商店街のくじ引きで、ミニ流しそうめん器が当たった。単二の乾電池で動く、プラスチックの機械。小さい頃から流しそうめんというものに憧れがあった私は、目を輝かせた。とはいえ、私が一度でいいからやってみたい!と思っていたのは、竹を繋げてながーくして、上からそうめんを流してみんなでつつき合って…という形のものだけど。私がゲットしたのは、ドーナツ型の機械に水を入れてミニ流れるプールを作ってその中にそうめんを入れるもの。だけどこの際、「流しそうめん」という響きだけでテンションが上がるわけで。季節は夏。35度を超える暑い日が五日間続くという猛暑中の猛暑。熱中症で倒れた人だってたくさんいるという。そんな暑い季節には、そうめんに限るのだ。ただでさえこの時期、私はほかほかの白いご飯を見るとテンションが下がる。ちゃんとご飯食べないと夏バテになるぞと言われようと、米を食べる気しないのだから仕方ない。白いご飯をバクバク食えと言われるくらいなら食べずに寝とく。毎日そうめんや冷やしうどんやそばでいいくらいだ。私は流しそうめんの機械を抱えながら、一人の人物に電話を入れる。「流しそうめんしよう!」それだけ言うと相手は「分かった」と快く返事をしてくれた。ので、通話はそれだけで終わった。安いそうめんを二袋買って、家路につく。量多いか。でもまあ明日の朝も夜もそうめんがいいな。もっと買っとくべきだろうか。ま、いいや。私はなんだかとても楽しい気分になってきて、知らないうちに鼻歌を歌っていた。



「えっ!電池入ってないの?別売りなの?」
「そうみたいだ」
「ええっ」
「この下の部分に書いてあるだろう?」
「うわ、ほんとだ。騙された」
「騙す気はなかったと思うが」
「え~単二ってあったかなあ…あ、そこにある大きい懐中電灯の中って…」
「これは単一」
「えー…えーあっじゃあこっちの目覚まし時計とか…」
「言ってくれれば、来る途中で買ってきたものを」

赤司くんはそう言って肩をすくめる。その間にも私は部屋中あちこちから電池で動いている物を見つけてはひっくり返して電池を取り出すという作業を続ける。どれも単三や単一ばっかりだ。てっきり最初から電池入ってるものだと思ったのに。私は大きく溜息を吐いてから、「え~、流しそうめんしたい~せっかくできるとおもったのにい~」と子供みたいに駄々をこねた。そんな様子を赤司くんはウゼエと一蹴するわけでもなく、ごくごく普通の、いつもどおりの何考えてるのか深くは悟らせない様な表情で、ふうむと唸った。口元に手を当てて何かを思案する。数秒経ってすっと顔を上げた赤司くんは、私と一瞬だけ目を合わせると、テレビの横の木棚に足を向けた。がさごそと無遠慮にその棚のあちこちを漁って、もう一度私のほうへ振り向き目を合わせた時、その手にはビニールの剥がされていない新品の単二の電池二本セットがあった。

「え…えっ?それ単二?だよね?ど、どうやって出したの?」
「…手品ではないよ。ふと、思い出したんだ。前にこの部屋のどこかで見たな、と。単一や単三と比べてあまり使用用途がないから、何に使うために買ったんだろうと引っ掛かっていたんだが…」
「……あー…そういえば前に単一と間違えて単二を買った覚えも…」
「そうか。ようやく使い所が見つかったな。当時のの勘違いが役に立った」
「私よりよっぽどこの部屋のどこに何があるか知ってるよね、赤司くん」
が知らなすぎるんだよ。自分の家なのに」

そんな少し意地悪なことを口にしながら、赤司くんは微かに笑って、単二の電池を流しそうめん器にかちりとセットした。プラスチックの流しそうめん器。なんだか赤司くんの手に、そんな安っぽい、ちゃっちくて子供だましみたいな、玩具みたいなモノがあるという光景が、どうも可笑しかった。ふ、と笑ってしまいそうになった私に気づいたのか、赤司くんがちらりと視線だけで振り返る。慌ててサッと目をそらす私。


「はい、なんでしょう」
「水を入れてみよう」
「あ、試運転?」
「ああ。なんだか思ったより…」

思ったより?何?と訊き返すより先に、赤司くんが機械の真ん中のボタンを指でぽちりと押した。すると、容器からヴヴヴとモーター音が聞こえてくる。おおー!と目を輝かせる私とは反対に、赤司くんは難しい顔で首を捻る。え、と私はそんな赤司くんの様子に首をかしげる。え、なに、どうしてそんな微妙な顔しているの。不安になっちゃうじゃない。私はとりあえずボウルにお水を入れて、いそいそと赤司くんの元へ持っていく。バケツリレーのように、ボウルを受け取った赤司くんが容器に水を流し入れる。すると、モーターの力で水が右方向に流れを作っているのが、肉眼でも分かった。さらにテンションが上がる私。眉を寄せて無言を貫く赤司くん。

