コンビニやスーパーで見かける「クリスマスケーキご予約受付中」の冊子を何気なく眺めるだけで幸せな気持ちになれる季節だね。ケーキってどうして見てるだけでこんなに幸せな気持ちになるんだろう。っていうことを思ったのこれ人生で何十回目なんだろう。ケーキ屋さんのショーケースの前で、端から端まで視線を動かす。全部おいしそう。おいしそうじゃないものなんて一つもない。12月も後半戦。同じ日本のどっかでは雪も降ってる今日。だけど私の目当ては「クリスマスケーキ」ではなかった。どれにするか決めかねて、うーんうーんと迷ったあげく、結局私は鞄からスマホを取り出した。

「あっ!もしもし?誕生日おめ…あっ待ってやっぱり後にしよう。ええとね、赤司くん何ケーキがいい?」

 電話の相手がちょっとだけ笑ったのが、なんとなくわかる。声を上げて笑ったわけではないのに。目の前にいるわけでもないのに。「任せるよ。が食べたいもので」と言った。うん、そうだよね。任せるって言ってたんだよね。でもちょっと迷っちゃうんだよな。一緒に来ていたらきっと赤司くんが私の好きそうなものを指さして、「あれなんかいいんじゃないか」って言ってたんだろう。なんかそんな気がする。

「いや、待って。ちっちゃいのそれぞれ買おうと思ってたけど、丸いのがいいかな?誕生日ケーキだもんね?」
『……二人で食べきることができるものなら』
「えっ無理かな?いけそうじゃない?いやホールケーキって家族とか友達集まってみんなで食べるものってイメージだったから失念していたんだけどね、赤司くん。丸くても小さめのものってあるんだよね?必ずしもでっかいわけじゃないんだよね。一回でいいからホールケーキひとりで食べてみたいよね、切り分けずに」
『そうか。じゃあ、そうしよう』
「えっ丸いのでいい?」
『丸いのでいい』

 赤司くんが「まるいの」って言うのなんかおもしろいな。私は通話をまだ切らずに、ショーケースに向き直った。「4号?がちいさいよね?それでいいかな」肯定する短い返事を聞いてから、「わかった!またあとでね」とそこでようやく通話を切った。店員さんに、小さめのホールケーキを指さして注文する。他のケーキも気になるけど、またの機会にしよう。

「お誕生日のプレートはどうなさいますか」
「あっ、えーと……」

 小さめのホールケーキにもつけてくれるんだな。ケーキが小さいからプレートがどーんって感じだけど。名前入るのかな。あかしくん……って苗字だよなあ。







「なんかごめんね。誕生日、家に一回帰らないといけなかったんだよね。終わってすぐこっち来たって言うから…」
「いや、家のことは日中に片付けてきたから問題ないよ」
「でもご家族、わざわざ呼ぶってことは盛大にお祝いしたい派のご家族なんだね」
「まあ……形式的なものというか、挨拶回りのようなものでね」
「そうなの?赤司くんちってよく分かんないけどやっぱなんかすごいね。じゃあお正月も挨拶回りある?大変じゃない?盆と正月と赤司くんの誕生日同列って感じ?」

 誕生日当日の予定を聞いたとき、ほんの少し沈黙した赤司くんが記憶に新しい。それでも黙りこくってしまったら私に悪いと思ったのか、あまり長い沈黙ではなかった。少し考えた後、「夜しか時間が取れない」と謝られた。きっと本当だったら、夜もダメだったんじゃないかって、今は少し思う。どうにか頑張って時間を作らなくちゃ、無理だったのだと思う。そう、わかってしまう。でもその時の私はそんなこと頭に無くて、何にも気付かずに、「そっか。じゃあ夜にさ、うち来ない?ケーキ食べない?お祝いさせてくれない?」って言った。そして約束通り、今赤司くんはうちにやってきた。今日いろんな人にお祝いされたと思うけど、その最後に。私とケーキを食べるためだけに。

「あ、ケーキ開けていい?本当に丸いのにしちゃったよ?あ、あとね……」

 ケーキ屋さんの四角い箱から、取り出したそれ。赤いイチゴが中央に固まっている。その周りに生クリームが絞ってあって、オーソドックスなショートケーキって感じ。そう、中央には、イチゴ。

「お誕生日プレートどうしますかって聞かれたんだけど、いいですって言っちゃった」
「ああ、俺は無くていいと思っていたよ。小さめだから、のせる場所に困るだろうし、見た目的にも…」
「ううん。買った」
「……買った?」
「お誕生日おめでとうプレート。売ってたやつ。あとチョコペンも買った」

 マグカップにお湯を入れて、そこにチョコペンを入れて溶かす。寒い時期のチョコペンは、よく溶かさないとうまく使えない。昔使ったことあるけど、確かそうだった思い出。じ、と赤司くんが私の手元のマグカップを見る。私は市販のチョコレートプレートを赤司くんに見せる。「おたんじょうびおめでとう」の文字の上に、少しスペースがあいてる。そこに、好きな文字をペンで書き入れるためのものだ。しげしげとそれを眺めた後、「?」と確認するように名前を呼ばれた。

