「ねえ、何をそんなに怒っているのよ。ジョルノに治療してもらって、すっかり元通りになったっていうのに」
「……怒ってません」

 そう言いながら、ソファーの肘掛けに肘をついて、むーっとそっぽを向いている。たしかに、トリッシュに「怒ってるの?」って聞かれても無理はない。でも本当に怒ってるわけじゃあなかった。
 安全だろうと思っていた飛行機の中で敵の攻撃に遭って、ミスタがやられて、ナランチャもやられて、その後敵がトリッシュに向かってきたから思わずその間に入って…私もやられたらしい。あんまり必死だったのでしっかり覚えているわけじゃあないけど、まあたしかにめちゃくちゃ痛かったし意識を失くした。それほどヤバイ相手だったのだ。ブチャラティやジョルノでも予測できなかった。そんな敵を、まさか……

「トリッシュが倒したんでしょ?」

 気が付いたら自分は飛行機じゃなく亀の中だし、敵はトリッシュが倒したってブチャラティとアバッキオから聞いて耳を疑った。ミスタたちがやられるほどの相手を。聞いたら、ジョルノだってやられたって。私の質問に、トリッシュは少し答えを考えるように沈黙した後、「そうね」と短く言った。私は首を捻って、ぱっとそちらを見る。

「それが気に入らないっていうの?」
「そうは言ってないよ!トリッシュがいなかったら私達、どうなってたかわかんないよ!た、たださぁ……」
「なによ」
「……そんなに強いなんて、聞いてないっていうか……」
「あたしだって自分にこんな力があるなんて知らなかったもの」

 トリッシュのスタンド能力が覚醒したおかげで、私達は今こうして生きている。さすがはボスの娘というか……強い、パワータイプのスタンドなのだと聞いた。それはもう頼もしいし、有り難かったし、私がむすーっとする理由なんて無いのかもしれないけど。でもだってこのむすーっとした感じは、トリッシュに対してじゃない。自分の、不甲斐なさに対してだ。

「なんかさあ、トリッシュを護りたいのに、自分はなんにもできずにトリッシュに護られちゃったみたいだし、私よりよっぽど強そうなスタンドまで、なんてさあ……」
「……」
「強いなあ、トリッシュ……」

 呟く自分の声が、しょんぼりとしていて弱々しい。情けなさにますますへこんでいると、トリッシュが、私の座っていたソファーのすぐ隣に腰を下ろした。エッ、と目をぱちくりさせる私に構わず、ぐいっと顔を近づけ、ますます距離を詰める。じいっと私の顔を見てくる。なんとなく落ち着かなくて焦って、目をちょっぴり逸らそうとする。でも本当にちょっぴり視線が下に向かっただけ。私は、トリッシュの綺麗な唇を見つめた。その唇が、ひとりの名前を呼ぶために動かされる。



 耳に馴染むその声で、私の名前が呼ばれる。ぱっとすぐに顔を上げてしまった。名前を呼ばれただけ。今までいろんなひとに呼ばれてきた名前だ。ただそれをトリッシュが口にしたということだけで、私の胸がどうしようもなく高鳴った。あれ、なんでだろう。ああ、はじめて呼ばれた?今まで、どうだったかな。わからない、でもだって、なんでだろう?スタンド使いとして目覚めたことで、何かトリッシュは変わったんだろうか。この女の子の声は、瞳は、こんなに、強くてかっこよかったんだっけ。

「あたし、理解できなかったの。あなたが」
「……え? わ、私が?」
「そう。みんなより弱くて、力なんかないあなたが、逃げずに戦っていることが。あたしのこと、護るなんて言って、事実本当にあたしの前に飛び出してきて、盾になって、ぼろぼろになって、ばかじゃないのって思ったわ」
「ひ……ひどい!しかたないじゃない!気付いたらそうしていたんだもの!」
「あたしだったらしないはずだわ。自分の命を優先する。馬鹿な真似なんかしない……って、思ってた」

