?」

 恋人に向かって頼むような甘いものではないけれど、私はおずおずと、すこしか弱いふうにそう頼んだ。こんな頼み事は初めてではなくて、むしろしょっちゅう私は、ちょっと怖い場所での任務だとかに向かう前、わざとらしく彼に言った。手を握ってくれる?がんばれってしてくれる?帰ってきたら頭撫でてほめてくれる?なんて。年下の女であることを存分に利用したズルイかわいこぶりっこだったけど、ブチャラティは眉を下げて仕方ないなという顔で、ほら、といつも手を出してくれた。ブチャラティはこいつに甘いんだから、とチームのみんなからブーイングやひやかしを受けても、私はいじわるにウッシッシとみんなに笑った。

「ボスを裏切ったの後悔してるとか、そういうんじゃあないのよ?ただ、ただね、ブチャラティが手を握ってくれたら、今よりずっとやる気が出るっていうか、もうなんにも怖くなくなっちゃうと思うの。だって今までもずっとそうだったから」

 今日のそのお願いは、そんな今までのちょっと芝居がかった甘えた頼みとは、すこし違う。本当に本当に、勇気と元気をブチャラティから受け取らないと不安になっちゃいそうで、頼んだ。ボスの命令に背いて裏切り者としての道を選んだばかりの私達は、この後どんな運命が待ち受けているのか見当もつかない。けど、過酷で厳しいことは確かだ。ブチャラティについていくことを迷いはしなかった。けど、完全に怖くないかっていったら、やっぱり嘘。本当はさっきから「最悪の結末」を想像しちゃって、そのたびにぶるりと体が震える。
 まだ若くてむしろ中身はまだまだ子供で、そのうえスタンド使いとはいえ女の子。ただそれだけの理由で心優しいブチャラティが私に甘いというのは重々承知している。それ以上の理由はないのはわかってる。でもその優しさに今は甘えたいのだ。今といわず、これからも、だけど。

「…駄目だ」

 だから、自分の手のひらをじっと見つめて、少しの沈黙の末ブチャラティが重苦しい声でそう言ったとき、私は頭が真っ白になってしまった。耳を疑う。まさか、断られるとは思ってなかったのだ。だっていつも困ったり呆れたりしても、冷たく拒否することなんて一度も無かったのに。ずしりと急に胃が重くなるような感覚。

「あのとき、ボスを裏切ることを決めてオレについてきた時点で、おまえは自分の意志でこの道を選んだんだ。今更おまえの弱音に付き合うつもりはない。自分で乗り越えるんだ」
「でも…違う、違うったら!ブチャラティに手を握ってもらったら今よりもっと強くなれちゃうから、だから…」
「オレに手を握ってもらわなきゃ強くなれないようなら、おまえは一緒に来なくていい」
「私はただ…!」

 なんでそんなこというの?じわじわとこみあげてくるものをどうにか抑えようと、唇をぎゅっと噛んだ。泣いちゃいけない。きっとブチャラティは本気だ。ここで泣いたら、本当に、置いていかれる。ブチャラティは優しいだけじゃなくてちゃんと厳しさも持っている。私を真っすぐに見据えて、度胸を試すように、絶対に視線を逸らさない。頭では分かる。ブチャラティの言うことは正しい。これは私の甘えだ。いつもと同じように甘えようとして、でも今のこの状況はこれまでとは違う、甘えなんて捨てなくては先に進めない状況で。これまでとおんなじ感覚でいようとする私を叱っている。私の為に言ってくれている。でも、そんなの、頭でわかっていたって納得はできない。
 ただ、ただ手を握ってほしかっただけなんだもの。あなたの手に触れて、いつもと変わらない温もりに、安心したかっただけ。

