エレベーターという狭い箱の中。隣には、男が一人。震えと一緒にやっと吐き出した「あたしこれからどうなるの?」の答えを、この男は宥めるように、安心させるように告げた。きっとそれは優しい答えで、縋りつきたくなるような響きがあって、やけくそのように差し出されたその手を取る。触れた他人の体温で、自分の手の冷たさに気づかされて、ああ、さっきも、同じ思いをしたんだった、と脳裏に「彼女」が浮かんだ。
 あっけなかったな、とどこか拍子抜けするような胸の空洞を感じた。ここでお別れだなんて思ってないみたいな顔で、彼女は「いってらっしゃい」なんて言った。「トリッシュなら大丈夫だよ」とすら言った。もっと他に何を言ってほしかったわけじゃあないけど、彼女があんまり普通に、まるで明日も明後日も会う約束をしているような顔でいるから、なんにも返せなかった。なんでそんなに、「普通」なんだろう。普通の、友達みたいな顔であたしの中にいるんだろう。だけど確かに思い返してみれば、他愛のない話ばっかりしていた。こちらがなんの相槌も打たなくても、ずっとだ。へんな子だった。ばかね、って笑っちゃうくらい、変わった子。

「名前も顔も変わったら、もしいつかどこかですれ違っても、“彼女”、きっとあたしだって気付かないわね」

 その呟きを聞いた隣の彼は少し、驚いた様子だった。自分でも、なんでそんなことを言ったのかわからないけれど。口にしてから、ああ、そうだ、何が「トリッシュなら大丈夫」よ、と少し憎たらしく思う。ばかね、勇気づけようとなんてしちゃってさ。いつからあなた、あたしが大丈夫じゃないってわかってたの。

「あたし……父親の事……、好きになれるのかしら?」

 そこからの記憶は少し、曖昧だ。ただぼんやり、あの能天気な「大丈夫だよ」という声が、頭の端っこに引っかかっていた。

 どうせなら、行かないでとか、寂しいよとか、言ってくれればよかったのよ。