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――あたしはどうしても知りたい!自分が何者から生まれたのかをッ! ボスと敵対することを選んだ私たちが「これから」のことを話し合っていたとき。優しいナランチャが「これ以上トリッシュを巻き込むのはやめよう」「実の父親に殺されそうになったことは隠しておいてあげようよ」とブチャラティに訴えた。その直後、いつの間にか目を覚まして私たちの話を聞いていたらしいトリッシュが口を挟んだ。ボスの正体を知る為の手掛かりを私たちに伝え、そのうえで言う。実の父親に殺されかけたことはもう理解している、自分も父親の正体を知りたい、それを知らずに殺されるなんてごめんだと。そうはっきりと強い意志を持って告げたトリッシュに、私はなんて言ったらいいのか分からなくて、どんな顔をすればいいのかわからなくて……言葉に詰まっていたところ、ナランチャが察知した敵の気配に、私はブチャラティの指示に従ってトリッシュと一緒に転がるように「亀」の中に逃げ込んだ。 そうだ、うかうかしていられない。もうボスは私たちとトリッシュを狙って動き出す。護らなくちゃ、決めたんだから。 「……トリッシュ?」 「亀」の中からじっと天井を睨んで警戒していたけど、ふとトリッシュの様子が気がかりで視線をそちらに移す。トリッシュはその場に立ち尽くして、視線を足元に落としていた。その浮かない様子にハッとする。ああやってみんなの前で強く振る舞っても、やっぱりナランチャの言うように実の父親に殺されかけたことがまだショックなのかもしれない。いまだその腕に浮き出たジッパーの繋ぎ目が痛々しかった。 「あ、あの、あのね、トリッシュ……その…」 「……」 「ご……ごめんね」 「……なんの『ごめん』なの?」 「私が、適当なこと言ったから……ボスのこと、きっといい人だよとか……ひとりぼっちじゃなくなるねとか…」 「…そんなの、べつに。あなたが謝る必要ないじゃない」 ぼそりと、そっけなく言いながら、顔は上げない。目は合わない。怒っている?とも思ったけど、そういう感じでもない。やっぱりどう会話していいものか分からなくて、落ち着きなくそわそわしてしまう。いろいろあって実感できなかったけど、ボートの上で別れて、「もう二度と会うことはないかもしれない」って思っていたトリッシュと今こうしてまた顔を合わせているんだ。そう思った途端、ボスに狙われているという状況を考えればちっとも喜ばしいことじゃないはずなのに、私はもうなんでもいいから、「また一緒に過ごせるね!」とか「改めて、私が絶対護るからね!」とか、そう言って笑いかけたくて仕方なかった。だけどトリッシュが元気なくて、こんなことを思っているのは私だけだ、自分勝手だ、って分かってしまうから、何も言えない。 だけどふいに、トリッシュが呟く。目を合わせないまま。 「……フーゴがいなかったわよね」 心臓が軋んだ。知られてはいけないことを知られたような気になって、汗が噴き出る。さっきみんなで食事して、作戦会議していたテーブルに、あの塔に辿り着くまではいたはずの人物の姿が無かったことを、トリッシュは先程の短い時間の中で気付いていた。 「…あなたの家族を奪ったわ」 呟かれた言葉の意味が一瞬理解できなかった。けれどすぐ、ハッとする。誤解されているかもしれない。私は慌てて、トリッシュとの距離を詰める。 「ちがうの!べつに殺されたとかそういうんじゃあないの!ボスを裏切るなんて自殺行為だ、これ以上は付き合えないよって、たださっきの場所で別れてきただけで……」 「……」 「そ、それにたしかに仲良かったけど私とフーゴは兄弟ってわけじゃあ…」 「でも、あなた言ったでしょ。みんな家族みたいな存在だって。それが一人欠けたのよ。決別の原因は、あたしが…」 「ごめんね、トリッシュ…でもフーゴを悪く思わないであげて。フーゴにはフーゴの信念があって、きっと仕方なかったんだよ。あいつちょっと慎重で、馬鹿になりきれないところあるっていうか。トリッシュを見捨てたっていうよりも、多分私たちのやり方が気に入らなかったみたいな、そんな感じだったと思うのね。自分の命を大事にするの悪いことじゃないし…なんていうかその…ね!?」 