。おい、?…寝たのか」

 ブチャラティの声に、はっと飛び起きる。ゆっくり椅子に座れるのがなんだか久しぶりな気がして、緊張が解けてしまっていたらしい。状況を確かめるために、自分を見下ろす。そしてすぐ真横にある窓を見た。空だ。……今、自分は飛行機に乗っている。思い出して、それからすぐに体を捻り、自分の椅子の後ろを振り返った。後ろの椅子に座っていたトリッシュが、私のアタフタバタバタと忙しい様子に、無言でいつもの「ばかね」を訴えてくる。トリッシュの通路を挟んで隣には、ブチャラティが座っていた。そうだ、そうだった、思い出した。

「ご、ごめん……ブチャラティがトリッシュの隣にいてくれるって思ったら安心しちゃって…」
「そうか、亀の中でおまえはずっと一人でトリッシュの護衛をしていたからな。外からの襲撃に備えて、気を張っていたんだろう」
「……そうかしら。ずっとおしゃべりしていた気がするけれど」
「わあっ!そ、そんなことないよ! えと、大丈夫!ちらっと仮眠してすっきりした!」

 「サルディニア」へ向かう飛行機の中。飛んでいる飛行機の中に危険は無いだろう、と、私とトリッシュはブチャラティに指示されて亀の外へ出た。よかった、ちょっと気持ちが楽だ。ブチャラティの言う通り、気を張っていた部分もあったのかもしれない。外で戦ってたみんなの方がもちろん大変だっただろうけど、亀の中でトリッシュと二人でいるとき、「この亀の中に敵が入って来た時は私一人でどうにかしなくちゃ」という思いがあったから。私は思いっきり大きく伸びをする。そして、くるっと後ろの席のトリッシュをもう一度振り返った。

「それで、えーと、サルディニアに行ってその…カーラ・ディ・ナントカってところに行くのね?そこがトリッシュのお母さんとボス…元、ボス!の出会った場所……」
「うとうとしていたのに、聞いていたのね」
「聞いてました!でも、すごいね。素敵な話ね。だって、ヴァカンスの間の出来事ってことでしょ?トリッシュのお母さんと…二人が出会ったのも、恋に落ちたのも、愛し合ったのも、たった一時期の、ヴァカンスの間の出来事ってことでしょう?」

 サルディニア島のそのリゾート地にヴァカンスに行ったときに、トリッシュのお母さんはボスに出会った。その短いヴァカンスの間だけ愛し合って、その後ボスは姿を消し、トリッシュのお母さんはそれ以上探せなかったのだと言う。そんな、詳しいことは何もわからないトリッシュのお母さんの「思い出話」だけを頼りに、私たちはボスの正体を探す。だけど、「ボス」が酷いヤツだってことをちょっと横に置いといて、「思い出話」だけ聞くと、なんだかとてもドラマチックな話に聞こえた。と、思ったんだけど……トリッシュは私の言葉に、眉を顰めた。のん気なヤツ!と気に障ったかもしれない。

「どこが素敵な話なのよ」
「あ、ごめんね、気に障った?…だって、そんな短い間よ?出会ってきっとすぐに好きになったんだよ。一緒にいられたのはほんの少しの間だけなのに。すごいなあ。運命って感じ」
「そうかしら。ちょっといい加減よ。そんな男。ヴァカンスの間だけしか傍にいなかったんだから、本気で愛し合っていたかどうかも怪しいわ」
「そ、そうかなあ……」
「そうよ。……きっとそうよ。『そんな男』だもの」