「あ、いや、うん、ケーキ屋さんで書いてもらった方が良かったとは思うんだけど……」
「……」
「……」
「……」
「赤司くんの……し、下の名前って……たしか…」

 冬だというのにだらだらと汗が流れそうなくらい、すごく気まずかった。正直自分でも薄情すぎるな、とは思う。思うんだけど。もし間違った名前を入れて本人の前に出してしまったらと思うと、まだこの方が救われると思ったんだ。いや、だって、いつも「赤司くん」って呼んでる。アドレス帳の登録も、私「赤司くん」で入れてて。で、べつに共通の友達がいるわけでもない。昔からの付き合いってわけでもない。……って言い訳すぎるだろうか。「あかしくん」でケーキ屋さんに頼めばよかった。だって赤司くんっていっつも「赤司くん」って感じで、なんか今更ほかの呼び方がしっくりこないっていうか、赤司くんは「赤司くん」っていう生き物だと思っていた。

「いや、ちがうの、確か…せい…せいじ…せいじくん?じゃないんだよな……なんかもっとこう、すごい名前だったような……じゅうざえもんみたいな…いや違うな……」
「……じゅうざえもん」
「あっ、合ってた?」
「いや合ってないが」
「本当にごめんなさい」

 いやほんとうに最低だこれ誕生日にする会話じゃない。誕生日を祝おうとする人間の言葉じゃない。急激に焦ってきて深々と下げた頭が上げられない。心臓が痛いくらい音を立てる。どうしよう。嫌われたかもしれない。どうしよう。泣きそうになってると、赤司くんがもう一度、「じゅうざえもん…」って呟いた。怒られると思ったのに、声音的には怒っている様子はない。いや、でも、さすがにこれは怒るだろうな、って思ってこわごわと視線を上げたら、……あげたら、赤司くんが顔を背けていた。顔も見たくない、という、――わけではないみたいで。

「赤司くん……」
「……ふっ」
「それはツボに入ったときの笑い方だね」
「いや、さすがにショックではある」
「アッはいそうですよね本当すみません」
「征十郎」
「え?」
「せいじでもじゅうざえもんでもないが、惜しいな」

 はっきりと顔を上げて、その顔を見つめて、少し柔らかい笑い方に、ぽかんとする。赤司くんが笑っている。赤司くんがこんなに近くにいてくれるのに、名前すら呼べない私に、笑ってくれる。その顔を見ていたら胸がいっぱいになって、くるしいくらいで、見ていられなくなって。私はパッと視線を自分の手元に移した。赤司くんの口にした名前を、頭の中で繰り返す。せいじゅうろう。せいじゅうろう。やわらかくなったチョコペンを手に取って、チョコレートでできたプレートにそのペン先をのせる。のせた直後、手が止まった。

「いや、待って。せいじゅうろうくん?せ、い、じ、ゆ、う、ろ、う、く、ん…9文字?この狭いプレートの中にチョコペンで9文字?」
「赤司でいいよ、
「あ、いやいや大丈夫。そこは頑張らせていただくから…」

 ああでも一画目からミスった気がする。一文字目こんなに大きくしたら後が入らない気がする。しくった。っていうか緊張する。だって赤司くんずっと見てるし。食い入るように見てるし。見られながら書くの緊張する。

「あ、えーと、赤司くん、ショートケーキでよかった?チョコの方が良かった?」
「俺は何でも構わないよ。が食べるんだろう」
「え!?いや私一人で食べないよ?本日の主役、赤司くんだよ?」
「ん?ホールケーキを切り分けずに食べてみたい、という話じゃなかったのか。俺はが食べきれずに残したらその分を食べるつもりだったんだが…恐らくはこの大きさなら一人で食べられるだろう?」
「いやいや、いーやいやいや、ちゃんと切り分けるよ。半分にするよ。丸いのの半分ってだけでも十分贅沢だよ。夢が少し叶った」
「そうか」
「そうだよ。ホールケーキ一人食いは…えーと…私の誕生日か、」
「クリスマス」

 そう、クリスマス。4日後だか5日後に迫った、世間の大好きなキラキライベント。私からそのイベントの名前を口にしようと思ったのに、赤司くんに先回りされていた。「うん、そうだね、クリスマスとかに挑戦させてよ」さすがに、赤司くんの誕生日に本人のためのケーキを一人占めなんてできない。本人がいいって言ってもさすがに。だから、そんなホールケーキ食いという子供っぽい夢を叶えるとしたら、もっと別の機会に。うんうん頷いていたら、赤司くんが私の手元を覗きながら、言う。

「だから、クリスマスも一緒に過ごさないか」
「……え?」
「…と、約束するつもりだった。今日はそれを言いたかったんだ。誕生日プレゼントだと思って、頷いてほしい」
「……クリスマスと誕生日近いと、便利だね…」
「ふ…たしかに」
「そっか。そういえば約束してなかったね。なんか、すっかりクリスマスも一緒に過ごす気でいたよ。言われる前から」

 私の言葉に、赤司くんがちょっと驚いて言葉に詰まった。それがわかりながらも、私はその直後に「できた!」と声を上げていた。チョコレートのプレートには、かなりヨレヨレで、不格好な9文字。いっそ漢字で書いた方がよかったかもしれない。どういう字をかくのか、ちゃんと教えてもらおう。そしてちゃんと、もう忘れないように。来年は、ちゃんと。私は、プレートの中の文字を読み上げる。改めて、口にする。今日一番大事な言葉を。

「せいじゅうろうくん、お誕生日おめでとう
「…ありがとう。

ハッピーバースデー・ケーキ・ディア、