「…もういい!ブチャラティのいじわるッ!」

 これ以上にらみあったらいよいよ泣き出しそうだと思って、私はぷいっと視線を逸らした。ブチャラティだってなんにも言わずに私から離れる。涙をこらえすぎてへんな顔になってきた気がするから、はやめに顔を逸らしてよかった。視界の端で、ブチャラティがまた自身の手のひらをじっと見下ろしてるのがわかった。そのままぐっと指を折り込んで握ると、消えそうな声で何か呟いていた。そのときの私には彼の言葉を聞き取ることができなかった。


 きっと、「すまない」とか、そんな言葉だったんだろうなって、今は思う。








「それでね、私そのときブチャラティに向かって『いじわる!』って言ったの」

 海の見える丘の上に建てられた墓の前で、私はぽつぽつと独り言のように話していた。「ように」というだけで、独り言ではなかった。私のすぐ横に立っているジョルノが時折、相槌を打ってくれていたから。今も私の言葉に、小さく「ええ」と相槌を打った。
 墓石の下にはブチャラティが眠っている。本当はもっともっと早く…それこそあの「手を握って」のやりとりをしたときだって本当はすでに、こうして静かに休んでいなくちゃいけないはずだったのに。彼の体は無理をしてずっと動いていた。それ以上傷つかなくてもよかったはずなのに、もっともっとぼろぼろになっていった。そのことを誰も知らなかったし気付かなかった。――ジョルノ以外は。

「でもさ、本当にいじわるなこと言ってたのは、私だったのね」
「……」
「手を、握れるわけがなかったんだ。だってあの時点でブチャラティの体はきっとすごく冷たくて」
「…ええ」
「その手で握ったらきっと、勇気づけるどころか私すっごく、不安になっちゃって、立っていられなくて」

 わたし、本当にいじわるなこと言っちゃってた。呟いて、ようやく枯れてきたと思っていた涙がまた滲みそうになって乱暴に目をこすった。あのときのブチャラティの気持ちを考えれば考えるほど、切なくなる。ひどいことをしてしまった。あの優しいひとに。もう永遠に謝ることができない。俯いている私の耳に、ジョルノのよく通る声が降ってくる。名前を呼ばれて、顔を上げた。

「ぼくは、君以上にいじわるな人間ですよ」
「…知ってたのに、教えてくれなかったから? そんなの、いいんだよ。だってブチャラティに口止めされてたんでしょう」
「ええ。彼が眠りについたのをいいことに、彼が絶対に言わないでくれとぼくに頼んだ秘密を、今君に教えます」

 ぼくはいじわるなので。ジョルノはそう言って、私ではなく墓石のほうを見つめていた。

「いつだったかな。君やトリッシュが…疲れて亀の中で仮眠をとっているときだったと思う。眠っている君の手に、ブチャラティが自分の手を重ねていた。ぼくの視線に気づくと、彼はすこし困ったように笑って、『こいつには内緒にしておいてくれ、頼む』と言ったんです。それからしばらく、君の手を握っていた。とても優しい表情で」

 私も、墓石を見た。その土の下で安らかに眠る顔を思い浮かべる。いつも私が甘えて困らせると浮かべていた、あの眉を下げた優しい表情を思い返した。ああ、もう、ほんとうに優しいひとだ。甘ったれで、弱くって、いじわるな私とは正反対なひとだった。指で涙を拭って、私はジョルノに向かって苦笑した。いたずらっぽく言う。「本当、ジョルノったらいじわるね」

「まさか自分がいなくなった途端へいきで私にバラされちゃうなんて、ブチャラティ、思ってもみなかったんじゃないかな」
「そうですね。案外口は軽いほうなのかもしれない。あんまり不用意にぼくに秘密を洩らさないほうがいいですよ」

 そんなふうにおどけて、くすくす笑う。でもね、ばらしてもいいよ。私の秘密はね、

「私ね、ブチャラティのこと、好きだったの」




いじわるなひと

 ジョルノが眉を下げて苦い表情をした。「いじわるですね。それはどうしたって本人に話すことはできないのに」