「わーすっごい、咲いてる咲いてる!赤司くん、こっちこっち!」

 小さな川を囲むように並んだ桜の木は、少し前までちっともだったのに、今ではすっかり満開に咲いて、「見ごろ」ってやつになっている。ニュースで最近よく言ってる。まだ咲いてないな、と思ったらいつのまにか咲いていて、咲いてるな、って思ったらいつのまにか散ってしまうものだから、桜っていうのは本当に短い命だ。それを見逃さずこうして目の当たりにできたのだから、とてもツイてる。しかも一人で見るのではなくて、その光景を誰かと共有できるんだから、きっともっとツイている。

「本当だ。最近は雨も降っていないし、天気も良いから花見にはうってつけだな」
「だねぇ。穴場だし、私の思い付きって結構良いセンスしてるのでは?」
「ああ。そういう、思い付きで生きてるところがの良いところだ」
「それ褒めてないよね?ちょっとさりげなくディスったよね?」
「褒めたよ」
「うそ」

 すましたように言いながら、少し口元が笑っている赤司くん。ぐぬぬ、と思いつつも、こうやってからかわれることにも慣れてきた今日この頃。
 言い訳できないくらい、本当に「思い付き」だ。何も前々から「この日はお花見しよう!ちょうど桜が満開になるのが予報ではいつでこうでこうだから準備にあれして~」という計画があって今ここにいるわけではない。ただスーパーで買い物して、食パン買って、そのパン売り場の近くにお団子が売ってて、そのピンク白みどりの三色のお団子がやけにおいしそうに見えて、「これも買っちゃお~」って買い物かごに入れた瞬間、はっとひらめいた。そのお団子のピンクに感化されたのかもしれない。「なんか、このお団子…お花見って感じじゃない?」と。赤司くんが首を傾げたので、「なんかこのお団子見てるとお花見したい気分にならない?」って、言葉の間の空白を埋めて改めて言ってみた。返事はいつも通りの、「分かった」の一言だ。

「何千本の桜並木!全国の名所!屋台も出てる桜祭り!早朝からの場所取り合戦!…みたいな立派な『お花見』ってしたことないなあ、私」
「…ここからそう遠くない場所に、今の時期花見客で賑わっていそうな大きな公園があったね。が行きたいなら、今からでも移動しよう」
「おお~、いいね。…んー、でも、今日はいいかなぁ。ここで」
「…ああ。自分で言っておいて何だが、の返事はなんとなく分かった」
「…あっ!待って待って、赤司くんが行きたいなら私も行くよ?」
「そのうちが行きたくなったら自然と俺も行きたくなる。だから、今は大丈夫だよ」

 不思議な理屈だ。でもなんとなくわかる気がした。お互い、「今日はいいや、ここで」という気分なんだろう。そう、立派な「お花見」じゃない。ただスーパーの帰りに、「ちょっと寄り道しよう」となっただけ。ぐるっと遠回りだけど、この河川敷を眺めて帰りたくなった。確か桜の木が並んでいたはず。きっと咲いているはず。それを見て帰ろう。それを「お花見」と呼ぶことにした。それだけ。花見客なんてものはいないし、ランニング中のお兄さんや犬の散歩のおばさんがたまに視線を桜に向けるくらいの、そんなちょっとした桜並木。
 レジャーシートも何もないけど、その河川敷の適当な場所にひょいと腰をおろす。赤司くんのほうを見上げたら、少し遅れて私に続き隣に座った。スーパーの買い物袋からペットボトルの緑茶を取り出して渡した。

「なんかあのあと調子に乗っていろいろ買っちゃったよねえ。やっぱり気分的に和菓子かなーと思って。三色だんごとー、桜餅とー、みたらしとー、豆大福とー…」
の好きな『甘いもの』と言うとケーキやチョコレートのイメージだったから、和菓子も好きなのは意外だったな」
「あー…でも好きになったのは最近かも。小さい頃はあんまり食べなかったな。あんこも、おもちも。赤司くんの言う通りね、昔は自分にとって『甘いもの』って言うと、たっぷりクリームのってて、あま~い!ってなるもののことだったからね。和菓子はあんまり『甘いもの』って認識じゃなかったな。『甘い』の内に入らなかった。むしろ敵だったよ…」
「…敵」
「『おやつに甘いもの買ったよ』って言われて出されたものがおまんじゅうやお団子…とかさ、たい焼き食べたらクリームじゃなくてあんこだったとかさ、子どもの私には耐えがたかった…なんで洋菓子と和菓子で同じ『甘い』という言葉をつかうのか…仲間にされてしまうのか…全く違うものだったんだよ私には…」

 袋からがさがさとお団子のパッケージを取り出して膝の上にのせながら、しみじみとそんな戦友との思い出を語る。神妙な様子で黙って聞いてくれていると思っていたのに、「それに和菓子っておもちじゃん。いっぱい食べたら詰まって死ぬって思ってたからさ、こわかった」って言った直後、耐えられなくなったのか赤司くんがふきだして顔を背けた。もうこの流れも安定すぎて慣れた。

