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その日、リストランテには私の鼻歌が聞こえていた。 「えらくご機嫌だな、」 「あ、わかる?わかる?なんでか知りたい?当ててみて!」 「どうせたいしたことじゃねーだろ」 「当てたらなんかくれんの? あっオレわかった!この前言ってた店でジェラートおまけしてもらったんだろ?」 「ブー!ちがいまーす。正解は…ジャーン!見て見て!初めて貰っちゃった。ラブレターだよ!」 そう言って私がご機嫌に取り出したお手紙に、その場にいた全員が「ハ?」って顔になる。えっもっと「すげー!」とか言ってくれると思ったのに。予想と違うみんなの反応に戸惑っていたら、不意にひょいと手紙が私の手から抜き取られる。隣に座っていたミスタの手につままれて、ひらひら一枚の紙が揺れた。 「あっ!ちょっと!大切に扱ってよねっ」 「まあ待て。このミスタ様がろくな男かどうか見定めてやるからよォ〜?えーとなになに…」 からかうように言って、にやにや笑いのままその手紙に目を通す。すると数秒黙り込んだ後に、ぶふーっ!とふきだした。ひどい!ミスタの反応に、ナランチャまでなんだなんだとからかい目的の顔で手紙を覗き込んだ。 「ン?なんだぁ?コレ。なんて書いてあんの?つーかよォ、この下の絵ナニ?」 「似顔絵でしょう、私の」 えへんと自慢げに胸を張ってそう言ったら、ナランチャはますます頭にはてなマークを浮かべながら納得いかなそうに首を傾げる。会話を聞いていたブチャラティが、ふっ、と笑った。ブチャラティまで、笑った!私はムゥ、と口を尖らせてそちらを見る。けどミスタのからかうような笑いではなく、ブチャラティのそれは、優しい笑い方だ。その笑みのまま、「それで、なんて書いてあったんだ?」と聞いてくる。なんだか、ブチャラティのことだから、聞かなくても予想がついてるみたいだ。ミスタがみんなに見えるように手紙をテーブルに置いた。 「『オネーチャン、ダイスキ。 ジョンより』…だと」 「……ガキからか?」 「ジョンくんは8歳だよ!」 アバッキオの「ガキ」発言に訂正を入れたつもりが、私の言葉を聞いたアバッキオは余計に「マセガキじゃねーか」と笑った。ひどい!「なーんだそういうことか!」とナランチャが手を叩いて納得して、それからけらけら笑う。やっぱりひどい!頬を膨らませた私を見て、唯一ブチャラティだけが、それはもう真摯に他の連中を窘める。 「笑ってやるな、おまえたち。ガキでも男は男だ。『ジョン』だって本気でを口説いてるのかもしれないからな」 「そーだそーだ!将来有望なイタリアーノだぞ!」 「だぁってさ〜、スゲー嬉しそうに言うからどんなヤツかと思ったら8歳なんだもんよ!」 「だって嬉しかったのは事実だもの。ほら、返して!ミスタ」 手を伸ばしたら、素直にミスタは手紙を渡してくれる。それを今一度自分の手元で眺めて、ふふふと私は機嫌良く笑った。ジョンくんは、街角にある私のお気に入りのパン屋の店主の息子さんだ。よく店の手伝いをしているのを「えらいね、すごいね!」と話しかけていたら、その内とっても仲良くなった。昨日、またパン屋に顔を出したら、この手紙をくれた。もじもじ、恥ずかしそうに。でも、かわいい笑顔で。思い出してやっぱりにこにこする。そんな様子を、ミスタにもナランチャにもつつかれた。 「ははあ。年下好きなワケ?そりゃお似合いだ。からかって悪かった!よかったじゃねーか!」 「え?いやあ、可愛いなとは思うけど。そーいう『好き』とは違うよね」 「あ、そ?でも『ジョン』はそーいう『好き』かもしんねーじゃん?」 「そーなの?」 「おまえが言ったんだろォ〜?ラブレターだ!って」 「う〜ん」 私は、手紙に書かれた文字を指でなぞる。相手がどんな気持ちで書いてくれたのか想像する。「その気持ち」を想像する。 「わかんないな。私、恋愛とかまともにしたことなくて。親もいないから、男女が愛し合って結婚してーっていうのも、あんまり身近に例がいないっていうか。素敵なモノだなっていうのはなんとなくわかるんだけど」 「あー……なんかゴメン」 「えっ!」 ナランチャにしょぼしょぼと謝られて、はっと顔を上げる。全然、悲観的な意味で言ったつもりはなかった。家族がいない、という話を、ついついさらっと口に出してしまう。そうやって言えてしまえるくらい、なんだかもう、自分にとっては当たり前の人生だ。ただ、あまり気軽に言ってしまうと、聞いてる相手にとって良くないというのもわかる。こうやって謝らせてしまったり、変な空気にしてしまう。そんなつもりじゃ、と慌てたところ、ミスタが「なんてことないように」、話を戻した。それがこの場のムードメーカーであるミスタの凄いところだ。 「まァな。教えてやろうにも、なあ。おまえがもうちょっとオレ好みのスタイル良い美人だったら、そーいう目で見てやれたんだけどよォ」 「あーっ!ひどい!ミスタってサイテー!そーいう目で見てくれなくて結構です!」 「そりゃ、見てやらなくて正解だろ。コイツみたいな色気のねぇガキンチョだからチームに置けるんだ。抱ける女なんか身内にいたら逆にやりにくい」 「は、はー!?そうやってオトナぶるのずるいよ!ミスタもアバッキオも!」 そうやって、ちょっと私より年上だからって。ちょっと私よりそういう、その、オトナなことを知ってるからって。こういうときすぐに子供扱いだ。この人たちにとっては、私だって8歳となんら変わらないのかもしれない。……けど確かに、アバッキオの言う通り。「女だから」という扱いをしないでくれているのが、この場所の居心地の良さにつながっているのかも。「女扱い」がどういうものなのかあまり分からないけど、私にはきっとこれで合っている。 「遅くなってすみません、ブチャラティ。…それと、ギャーギャー騒いでる声が入り口まで聞こえてる。」 「わ、ごめん」 「怒られてやんのー、!」 「ええっ!?ナランチャだっていっつもギャーギャー声大きいくせに!」 「面倒な仕事を頼んで悪かったな、フーゴ。食べながら話そう」 そんな話で盛り上がっていたところを、遅れてやってきたフーゴに注意される。彼はブチャラティの指示で、とある密輸グループについて探っていた。今日はそれの報告だ。二人がそれについて話しだしても、私たちは横でぎゃいぎゃい雑談を続けている。作戦や指示を考えるのは彼らの仕事だ。私たちはブチャラティに指示されたことをやればいいだけ。もちろん意見を求められれば参加するけど。なので、今もこうして私たちは二人の作戦会議がおわるまでは基本、雑談タイムだ。 「けどよォ、やっぱりオレも女っていうよりはだな〜。なあ、フーゴはどーよ」 「は?なんの話ですか」 「が人生初の情熱的な愛の告白を受けたんだとよ」 「へえ。物好きな男がいるもんですね」 「ちょっと! あーもう怒った!みんなひどい!今に私がすっごく素敵なひとと出会っても、絶対みんなには紹介しない!」 そう宣言して、べえっ!と舌を出してみせると、みんなが笑う。 「じゃあ、おまえの言う『素敵なひととの出会い』ってどんなのだ?」 |