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(アニオリ過去前提)
ベッドに彼女の体を押し倒し、その上に覆いかぶさった。潤んだ瞳でぼくを見つめ、名前を呼ぶその弱々しい声。胸元に指をのばした。どくどくと心臓が波打って、口の中に唾がたまる。ごくん、と音を立てて飲み込む。瞬間、ぞわり、嫌な感覚がした。 欲情。ぼくが彼女に向けているものは「それ」であると自覚した。これは恋だの愛だの、かわいらしくて純潔なものではないのだ。ぼくは自分よりも弱い、非力な女の子を、自分の好みの通りに穢してやりたいと望んでいる。汚らしい劣情など注がれたことない無垢な人間に、自分という男を刻み付けようとしている。 あの男のように。あの男のように。 「…ッ、すみません…」 弾かれたように体を離して、逃げるように距離をとる。先程彼女に向かって伸ばした指から徐々に、自分の体が腐っていくような気がして震えが止まらない。どうして。行為を中断されて、服の乱れた彼女がゆっくり体を起こした。「フーゴ?」心配してたずねる声の優しさが、余計にぼくを追い詰める。ベッドの端で背中を丸めるぼくに、彼女が寄りそった。 「やっぱり…ぼくは、」 「いいよ。だいじょうぶ。ゆっくりでいいんだから」 「…おそろしいんです、君に触れるのが。欲望のままに君を貪ろうとする自分が」 尊敬していた人間からの裏切り。自分が「そういう」対象として見られる、言葉にしがたい恐怖。抵抗のできない細い腕。必死に抑えようと耐えようと、ちぎれるくらい強く噛んだ唇。嫌な記憶がフラッシュバックして離れない。自分のしようとしている行為は、自分の受けた苦痛と同じことを彼女に味わわせるのではないか。自分はあの下衆と何も変わらないのではないか。嫌だ嫌だ嫌だ、汚れたくない、穢したくない。 「ぼくは君を、綺麗なままで愛したいのに」 きっと君は軽蔑する。ぼくの中身を知ったのなら。好きだの、触れたいだのキスがしたいだの、それは自分の中に芽生えたかわいらしい平和な感情で、当然の欲求であると信じて疑わなかったのに。このまま自分を抑えきれずにどんどん形を変えて、膨れ上がって、あの醜い生き物と同じになるような気がしてならない。 おそろしい。誰もいない、逃げ場のない部屋で、ぼくに向かって伸ばされる腕。思い出す。消してしまいたいのに。ぼくはあの化け物にはなりたくない。ぼくは違う。なるはずがないのに。ぼくが彼女を愛しているのは、もっと、きれいで、もっと、純粋で、ああ、なのに! 「ジュルリと音を立てて、舌なめずりをして、好き勝手蹂躙して、汚らわしくって忌々しい、まるで魔物みたいだ」 「フーゴ、ねえ、大丈夫だよ」 「ぼくが嫌なんだ!きみが、そんな……あんな思いをするのは…」 顔を覆った。涙すら浮かべそうになって、頭を抱えた。震えた声で謝っているのが、自分だと気付くのにすこし時間がかかった。こんなにもなさけなく喚くぼくを見て、彼女はきっと幻滅するに違いない。けれど、それでいいのかもしれない。こんなぼくはきっとこの先も彼女をこの腕に抱くことはできないのだから。 そう考えた直後、突っ込むくらいの勢いで、がばっと、彼女がぼくを抱きすくめた。とじこめるように、押さえつけるように、だけど、守るように。 「フーゴはやさしいねえ」 「何を言って…」 「ねえフーゴ、私は傷つかないよ。だからフーゴも私で傷つかないでほしい」 囁く声を、彼女の細い腕の中で聞いた。ちっともたくましくなんかないのに、その胸にぎゅうっとぼくを押し付ける。「あなたが人を愛するのを怖くなくなるように、お手伝いさせて」子どもをあやすような優しい声。いつもなら、子ども扱いしないでくれと文句を言うはずのぼくの唇が、なにも言葉を発しなかった。ただ、腕を回して、弱々しくも抱きしめ返す。それに気付いたのか、彼女がくすぐったいみたいに笑った。 「大丈夫。怖くなんかないよ。怖いものなんか全部、私がやっつけてあげる!」 ああ本当に、君ならそうするだろうな。ぼくがあの化け物になったらのなら、君に討ってほしい。そのあとにきっと君はそんな化け物すらも、変わらず愛してしまうんだろう。ぼくは君を壊さずに抱きしめる方法を探すんだ。一生をかけたっていい。 ぼくは君を愛したい。傷つけずに。傷つかずに。 まものを討った日 |