「…ふ…、…そうか、…今は和解したのか…」
「そうだね。今は和菓子のおいしさに気付いたよ」
「そうか…」
「大人になったんだと思う」
「そうだね」
「ね」

 三本入りの三色団子の一本を赤司くんに手渡す。どの和菓子もだいたい三個ずつ入ってることに気が付いたけど、たぶん二人で割っても喧嘩にはならないんだろうなあと思った。自分のぶんのお団子の、一番上のピンクをもちゃもちゃ食べる。「詰まらせないように」と赤司くんが隣で言ったので、「しませんよ」って返した。食べながら、首を動かして桜の木のほうを見上げる。花びらがひらりと落ちるのを見て、ぼんやり、桜ってよくよく見ると案外ピンクじゃなくって白だなあ、と思った。よっぽどお団子のピンクのほうがかわいいピンク色をしている。

「赤司くんは、和菓子っぽい顔してるよね」
「和菓子っぽい顔とは初めて言われたな」
「え、なんかこう、和風なイメージ。京都が似合う顔してる」
「…ああ、なるほど。日本人だからね」
「そうだよねえ…日本人のくせに和菓子を嫌っていたなんて…私」
「今は好きなんだから、いいんじゃないか」
「それもそうかあ」
「ああ。俺も、和菓子っぽい顔でも嫌われずに済んで安心だ」

 なんかへんてこな会話になってしまった。そこでようやく、「赤司くんは和菓子好きそうなイメージだなあ」ってひとこと言いたかったのに「赤司くんは和菓子っぽい顔だよね」って言ってしまった自分の痛恨のミスにめちゃくちゃ恥ずかしくなったけど、何もツッコまれないからそのまま話が進んでしまう。赤司くん本当私を甘やかしてばっかりだな。もっとツッコんでくれていいんだけどな。

「赤司くん、和菓子好き?」
「そうだね。俺は敵だと思ったことはないよ」
「じゃあ、お団子もう一本赤司くんのぶんね」
「ありがとう。…いや、半分にしよう」
「え、でもだんごは三兄弟だよ赤司くん…」
「ピンクはが食べていい」

 一度渡したお団子を、ひょいとまたこちらに向けられて、きょとんとする。だんご三兄弟の一番上の長男のピンク。このピンクだけでなんとなくお団子というものがかわいい食べ物に思えて、そのピンクだけで「お花見したいな」と思わせられるのだから、三色団子のピンクはとても偉大だ。たしかに何故か一番、おいしそうに見えてしまう。女の子だからピンクに弱いんだろうか。そんなことでもないような。とりあえずありがたくもらおう。赤司くんがこっちに向けたお団子の、一番上だけぱくっとくわえてその串から抜き去っていく。赤司くんも串を少し引いて、私が取りやすいように気を遣ってくれた。当たり前のような一連の流れだと思ったのに、赤司くんは数秒じっと一番上の抜き去られたお団子の串を見ていた。今更名残惜しくなってももう私が食べてしまったんだけど。

「むぐ…どうかした?」
「…いや?なんでもないよ」

 そう?と聞き流してから数秒後、ハッと気付いた。たぶん、あれは私に団子の串ごと一旦渡そうとしたのに、当たり前のように私がかじりついてピンクだけ取っていったからちょっと驚いた顔だ。そうに違いない。首を捻って顔をそっちに向けると、もう赤司くんは何事も無かったように二段目の白いお団子を串から抜いて食べていた。目が合う。

「…ん?」
「あ、ううん。なんでもない」

 なんでもないや。うん。何事も無い。当たり前のように。そんな空気感が私達にはたぶん合ってるってことだろう。私は気を取り直して、「次は何食べようかなあ」とスーパーの袋をがさがさ漁る。桜餅を取り出したころには、赤司くんもお団子を食べ終わっていた。空になっていたお団子の入れ物に串を入れてから、他のものと分けてゴミ用の袋に入れる。

「桜餅がピンクで柏餅が白いやつだっけ。葉っぱがおいしくないのって柏餅のほう?」
「…桜餅の葉は塩漬けされているね」
「あ、じゃあおいしいほう?味ついてないのが柏餅かぁ」
…」
「柏餅の葉っぱも塩漬けすればいいのにね。おいしくないのが大人の味なのかね」
「…そうか。幼い頃和菓子を食べなかったのなら、幼い内に聞いてもいないだろうし、食べ方や種類を覚えていなくても納得だな…」
「え?何が?」
「いいことを一つ教えよう、
「なに?」
「柏餅の葉は食べなくてもいい」
「えっうそ」
が好きなら止めないが」
「いやとめて。やだ私次から食べないことにするよ」
「そうか。なら、が柏餅を食べようとしたら教えることにする」
「うん、そうして。…あーよかった、今日で一つ和菓子のことを知れておとなになったよ」
「…そうか」
「おとなになった」
「ああ」
「春だしね」
「春だね」

 桜餅に手を伸ばしたら、ちょうど桜の花びらがひとつ、膝の上におちてきた。ふと、あることに気付く。「ねえ赤司くん、私たち、和菓子の話しかしてない気がするんだけど…これがほんとの『花より団子』ってやつなのかな…」大真面目に言ったら、赤司くんが大真面目に、「そうだね」って言った。しばらくの沈黙の後、ぷっ、とふきだして笑う。肩を揺らして、声を上げて笑う。私だけじゃなくて、赤司くんも。赤司くんだけじゃなくて、私も。

ピンク・オブ・ブロッサムリーフ