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「ねえねえ私にも!私にも見せてよ、その『鍵』!」 ボスの指令通りに手に入れた「鍵」を投げて渡してぎゃいぎゃい騒いでいたアバッキオ達に、後ろの座席から身を乗り出して声を掛ける。「鍵」はアバッキオからブチャラティに渡り、そして私の元へ届く。ブドウ畑の隠れ家を出発して、全員でネアポリス駅に向かう車の中。私は手に取った「鍵」を光に翳し、そこに隠されていたボスからのメッセージを読む。娘を列車でヴェネツィアまで連れてこい、との内容。簡潔な文面だけど、「娘を護ってくれてありがとう」という一言が最初に入っていた。 「どんな人だろうね、ボス」 「…」 やっぱり優しい父親なのかなあ、なんて。トリッシュはちらりと隣の私に目をやったけど、何も言わずにすぐ視線を外す。むぅ、と口を尖らせる私。隠れ家を出て、二人きりでなくなった途端、トリッシュの態度がまた最初の頃の冷たいものに戻った気がする。私と喋っているのを、他のみんなに見られたくないんだろうか。移動中の今、トリッシュと私・車の背後を見張っているミスタとフーゴは、ブチャラティ達との座席とはカーテンで区切られた後方の、対面になった座席に座っていた。もやもや、むう、っとしながら私はもう一度、「鍵」を見る。 「…『指令はヴェネツィアにて終了する』、かぁ…」 「……もう確認できたか?『鍵』をこっちに渡してくれ」 追伸、として付け加えられていた一文を気落ちしたまま読み上げると、ブチャラティがこちらに手を伸ばしてくる。ああ、ウン、と慌てて手に持っていた物を返すけど、その際にブチャラティがじっと私の顔色を見ているのに気付いた。「せっかく仲良くなれると思ったのに、ヴェネツィアまでしか一緒にいられないのかあ」という私の心の中を勝手に読まれているような気がして、私はへらりと誤魔化すように笑ってから、顔を逸らした。ブチャラティはこういうとき、とっても鋭いんだから。 直後、視線をやった先で、ン?とフーゴとミスタの様子に何か引っかかる。二人はひそひそと縮こまって何かを話しながら、トリッシュの方を見ていた。トリッシュは靴紐の緩さを直すために少し屈んでいて、二人の視線に気づかない。私は二人の視線を真似るようによおく彼女を注視して―…はっ!とその意味に気付いて男二人のほうへ身を乗り出した。 「ちょっとちょっと二人とも!なにそのいやらしい目は!サイテー!どこ見てるの!」 「ゲッ!バカ、声が大きい!」 「なっ、ちがう!ぼくは何も!」 「いーや今のはそーゆー目だったね!サイテーサイテー!ミスタはともかくフーゴまでそんなヤツだったなんてガッカリ!」 「オイどーゆー意味だ!それにフーゴだってよォ〜こう見えてお年頃なんだからそう言ってやるなよォ〜」 「余計なフォローするな!!」 二人の視線はトリッシュの露出のきわどい(少し屈んだせいで、余計にきわどい角度になってる)胸元部分に向けられていた。やらしい目!こんなときに、トリッシュという一人の女の子に対して、そんな下心!自分がされたわけでもないのに、何故だか無性にむかーっ!と頭に血がのぼって、「あのねえ!」と掴みかかろうとしたその時、車が急ブレーキをかけて止まった。私とミスタの指摘に狼狽えていたフーゴは、油断していたのかそのまま体のバランスを崩して、あっ!と声を出した時には倒れこんでいた。 トリッシュの胸元に。はっとして顔を上げれば、唇が触れそうになるんじゃないかっていうくらい、近すぎる距離に。 「「うわああああああ」」 と、絶叫したのは当のフーゴとトリッシュの二人ではなくて、それを目撃した私とミスタだった。フーゴの体をべりっとトリッシュから引き剥がして、私は彼女を庇うようにぎゅうっと抱きしめる。きぃっ!とフーゴを睨むけど、何故か彼のかわりに両手を組んでゆるしを求めたのはミスタだった。 「フーゴをゆるしてやってくださいッ 別に悪ギがあったわけじゃありません! フーゴがブレーキにかこつけてあなたのオッパイのぞこーとか…」 「ゆるすわけないでしょ!サイテー!ほんとにありえないったら!ねえトリッシュ、大丈夫だった!?」 抱きしめる腕を緩めて、顔色を窺う。どこもへんなふうに触られてない?イヤな思いしなかった?あれこれ質問するけど、トリッシュはそんなことより私のその質問する勢いと、ミスタの大袈裟な言い訳がましい弁明に圧倒されて、たじろいでいた。 「…え、ええ…なんともないけど」 「本当に!?よかったあ…」 心底ほっとして、力が抜けるどころか、いつのまにか掴んでいたトリッシュの手を、きゅうっと握った。トリッシュが、握られた手を見て、ぽかんとする。その間もミスタとフーゴは「どーかボスには内密に!」「おまえが言うとヤバくなるじゃあないか!ヤメロ!」とぎゃいぎゃい騒いでいたけど。やがて後方のドアが開いて、「遊んでないでホラ早く降りろ」とアバッキオに怒られ、私たちは車から降りた。その際フーゴと目が合って、つーんとした態度をとったらまた焦って耳打ちされる。 「だから、今のは事故だって言ってるでしょうが!」 「へえぇ!ずいぶん焦ってらっしゃるけど!」 「そりゃあ、最初に彼女『体に触られるのがにがて』だって聞いていたからまずいと思って…」 言われて、はた、と気付く。そういえばそんなこと、初めて会ったときにペリーコロさんから聞いたっけ。思いだして、私は自分の手のひらを見る。そして、青ざめる。どうしよう、私さっき手を握っちゃった!嫌だったかもしれない。どうしよう。心配になったけど、トリッシュは特に顔色を変えず、私のすぐそばを歩いている。ほっとして息を吐くと、隣のフーゴも同じようにトリッシュを見て、息を吐いていた。 「よかった。全然気にしてなさそうだ」 私の言おうとしたせりふを盗ったみたいに、フーゴが言う。途端に、さっき彼がトリッシュの胸元に倒れこんだのとか、唇が触れそうなくらい近かったのとか、そんな光景を思い出して、むむむ、とまた腹が立ってくる。 「よくない!ぜんっぜん、よくない!」 私以外、気にしてくれなきゃ困るの!私以外はだめなのっ。そこまでは口に出せなくて、フーゴが「何怒ってるんだ」って目で見てくる。私以外男だし、油断したらみんな彼女をそーゆー目で見るかもしれないし、列車の中でも私がちゃんと目を光らせておかなくっちゃ。私が護るのよ、ヴェネツィアまで。たったのその、ヴェネツィアまで、の間だけど。 |