 ぼそりと吐き捨てられた言葉に、どきっとする。そう、これはただトリッシュの両親のなれそめ、というわけではなくて…「トリッシュという実の娘を殺そうとした男」の、過去の話だ。そんな最低な人間だということを知ってしまったからには、よく思えないに決まっている。疑ってしまうに決まっている。「自分が生まれたこと」に、懐疑的になってしまう。だからこそトリッシュは「知りたい」と願って、ここにいるんだ。自分が何者から生まれたのかを、知るため。
 私は、なんだかしゅんとしてしまって、少し縋るような気持ちでちらりとブチャラティを見た。その視線の意味をすぐに汲んでくれるけれど、静かに首を横に振られる。これ以上言葉を重ねては自爆する。わかっているけど、私は、なんだかもやもやしてしまって、言葉を見つけたくなってしまう。

「そりゃボスはわからないけど……でも、お母さんはきっと本当に愛していたんだと思う。その男のことも、その男との間にできた娘であるトリッシュのことも。だってそうじゃあなくちゃ、思い出話なんか聞かせてくれないもの。ちがう?」
「……それは…」
「私は、やっぱり素敵だなって思う。過ごした時間は短くても、そんな短い間にだって、ひとを好きになれるし、愛を育めるんだって、信じたいな。それが素敵なことだって思いたいな。たった短い間しか一緒に過ごしてなくても、一生忘れられないような、そんな人に出会えるのって、素敵」

 言いながら、なんだか、不思議な気持ちだった。まるで自分に言い聞かせているみたいだ。そんなふうにひとを愛すこともあるんだとか、それは素敵なことであるはずなんだとか。……やっぱり、のん気で、他人事で、気に障る発言だろうか。心配になる。けれどふと、私たちの会話を黙って聞いていたブチャラティが笑った。私はぱっとそちらを見た。「ああ、すまない。思い出し笑いだ」とブチャラティは言う。私は首を傾げる。

「覚えてるか?たしか、おまえの機嫌がすこぶる良くて、リストランテで鼻歌をうたっていた日。『おまえにとっての素敵な出会いってなんだ?』と聞かれて、おまえが、なんて答えたか」

 私は、目をぱちくりさせる。途端、デジャヴみたいに「その光景」が頭に浮かぶ。リストランテで、笑うみんなに囲まれて。ついさっき夢にまで出てきたような気がする。ああ、だけど、続きが思い出せない。「私がなんて答えたか」が、わからない。私はさらに首を傾げた。

「……貴女って、どうして、そこまで……」

 トリッシュの呆然と呟くような声に、今度は私はそっちを向いた。どうして、って、なにが?そこまで、って、なにを?尋ねようとしたとき、さっきまで穏やかだったブチャラティが顔色も声色も変えてその場から立ち上がった。びくっと肩が跳ねる。「おまえら、どうかしたのか?」と、機内前方にいたジョルノとミスタに向かって言った。何やらミスタがジョルノに掴みかかって揉めている。けれどブチャラティの声に振り返ったジョルノが、私達を見てすかさず叫ぶ。

「ブチャラティ、!トリッシュの護衛を!」

 その一声に、緊張が走った。それまで考えていたことが一瞬で全部どこかに吹き飛んで、私はすぐにトリッシュを後ろに庇うようにして前に出る。こんな、敵がやってくるはずのない飛行機の中で。嫌な空気に、冷や汗が伝った。気付けばぎゅっと拳を握っていたけれど、ふと、その手に誰かの体温が重なる。はっとして首だけで振り返ると、トリッシュが私に身を寄せて、私の握った拳に自分の手を重ねていた。強張っていたのが、一瞬、和らいだ。きつく握っていた拳をひらいて、トリッシュの指と自分の指を絡ませる。

「大丈夫だよ、トリッシュ。私が護るから」

 安心させるように笑ってみせた。だけど、トリッシュは私のその表情を見ると、何か言いたげに眉を下げて口元を動かしかけて…、けれどやがて堪えるように唇を結んで、俯いてしまった。消え入りそうな声を、うまく聞き取ってあげられる余裕が、私には無かった。

「……ちがうわ、そうじゃないのよ、貴女が……ッあたしは、貴女に、護られたいわけじゃないのよ…