 トリッシュが、私の手に自分の手のひらを重ねる。視線はじっと私に向けられたままだったけれど、ふと、その表情が柔らかくなった。

「敵に襲われている飛行機の中で、あたしは少し迷った場面もあったのよ。自分だけが助かるためにクローゼットに隠れるか、あなたやみんなを助けるために再生しかけているジョルノの左手を守るか……迷ったつもりだったわ。でも、本当は答えはもう出ていたのよ」
「……トリッシュ」
「あなたのこと、バカだなんて言えなくなった。弱くても、力なんてなくても、あたしも『行動』していたわ」

 それが、スタンドを使えるようになったことに繋がったらしい。私はそれを聞いて、すごい!とか、エライ!とか、そんなことはちっとも言えなくって、思わず、自分からトリッシュの手をぎゅっと両手で包んだ。触られるの、今でもいやかしら、なんて、そんなのもう頭になかった。

「ごめんね、トリッシュ、怖かったでしょ……護れなくてごめんね」

 私の言葉を聞いて、トリッシュが驚いた顔をする。でも、ごめんねって言いたかった。だって絶対怖かったはずだ。結果的にスタンド使いになったとはいえ、敵を倒したとはいえ、なんの力も助けもない状態で、立ち向かうことを選ぶだなんて。私、護るよって言ったくせに、なんにもできなかった。

「……やっぱり、ばかね」
「ば……ばかじゃないよ……」
「ねえ、。あたし、あなたに言わなくちゃいけないことがあるわ」

 今度は私が驚いて、きょとんとする番だった。

「あたし、あなたに護られたくない」

 それは、少し前に聞いた、「あなたもフーゴと一緒に離脱すればよかったのに。弱そうだもの」と同じ意味?ぴしゃあっと頭の奥で稲妻が走る。ぱくぱくと口が動くだけで何も言えない。だって、事実、私はきっとトリッシュより弱くなってしまったし、ちっとも護ってやくれない、って思われてしまっても仕方がないくらい何もできていないし。何も言い返せない。だらだらと嫌な汗だけが流れる。何か言わなきゃと、声を絞り出しかけたそのときに、トリッシュが「続き」の言葉を後ろに繋いだ。

「だって、あたしもあなたを護りたいんだもの」
「……えっ?」
「あたし、もう護られるだけじゃあなくていいはずよ。あなたより強いみたいだし」
「えっ!? あ、えっ!? わ、私だって護りたいよ!トリッシュに私が護られるなんて、逆でしょ!おかしいよ!ボスを倒すためにも、トリッシュのことは私達で護らなくちゃいけないわけで…!」
は、ブチャラティの命令だからあたしを護っているの?」
「私がそうしたいのッ」

 鼻息荒く前のめりにそう言うと、質問した時点で答えが分かっていたみたいに、トリッシュは笑った。細い肩を揺らして、可憐に。私はなんだか恥ずかしいような気持ちでカーッとなって、前のめりになっていた体を引っ込めて、む、と口を尖らせた。

「それなら、いいじゃない。おあいこよ。あたしもしたいことをするわ」
「……護られたくない、って言ったじゃない」
「護られる"だけ"っていうのはイヤでしょ。あなた、そういうつもりで言うんだもの」
「だって……」
「いいわよ。あたしのこと護って。……最後まで、ずっとよ」
「……最後まで」
「あたしは、あなたに護ってもらえるように……あなたを護るわ」
「なんか、ヘンだよ……」
「ヘンじゃないわよ」
「変だよ、なんか……トリッシュといると、変な気持ちになるよ……」

 悲しいわけじゃないのに、なんだか今ちょっと、泣きそうだ。わかんないや。私こんなに弱かったのかしら。目の前が水の膜で歪んで、それを誤魔化したくって俯いた。トリッシュはそんな私を見て、すぐにはなんにも言わなかったけど、手を重ねて、指を絡ませて、ぎゅっと握って、小さく、「……変じゃないわよ」って言ってくれた。

 私たちはきっと怖い。その「最後」が怖い。手を繋げば、強くなれる気がしたのに。絶対護るよって思えるはずなのに。一度繋いでしまったら、この手を離すときがくるってわかってしまうの。すごくすごく怖くなるよ。