「ブチャラティさん、ブチャラティさん」
カワイイ女の子だなあ、と思った。大人しそうな見た目だけど、ブチャラティを見つけると、その子はパッと表情を明るくして、嬉しそうにはしゃいだ声でブチャラティのことを呼ぶんだ。もちろん、街の人間みんなブチャラティのことを慕ってるし、女の子は特にきゃーきゃー言うから、その大勢の中の一人だろうって思うけど。声を掛けられたブチャラティは、律儀に彼女の元へ向かっていく。
「何見てんだ、ナランチャ」
「んー?あれ。ホラ、あそこ。ブチャラティと女の子」
「ああ、相変わらず女が放っておかねぇなあ」
ブチャラティはひとりひとりの声に応える。べつにあの女の子が特別ってわけじゃあなかった。あの子はそんなこと知らないんだろうか。ブチャラティに、嬉しそうに笑いかけている。オレは遠くから、二人の様子を眺める。じーっと。しばらくして、話が終わったのか、ブチャラティがオレたちの方へ引き返してくる。ブチャラティはすでに背を向けているけど、女の子は名残惜しそうにブチャラティの背中をずっと見ていた。
「なーなー、ブチャラティ!あの女の子さあ」
「ん?…ああ、彼女がどうかしたのか?」
「絶対ブチャラティのこと好きだぜ、ゼッタイ!」
ひやかすように小突いたオレに、ブチャラティは心なしかきょとんとした顔をして、それから何も言わずに自分の後ろを振り返った。そこには、まだブチャラティのことを見ていた女の子。ブチャラティが急に振り返るもんだから、びっくりした表情で、慌てて、恥ずかしそうに小さく手を振った。ブチャラティも、軽く手を上げてそれに応える。そして、オレに向き直った。
「さあ、どうだろうな」
「なーなー、最近いなくねえ?あの女の子」
名前を聞いたわけじゃなかったから、「あの女の子」としか言えない。いつもブチャラティに会いに来てた――っていってもたくさんいるから、その中の――ホラ、あの、大人しそうなカワイイ子。……なんて、そんな説明を付け加えなくても、ブチャラティはオレのせりふに、「ああ、そうだな。俺も気になっていた」って答えた。どの女の子だよ?なんて聞きやしなかった。けど、なんとなく、ちゃんとオレが誰の話をしているのかは伝わっている気がした。
「しばらく見てねーよ?風邪とかかなあ」
「……そうだな。見舞いにでも行ってやりたいところだが、俺が家に押しかけても迷惑だろう」
家知ってんのかな?とか、テキトーに言ったけどマジで風邪なのかな?とか、いろいろ思うところはあったけど。見舞いに行きたいのか、ブチャラティ。気になるんだなあ、ブチャラティ。いや、相手がおばあちゃんとかでも、ブチャラティのことだから、心配して同じセリフを言うのかな。もしブチャラティがあの子のお見舞いに行ったら、あの子きっとすげー喜んじゃってさ、自分はブチャラティにとって特別なのかもって思っちまうんじゃあないかな。実際のところ、おばあちゃんとおんなじ扱いなだけだってわからずにさ。
「どうした?ナランチャ」
「いんやー、べつに!」
ただ、罪な男だよなー、って思ってさ!