「あ、あれ?赤司くん?もっとテンション上げていこうよ…?」
「……」
「赤司くーん」
「…まあいい。実際に流してみれば分かる」
「え?え?」

赤司くんの顔をのぞき込んでみると、目を合わせて彼は少しだけ、困ったように口元に笑みを浮かべた。





「赤司くん」
「うん?」
「流れないね」
「そうだね」

それっきり沈黙した私と赤司くんは、じぃっと、「流しそうめん機」になるはずだったものを覗き込んでいた。モーター音だけが部屋に虚しく響いている。ちゃんと動いているはず。水も流れているはず。しかしいざそうめんを入れてみると、ぷかぷか麺が浮かんでいるだけで、気ままに水の上を漂っているだけで、私が想像していた光景とは違う光景が広がっていた。もっとこう、ねえ?そんなギューンと流れなくてもいいから、ぐるぐると容器の中を何周も何周もしてくれて、「わーすごいほんとに流れたよー!」ってキャッキャしたかったんだけど。

「水の流れが弱い」
「…強弱切替スイッチとかないの?」
「無いな」
「……」

大皿に盛ってあるそうめんを箸ですくって、流しそうめんの機械の中にさらに入れてみる。ちっともその場から動いてくれなかった。「そんなに大量に入れたら詰まる」と赤司くんにごもっともなことを言われてしまった。私は流しそうめん機が入っていた箱のウラ面をじぃっと睨む。「でも100グラムずつなら入れていいって。これ明らかに100グラムも無くない?」ちっとも仕事らしい仕事をしてくれない機械を指さして、私は文句を垂れる。赤司くんはやれやれみたいな顔で小さく溜息を吐いて、箸で容器の中を水の流れに沿って混ぜる。赤司くんの箸に導かれた少量のそうめんがぐるぐると容器の中を流れた。

「それじゃあ手動じゃん!」
「雰囲気が大事だ」
「え~…」
「いただきます」
「い…いただきます…」

ほとんど流れていないけれど、雰囲気が大事ということで無理やり私も自分を納得させる。容器の中の水に浸かっているそうめんを箸ですくいあげて、自分の麺つゆに浸す。麺つゆに入っていた氷がカラコロと音を立てた。じゅうぶんにつゆと絡ませてから、ちゅるちゅるとすすった。ごくごく普通のそうめんだった。まあ、仮に流しそうめんがちゃんと機能していたとしても味が変わるわけじゃないけど。なんだか少し、つまらない、というか、物足りないというか。ちら、と赤司くんを見たら、大皿に盛られたそうめんを箸で引っ張りあげていた。そのまま自分の麺つゆに浸す。おい、この人雰囲気が大事とか言ったくせに機械を通すことすらしないよ。ふつうに食べてるよ。確かに流れもしないのに一度流しそうめん器に入れることになんの意味もないけどさ。時間の無駄だけどさ!二度手間だけどさ!

「……」
「……」
「…流しそうめんパーティーとか、楽しそうって思ったんだ私…」
「そうか。だから電話口ではしゃいでいたんだな」
「けど結局二人だけだね。なんかもっと大人数でやるものだよね、普通」
「結果的に『流しそうめん』にならなかったんだから、誘わなくてよかったじゃないか」
「…そうなのかな…」
「そうだろう。仮に人を呼んでいたところで、働かないこの機械にガッカリする人数が増えただけだ」
「さいですか…」
「そうだよ」
「赤司くんもがっかりしてる?」
「いや、あんまり」
「……」

予想通りだったしな、とでも言うように涼し気な顔をしている赤司くんをぽけーっと眺める。まあ、それもそうか、うん。最初から、盛り上がっていたのは私だけだったわけだし。私はそれきり黙って、モーター音だけは一丁前の機械と睨み合う。赤司くんは大人しく大皿から直接そうめんを自分の器へ補充している。ずず、と彼の口に吸い込まれていくそうめんと、私が機械の中で泳がせているそうめんはおんなじものだ。一番安いものを買って、私が適当にただ茹でただけの。気づくと箸を動かす手を止めて、ぼんやりしてしまった。
赤司くんは私の家によく遊びに来る。私の部屋のどこに何があるのか、知っている。狭いこの部屋で、私とご飯を食べたり、テレビを見たりする。私の料理の腕前はとても褒められたものじゃない。レパートリーだって少ない。そうめんは茹でるだけだから、毎日コレでいいやって思う。赤司くんはいかにも育ちのいいお坊ちゃんって感じのオーラを持っていた。そんな男の子がこの狭い部屋で、私の質素な料理といえない料理を文句も言わず食べている。普段はきっと、もっといいものを食べているんだろうに。まあでも、文句を言われたことはないけど美味しいと言われたこともないわ。
ふと、目が合う。すぐには口を開かない。私は彼の瞳をじーっと見つめて数秒待ってから、部屋に響く流しそうめん機の小さなモーター音に耳をすませてから、話しだす。

