列車での一件が落ち着いた頃から、ブチャラティとトリッシュが険悪な雰囲気だ、と気付いたのは、私が一番遅かった。(どう見てもさっきから機嫌悪いだろ、ナランチャでも気付くレベルだぞ、とフーゴに遠回しに空気読めない奴ナンバーワンの烙印を押された)確かに、いつにもましてトリッシュはムスッとしているし、ブチャラティは話しかけるなオーラを出してる。最初気づかずに二人にいつも通りねえねえとしつこく話しかけて、他の連中が「え、おまえバカなの?勇気ありすぎじゃない?」って遠巻きに見てきた。
 ジョルノいわく。「ブチャラティが何も言わないから彼女は不安なんじゃないか」――なるほど、と思った。余計なことは話しちゃいけない、というのは私も釘を刺されている。でもどこからどこまでか「余計なこと」なのかは曖昧だ。「何も言わない」っていうのは少し、彼女が不憫な気がする。
 そしてジョルノはこうも続けた。「でも彼女は意思の強い人だ。泣いたりして騒がれないだけまし」――なるほど。たしかにトリッシュは、強い、と思う。でも、「強いから大丈夫だろう」って決めつけるのも、なんだか私たちの勝手な気がする。
 納得のいかない気持ちで、私はそーっと彼女の座るソファーの裏側に回り込んだ。肘掛けに肘を置いてむすっと床を睨んでいるトリッシュの傍へ、ひょこっと顔を出す。びっくりすることもなく、トリッシュは冷たい視線を私に注いだ後、ぷいっと顔をそらした。機嫌、悪い。

「ねえ、トリッシュ。お菓子食べる?みんなには内緒でポケットに隠してあるの」
「いらない」
「退屈じゃない?何かおしゃべりする?」
「…おしゃべり?何を話してくれるっていうの?」
「え、えーと…」
「どうせ何も話しちゃくれないんでしょう?余計なことを話そうものなら、今にそこのブチャラティさんに怒られると思うわよ」

 棘のある言い方。確かに、これはブチャラティが何も話してくれないのを怒っている感じだ。私はそーっとブチャラティのほうを見る。目が合っても、微動だにしない。何も言うな、という意味だろう。彼の後ろで、フーゴ達が「言わんこっちゃない」みたいな顔で私を見ていた。無難に、何も口を挟まず、遠巻きに見ていればいいものを。そんな感じだ。確かに、そうかもしれない。黙って引き下がったほうがいいのかな、これ以上しつこくしたら嫌われるかしら、と思いかけた時、トリッシュがそっぽを向いたまま、小さい声で呟いた。

「…やっぱり、あなたも何も言わないのね」

 それを聞いたら、胸がぐっと詰まる思いがした。そんな寂しくって悲しい声。諦めた声。ああ確かにトリッシュは強い。きっと普通の女の子なら、もっと泣いたり騒いだりするものだ。誰か説明して!どうして私ばっかりこんなこと!これからどうなるの!叫びだしたくなるのは当然で、でもそれに誰も答えないのをわかって、叫ぶことすら諦めた。それでも自分を保とうと、一人でも平気みたいな強い女の子として私たちの目に映る。そう見せている。でも、普通の女の子なら、普通の女の子だったなら――…もう普通の女の子じゃないのだ、彼女は。トリッシュはきっと、「普通」から引きずり下ろされてしまったことに、気づいている。

「…私、なんでも話すわ。トリッシュ」
「……うそね。どうせ…」
「話せないことは、話せないけど。それ以外はなんだって話す。トリッシュが不安じゃなくなるように」
「…何よそれ。その“知りたいこと”がわからない限り不安は解消しないわ」
「そこをどうにかするのよ。どうにかこうにかして」
「誤魔化すつもり?」
「そう!誤魔化すの。私、何か面白い話するね。…そうねえ、これは前にみんなでリストランテでケーキを食べたときの話なんだけど」

「……」
「…あいつ、ガッツありすぎじゃねえ?」
「バカなんだろ、多分」
「トリッシュ、唖然としてますね」

 ひそひそ話してる連中に、心の中だけで「うるさーい!ばーか!」と文句を言って、床に座りこみながら、ソファーの上のトリッシュに「なんでもない話」を聞かせる。他の誰もしない役割を選んだのは私だ。ブチャラティだって、私はトリッシュの傍にいること優先でいいって言ってくれたんだし。ちら、と一瞬だけブチャラティのほうを盗み見る。ちょっと優しい表情だった気がするので、もっとおしゃべりに気合が入った。トリッシュは呆れながらも、そっぽ向いてた顔をこっちに向けてくれている。今はそれだけでいい。ちょっとこっちを向いてくれるだけでも、嬉しい。