|
危険な目には何度もあったはずなのに、その島に到着してみると、拍子抜けするくらい実感が湧かなかった。私はぽけーっと島にある塔のてっぺんを見上げていた。あそこにボスがいるのかぁ、と。どんな人なのか、トリッシュ似の男性を想像してみたけど、実際に見ることはできないらしい。ボスの指令は、最後まで細かい指定がある。トリッシュをあの塔の上に送る役目は、私たちの中の一人だけに任せる。他の人間は上陸すら禁止。ジョルノがその護衛の役目を志願した時、「えっそれなら私も…」と手を挙げそうになったけど、即座にアバッキオにジョルノが「何言ってんだ」と怒られたので、すごすごと私は手を引っ込めた。 「…気持ちわかるよ、ジョルノ。ボスがどんな人か気になるもん私も」 「……ええ」 「ね、ね、どんなお父さんだったか後で教えてね。トリッシュ」 ぽん、とトリッシュの肩を軽く叩く。振り向いた彼女が、私の顔を見て、二度、三度、まばたきを繰り返した。ぽかんと、お互いの間に短い沈黙が流れる。首を小さく傾げて、「トリッシュ?」と名前を呼んだ。変なこと言っちゃったかな。直後、ブチャラティがトリッシュに上陸を促す。船に残らなくてはいけない私に、彼女は背を向ける。あっ、と思わず指先を伸ばして、彼女の手に触れる。少し冷たかった。トリッシュが振り返る。目が合って、自分が何も言葉を用意していないことに気づいた。 「…おい、何引き留めてんだよ。ボスが待ってるんだぞ」 「えっ!あ、ご、ごめん!いってらっしゃい!トリッシュなら大丈夫だよ!」 ねっ!と念を押すように言ったら、きょとんとしていたトリッシュが少しだけ、ばかね、って言うみたいに笑ってくれた。ぎこちなく。それを見て、手を離す。そのまま彼女はブチャラティに付き添われながら、塔へ向かっていく。二人の背中に手を振って、建物の中へ消えるのを見届けて、ため息を吐いた。 「行っちゃったぁ。大丈夫かなあ、トリッシュ。緊張してるのかな?どんな人かわかんないもんね」 「そうだ、オメーさっき『どんな人か後で教えて』なんて言ってたがよー…そりゃあ無理なんじゃあねーか?」 「…え?」 「ああ、確かに。ぼくらの役目はここで終わりなんですから、彼女と会うことももうないだろうし」 「え…えっ?いや、確かにこの島でさよならかもしれないけどさ、話が終わったら一回こっち降りてきて『無事会えたよ長旅ご苦労様それじゃあ私とはここでお別れねお元気で』みたいな挨拶くらいする時間、あるんじゃあ…」 「いや、しねーだろ」 「そこまでぼくらに恩を感じているふうには見えないな。護衛中、仲良しこよししていたわけでもな……」 あ。とそれまでつらつら喋っていたフーゴが私の顔を見た。聞いていたナランチャが口を挟む。 「ひでーこと言うなよぉ。はトリッシュと仲良くしてたじゃんか!そんな言い方じゃあまるで“仲良くなったと思ったのはだけでトリッシュはべつになんとも思ってなかった”みたいじゃー…もがっ」 バツが悪そうな顔でフーゴがナランチャの口を塞ぐ。私は、なんにも言葉が出てこなかったので、黙り込んで、呆然として、しおしおとボートの中で膝を抱えて縮こまった。あーあ、という視線がみんなから注がれる。そんな、だって、今のが最後の挨拶だって自覚してたらもっと、ちゃんと何か別れの挨拶っぽいことを言ったのに。どうしてかまだ最後じゃない気がしてならなかった。さっきのトリッシュの固まった顔は、「え?もう会うことはないのに何言ってるのあなた」っていう顔だったのか。すごく、あっけない挨拶。 「…今からでも追いかけて連絡先聞いちゃだめ?」 「上陸するなって言われてんだろーが、コラ」 「ボスの娘相手にナンパかっつの」 「違うよ!そういうミスタこそ隠れて彼女の番号聞いてないでしょーね!?口説いてない!?」 「してねーよ。つーか、やめとけやめとけ!相手はもともと一般人なんだからよォ、オレらとは関わらねーほうがいいんだろ」 「その点はブチャラティも気にしてたな。きっと彼女、名前や顔を変えて、どこか遠い国で暮らすことになるんじゃあないか?ってさ」 「……顔を変えるなんて、もったいないね。あんなに綺麗な女の子なのに。あれ以上なんてないのに」 抱えた膝に顔をうずめながら、そんなことを小さく呟く。今までの人生を、トリッシュという存在を塗りつぶすみたいに消して、私たちと過ごした短い時間すらも証拠一つなく消して、別人として、どこかで暮らすの?他に方法はないんだろうか。本当に、それだけが彼女の選べる幸せなの?そりゃあ、どんな道を選んでも、これからの彼女の人生に、かけらも自分は存在しないのは、わかってるけど。 |