「あのっ、すみません……ブチャラティさん、は…っ」
街でオレの服を引っ張ってきた相手を振り返って、ぎょっとした。「あの子」だ。しかも、かなり切羽詰まった様子で。すげー泣きそうな顔で。いや泣いてる。突然のことに頭がついていかなくて、オレは焦って、きょろきょろ周りを見回した。その間にも、彼女の目から雫が落ちる。ぼたぼた。オレが泣かせたみたい。
「ちょ、ちょっと待ってくれよォ~!?えーっと、ブチャラティならたぶん、オレより先に着いてると思うから、あっちだ!」
オレは迷子を案内するみたいに、その女の子を連れてブチャラティの元へ急いだ。手を引っ張っていいものか分からなくて、何回も後ろ振り返ってついてきてるか確認しながら歩いた。涙をごしごし拭いながら、オレに追いついてくるその子。はやくブチャラティに会わせなくちゃいけない。なんかわからないけど、そう思った。ブチャラティのお気に入りのリストランテに着くなり、オレは店の中に向かって叫んだ。
「ブチャラティ~~!!あの子いたぜ!あの子!」
店の連中がぎょっとする。奥の方から、フーゴがなんか文句言ってる声が聞こえた気がした。けど、そんな声なんかどうでもよくて。ブチャラティが店の奥からやってくる。なんだ?って歩いてくるんじゃなくて、オレの声聞いてすっ飛んできたみたいに、駆けてくる。オレは自分の後ろ、店に入らずに待っていた女の子を振り返った。そんなオレの横を通り過ぎて、ブチャラティが彼女に駆け寄って、名前を呼んだ。ああそんな名前だったんだ、って初めて知った。
「ブチャラティさん、ブチャラティさん!会いたかった!」
「どうした、何があったんだ?こんなに泣いて…」
「……実は…その、ここしばらく、父に外出を禁止されていて……」
彼女がぽつぽつと話し出すのを、ブチャラティは真剣な顔で聞いていた。オレも引っ込むタイミングを失って、一緒になって聞いていた。なんでも、彼女の父親は昔ギャングの小競り合いに巻き込まれて大怪我をしたことがあったらしい。ブチャラティの噂を聞いて、そんな男信用ならないし危ないから近付くのはやめなさい!って強く反対されたんだとか。オレは横で聞きながら、「ブチャラティは優しいイイギャングなのになあ」とか、「オレあんまり映画とか見ないけど、こういうふうに引き離されるのってなんていうんだっけな、ロミオとなんだっけな」とか考えた。
「でもやっぱり私、ブチャラティさんが好き。どうしても、会いたくて…」
彼女の口から零れた言葉に、それまでの考え事は一瞬で頭から消えて、はっとする。引っ込むタイミングを見失ったオレも悪いけど、それにしたって今、オレが横にいるの忘れちゃってるわけ?急展開に息を呑む。だけど、正直なところ、気になってしまった。ブチャラティがどんな反応をするのか。なんて返事をするのか。「ぜったいあの子ブチャラティのこと好きだよ」って言ったときも、笑ってはぐらかしたブチャラティだ。ブチャラティの手が彼女に向かって伸ばされる。
きっと、その手は彼女の肩を押し返すのだと思った。あんな話を聞いてしまったあとでは余計に、ブチャラティのことだ。一般人の、しかも親にそんな事情があって、大事にされてる娘さん。今までは妙に鈍くて、気付かなかったかもしれないけど、今こそはっきりと、「住む世界が違う。君みたいな子が俺を想ってくれても不幸になるだけだから、応えられない」と、その好意をやんわりと拒むのだろう。気持ちは嬉しいけど、とか。君を不幸にしたくないから、とか、そういう。
けれど、ちがっていた。自分の目の前にある光景は。ブチャラティのその優しいてのひらは、その子の頬を撫でていた。オレは驚いてブチャラティの表情を見る。今まで見てきたどの表情とも違う。その女の子を見つめるブチャラティの表情は。
ああそうか、と気付いた。オレは思わず両手で口を覆って、その場からそうっと逃げ出した。
「ブチャラティ、戻って来ませんね」
「まだそのオンナと話してんのか?」
「意外だな。ああいういたいけな女の純情っての?もてあそぶような男には思えなかったんだが」
「…遊びじゃあないってことだろ?」
カチャカチャとフォークを動かしていたオレに、みんなの視線が集まる。キョトンとした顔、怪訝そうな顔。きっとあの女の子のこと、その他大勢のブチャラティを慕う人間たちとおんなじだと思ってる。惚れられるのなんか珍しくなくて、優しくするのなんて人柄的に当たり前で。きっと好きだって言われても優しく、けどはっきりと拒む。一般人をコッチに引き込むことを良しとしない人だから。そんなの、オレがよくしってる。オレだってそうだろうと思ってた。けど、けどさ、たぶん、そういう問題じゃあないんだな、こればっかりは。
「絶対ブチャラティ、あの子のこと好きだぜ、ゼッタイ!」
純情×てのひら×雫
( 指定:ブチャラティ/ろくろさんより )