どうにか言葉を選ぼうとするあまり、べらべらとおしゃべりになってしまう。でも、トリッシュが傷ついてしまうのは嫌だ。付き合いきれないと離脱する人間がいたということを、「トリッシュの命がどうなったって構わないという人間がいるということ」だと思って、悲しい気持ちになるんじゃないかって、不安だった。 だけど、トリッシュが次に口を開いたとき、告げられたのは嫌に冷静な言葉だった。 「だから、なんで謝るのよ。そもそもべつに彼を責めてなんかないわ。あたしだって立場が逆だったらそうしているもの。おかしいのはあなた達よ。特に……あなたよ」 「……へっ」 「どうしてこんなことができるの?」 「え…えっと、"どうして"って何が?"こんなこと"って、どんなこと?」 本当に心当たりがなくて、何を言われたのか分からなくて、聞き返した。なのにトリッシュは私の顔を心底呆れたようにじとっと見て、それから、すぐにふいっと顔を逸らす。吐き捨てるように呟かれた言葉の温度がつめたい。 「あなたもフーゴと一緒に離脱すればよかったのに」 「……え?」 「あなたすごく弱そうだわ」 がつんと頭の後ろを殴られたような衝撃だった。何を言われたのか、こればっかりはすぐに理解してしまった。私と目を合わせないトリッシュを、茫然と見つめる。弱そう、って。私が護るんじゃちっとも頼りにならないと、そう言っている。指先が震えそうになって、思わずぎゅっと拳を握った。そんなの、そんなのって、ひどい!なんにもわかってない!私が、どれだけ、どれだけ嬉しかったか!もう一度トリッシュを護れること、こんなに私は誇らしいのに!トリッシュは私なんかに護られたくないだなんて、そんなの!(ああ本当、一方通行なんだ。私だけが彼女の傍にいたいのか、って、思ったらくやしくって、たまらない) 「失礼ね!そんな言い方!!たしかにブチャラティと比べたら全然頼りにならないかもしれないけど!弱そうかもしれないけど!!」 「……」 「私だってトリッシュを護りたいのよ!!いやだもの!トリッシュが死んだらいやだものッ!!」 「…」 「絶対護るわ!トリッシュがいやだって言ってもぜーったいやめない!!絶対私があなたを死なせない!!」 子供が駄々をこねるみたいに喚き散らす私を、つんとそっぽを向いているトリッシュは視界に入れようとはしない。だからまたしつこく言葉を重ねようとして、それを小さな呟きが遮った。「……あたしだって、いやなのよ」ぴたりと、私の口が閉じる。 「あなたがあたしのせいで死んだらどうするのよ」 声もなく私が驚いて固まっていると、ずっと目を逸らしていたトリッシュが、ようやくこちらを見た。拗ねるような眼差しは、私に負けないくらい子供っぽかった。 頼りにならないあなたに護られるのが嫌、じゃあなくて。なんで弱そうなくせについてきちゃったの、なんで自分の命を大事にしなかったの、自分を護ることを選んだせいであなたは死ぬかもしれないのよ、って、そう言ってくれている。死ぬかもしれないなんて、そんなのはボスの命令で動いているときだって一緒だったけど、今は、自分が選んだこと。ブチャラティの指示でもない。私が、やりたくてやってる。それをトリッシュが「そんなことしなくてよかったのに。逃げてよかったのに」って言ってくれる。あなたが、死ぬくらいなら、って。 「…トリッシュも、いやだって思ってくれるの?私が"トリッシュが死ぬのなんていや!"って思うのとおんなじように?」 「……なんで少し嬉しそうなの」 「えっ!?え、私うれしそうな顔してる!?」 「…べつに、あたしは頼んでないんだから、あなたが死んだところであたしのせいじゃあないけど。でもあなた、化けて出てきてうるさく騒ぎそうなんだもの」 「ええっ!?しないよ!そんなこと!」 「どうかしらね!」 腕を組んで、つーんとそっぽを向いて。そんなトリッシュに「ええ〜!まってよ!」って話を聞いてくれるよう頼もうと縋りつこうとしたその時、ちらりと一瞬だけ私を盗み見る彼女の瞳が、不安そうな色をしているように見えた。それだけで私はなんだか胸が詰まって、思わずまた、無責任な、でも私なりの「ぜったいの約束」を口にした。ばかね、って笑ってほしくて。 「約束するわ。私、絶対死なない。だって絶対トリッシュを死なせないもの。そのために、絶対死なないよ」 |