「いやあ、クッキーとか久しぶりに焼いたよー…中学生以来では?あ、高校でも一回あったかな…」

 3月14日のホワイトデー。世間ではなんとなく「バレンタインデーは女性からチョコ!ホワイトデーは男性がそのお返しを10倍返しだッ!」みたいな風潮があるけど、私と赤司くんの間では違う。何故かというと2月のバレンタインデーはべつに私がチョコを渡したわけではないから。いや渡しても良かったんだけど、バレンタインデーを二人でスイーツ食べ放題デーに制定してしまったので、「もう当分甘いものはいいかな…」という雰囲気の中さらにチョコレートをあげるのは何か違う気がするし、赤司くんも「べつにチョコを女性から渡す絶対的な決まりなんて無いんだしそういうのは気にしなくていいだろう」というスタンスなので、渡していない。だから結果的にバレンタインデーはスイーツビュッフェに私が付き合わせた日、ということになるし、ホワイトデーにお返しをするならこれはもちろん私のほうだと思う。3倍返しにも10倍返しにもならないと思うけど、今年は張り切ってクッキーを焼いてみたわけだ。ハッピーホワイトデー。

「いい匂いだ」
「お菓子作りって焼いてる最中と焼き上がった直後が一番テンション上がるよね」

 向こうの部屋で待ってていいよとは言ったのだけれど、赤司くんがキッチンのほうへ様子を見に来る。待ちきれない、とか子供っぽい理由ではないんだろうけど、なんとなくその行動が可愛かったのでちょっと私はへらへら笑ってしまう。「いや、本当はね、赤司くんが来る予定の時間には焼き上がってちゃんとラッピングを済ませておいて渡すだけにしようと思ってたんだけどね」ちょっと予定が狂ってしまいまして。だけどこの焼き上がりの瞬間のわくわく嬉しい気持ちを共有できたのだから、予定が狂ったのも結果オーライだと思う。焼き上がったばかりのクッキーをオーブンから取り出す。熱いから少し冷まして――…と、振り向いたときに赤司くんがキッチンの隅のお皿の上に置いてあるものをじぃっと見つめていることに気が付いた。

「………赤司くん」
。これは?」
「イエ…その…それはですね…今焼き上がった第二弾の、前に焼いてた、第一弾クッキーで…」
「なるほど」
「平たく言うと…失敗作?ですかね?あはは」

 そうだ。本当は今頃出来上がったそれを赤司くんへ差し出し提供しているはずだったんだけど、失敗してしまったため、慌てて作り直した。結果赤司くんが家に来る予定の時間に間に合わず、あたふたしている私に、赤司くんは優しく「待ってる」と言ってくれたのでこうして第二弾のクッキーをしっかり上手に焼くことができた。できたのだけれど。失敗作は隠しておけばよかった。

「…失敗したこと知られたくなかった…いやそのちょっとこのオーブンでお菓子作りしたの初めてでクセに対応できなかったというか…いや言い訳なんですけどそれは!なんかめっちゃ硬くなったし焦げてるのあるし、でも二回目のこっちはちゃんと綺麗に焼けたからだいじょう…」

 とかなんとかしゃべってるあいだに赤司くんが皿の上から一つつまんで口に入れた。突然のことに一瞬ぽかんとしたものの、赤司くんの口から聞こえる咀嚼音があきらかにクッキーを食べている音じゃないことにハッとして「わああああ!!」と叫んだ。

「わーーー!!なんかガリッだかボリッみたいな音がしてるうわーーー!!だめだめだめ赤司くんいけない今すぐペッて!ペッてしていいから!!」
「……(飲み込んでから話しだそうとしている)」
「いや食べて飲み込もうとしてくれる心意気は評価したいんですけど、歯が折れたりとかお腹を壊したりしたらいけないというか何より私が納得いかないよ!?どうして失敗したやつ食べるの上手く出来たほう食べてほしいに決まってるじゃないですか!!」
「…、」
「よしわかった、そうだ、口直しということでこっちを食べて今食べたもののことは忘れよう私のクッキーの味を今のがすべてだと思われたくない!赤司くんよし、口あけてハイこっちハイあーんしてあーん!」

 上手く焼けた第二弾のほうのクッキーをひとつつまんで、さあ!と赤司くんの口元にぐいぐいと近付ける。もういろいろと混乱して焦りつくした故の私の行動は、明らかにたった今失敗作の何か硬いかたまりを懸命に飲み込んだ人間に対してするものではないと思うんだけど、思わずそう動いていたのだから仕方ない。私の行動に、さすがの赤司くんもぎょっと目をまたたいている様子だったけれど、数秒の躊躇いの末、ぱく、と私の手からクッキーを口で奪っていった。食べてくれた、という達成感に、興奮しきっていた胸をとりあえずほっと撫でおろす。

「ふう…ど、どうかな…個人的には上手にできたと思うんだ。思うんだけど…でもその直前に失敗したことバレてると…なんか…悲しいじゃない?でも直前に失敗してますよね?っていう…イメージが…つくじゃないですか…」
「…」
「あ、ていうかごめんね、熱くなかった!?すごく無理矢理口を開けさせたよねわたし!?」
「…いや、あったかくて美味しい」

 あったかくておいしい、という言葉がなんだかすごく「ほのぼの~」っていう感じの言葉に聞こえて、それまでいろいろ焦ったり心配したりしていた私は一瞬でぽかんと脱力する。でも手作りで焼き立てのクッキーって本当に、そこがいいところだと思う。あったかいのが。買ったクッキーはいくらおいしいものでも、さくさくでもしっとりでも、焼き立てのクッキーのあったかさは味わえない。今度こそ心底ほっとして「よかったあ」と胸を撫でおろす私に、赤司くんが少し笑う。

「一枚目をつまみ食いしたとき、そんなに怒られるとは思わなくて驚いた」
「怒るよ…だって食べてほしかったのは美味しくできたほうだけだもん…」
「そうだね。より美味しいもの、上手くできたものを渡して相手に喜んでほしい、失敗したものを評価の対象に入れてほしくない、と思うのは当然だ。の気持ちを踏み躙った。すまない」
「いえ…そう謝られるとなんとも…とりあえず失敗作のほうの記憶は消してほしい」
「それは出来ないな」
「なんで!?」
「そのおかげで、二枚目はの手で食べさせてくれただろう。無かったことにするのは惜しいよ」

 言われた意味が分からずきょとんとする。そして、自分の行動を思い返して、今一度赤司くんの言葉を頭の中でリピートして、それからようやく、恥ずかしくなった。いや、言われなきゃ恥ずかしくなかった行動も、改めて言葉にされるとこんなにも恥ずかしいんだなって、そうおもった。

「おいしいホワイトデーをありがとう。

 ほらそういう台詞が恥ずかしいんだってば!(『あーん』くらいべつに平気でできるよ普段の私なら!

リターン・トゥ・シュガーラブ