「つまらないね、赤司くん」
「そうだね」
「つまんないなぁ」
「ああ」
「赤司くん」
「うん?」
「私といて楽しい?」

声に出してから、わざと目を逸らして、私はなんてことないような風を装ってそうめんをすする。冷たくておいしい。具も何もない普通の麺なのに。昔から白米が好きじゃなくて、パンや麺類が好きだったなあ。赤司くんは、何が好きなのだろう。そういえば、何も知らないなあ。好きな食べ物も、嫌いな食べ物も。聞いたところで「作ってあげる!」なんてなかなか言えないんだけど。


「うん?」
「その質問は、どういった意味がこめられているのかな」
「さあ?」

ただ、おもっただけよ、赤司くん。当たり前のように、私の子供じみた思いつきにいつも付き合ってくれる君が、不思議だなあってね。だらしのない私を、甘やかす君がね。君はきっと、本当はそんな人間じゃないのだとおもうんだ。本当だったら、赤司くん、きみは。こんな狭い部屋でね、こんな私とね、こんな玩具で、流しそうめんをやっているような生き物じゃないんじゃないかって、そうおもうよ。そう答えたかったのだけれど、私はただ一言、「だって、ツマンナイでしょ?」って言うだけに留めた。私はもう一度、そうめんをすくって、自分の麺つゆにひたす。赤司くんは、手を止めて私をじぃっと見ていた。

「楽しいよ、。俺は」
「そうなの?」
「そうだよ」
「だって、流しそうめんじゃなくて、ただのそうめんなのに」
「つまらなくないとは言えないけれど、と一緒に過ごすことは、楽しい」
「え、それどっち?つまらないの?たのしいの?」
「つまらないけど楽しい」
「意味わからん」

わざと大袈裟に肩をすくめてみせるけど、私はなんだか少し、彼の言葉が嬉しかった。

「そんなことを言ったら、だってそうだ」
「なーに?」
「流しそうめんができないから、俺といても楽しくないだろ と、訊いてしまうよ?」
「やだ、変なの。訊かないで」
「ああ、訊かない。だから、も。」
「うん」

訊かないよ、もう。満足そうに、柔らかく微笑む赤司くんを見て、微笑み返す。私が、赤司くんといて嫌な気持ちになったことがあっただろうか。考えてみたけど、多分、ないよ。不安になったことは、あるけど。申し訳なくなったことも、あるけど。だけど、不思議なくらい、赤司くんが私にやさしい。こうやって優しくされると、そばにいることが許されてる気がした。こんな狭い部屋なのに。拙い料理しか出来ないのに。部屋のどこに何があるか覚えられないくらい、だらしないのに。つまらないことばっかりなのに、どうしてだろうね。

といると、たくさん発見がある」
「例えば?」
「退屈も悪くない」
「…はあ」
「くだらないことをやってみるのもたまにはいい」
「……は、はあ」
「意味があることが、全てだと思っていたよ。けれど違った。意味が無いことにも、意味がある」

わけがわからないし、さりげなく、すこし、酷くない?私といるのはやっぱり退屈じゃない?意味なくない?そう突っ込みたかったのに、赤司くんは私の目を真っ直ぐに見て、「は凄いな」と本気で感心してくるから、文句を言うタイミングを逃してしまった。何が凄いの。「気づかせてくれただろう」と付け加えられたけど、やっぱり深い意味は伝わって来なかった。それきり話を中断して、箸を流しそうめん器へ伸ばそうとすると、ふいに赤司くんが身を乗り出してきた。容器の中を覗いて、「」と私を呼ぶ。なに、と私も身を乗り出して、覗く。

「あ!え、ちょっと流れてるよ!?流れてるよね!?これ!」
「ああ。少量ずつならちゃんと回るみたいだ。本当に、少量だが」
「わーほんとだ!流しそうめんだ!!」

目を輝かせて、箸をのばす。けれど、私のところへ麺が回ってくるより先に、赤司くんの箸がそれをせき止めた。まばたきを、一度、二度、三度。そのまま彼の箸がそうめんをひょいとすくって手元の器の麺つゆに入れた。涼しい顔をした赤司くんを、キッと睨む。「赤司くん、いじわるだ」口を尖らせてそう文句を言ったら、赤司くんは笑った。「こういうゲームだろう?」って。楽しそうに見えた。それが気のせいじゃないこと、もう私は知ってる。

サマー・シュガーレット・セレクション