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「青峰と付き合ってるってマジか」 「マジらしいぜー。まあ、ほら青峰って巨乳好きで有名だし」 「あー、そっかって胸デカイから」 「そうそう。胸で選んだのモロバレだよなぁ」 という会話にもそろそろ慣れてきたので今更深く傷ついたりはしないのだけれど正直気まずい。涼しい顔をしてこんなコソコソ話をしている人たちの横を通ればいいのか、彼らがどっかに行ってくれるまで待てばいいのか。迷っていると、ツンツンと肩を叩かれた。ハッとして振り向けば眩しいくらいの美少女がそこに立っていて、私に向かって微笑んでいた。少し眉を下げて、困ったように。だけどそんな表情すら計算されたもののように美しく可憐に見えるので困る。 「お、おはようさつき」 「おはよ。まだあんなこと言ってる人いたんだねー…気にしちゃ駄目だよ?」 「聞いてましたか…」 「うん、まあ…昇降口でべらべら話されちゃあ…」 「う、うーむ、そうなんだけどね…慣れてきたというか諦めてきたというか」 はっはっは、と遠い目をして力なく笑うと、さつきが頬を膨らませて「弱気になんないの!」と叱る。そうして私の手を取ってずんずんと歩き出す。周囲の男子がはっとこっちを見る。正直、誰もが振り向かずにはいられないこの美貌を持つさつき…の隣を歩くのはキツイものがあるんだけど。いやとてもいろんな意味で。「あのさーさつき…私らが二人並んで歩いてると周りになんて思われているか知っているかい?」聞けば、さつきは首を傾げる。 「…えっ?なに?何か噂されてるの?」 「『巨乳コンビ』」 「あー…そのままだねえ」 と、さつきが首を動かして自分を見下ろす。しかし胸が邪魔で全体は見下ろせないのである。そしてさつきの視線は自分のソレから、隣の私に移される。「うん、まあ発育がいいのは良いことよね。いろんな方面への武器になると思う!うん!」とさつきは自分を納得させつつ私を励まし、うんうんと頷く。私は相変わらずはっはっはーと乾いた笑いをもらしながら、「『巨乳コンビの美人のほうが桃井でもう片方が』とも言われているのだよ」と話す。と、さつきがギョッとしながら「何それ!?そんな失礼なこと言う人いるの!?」と大きめの声を出した。 「いやーまあ…そのとおりなのでなんともいえないんだけどさぁ」 「信じらんない!ね、ね、大ちゃんに話してぶっとばしてもらおうよ!!」 「や、やだよそんなの…」 「はアイツに遠慮しすぎ!そんな遠慮することないよ!?だって、」 彼女でしょう? 当然のことのように、はっきりと紡がれたその言葉に、私はうぐぐっと口ごもる。確かに、彼女だ。最近付き合い始めた、彼女。真っ直ぐに、きりっとした目で見つめてくるさつき。なんとなくその真っ直ぐさに気後れして、目を泳がす私。それでもさつきはじぃーっとその様子を見つめるので、逃げ場がなくってうつむく。他人よりだいぶ質量のありそうな胸のでっぱりを、見つめて、溜息。その溜息を耳にして、さつきがハッとした顔で私の肩を掴んだ。 「ま、待って!もしかしてさっき言われた言葉本気にしてるの!?」 「え…いや、その…まあ…」 「そりゃあアイツはバカでスケベでどうしようもないけど!に『青峰君のこと好きかも…』って相談されたときも『は胸おっきいからイチコロだよっ☆』とか笑いながら私言ったけど!あれは冗談でっていうかそういう意味で言ったんじゃなくて…」 「お、おちついてさつき」 「本当にアイツがの胸だけ見て好きになったって思うの!?」 肩をつかむ手に力がぐっとこもって、さつきが泣きそうなくらい焦った顔で私を見る。ああきっとさつきは、彼が大切なのだろうなあとぼんやり、他人事のようにおもった。好きなんだろうな。決して、そういう疑いをかけるわけではないのだけれど。いつもいつも手を焼いている彼女のことだから。私が青峰大輝という人間を誤解してしまうことを誰よりも悲しく思う人間なんだと、思った。当事者である私よりも悲しむんだと思う。とてもとても。 「…ぷ」 「!?」 「ご…ごめん…なんだか朝から胸の話で盛り上がってるっていう事実がなんか、冷静になってみるとおもしろくて…ぶふっ」 「わ、私本当に二人のこと心配してるんだよ!?」 「わかってるよぅ」 「もう…!」 わかってるよ、さつき。私が勝手に不安になってるだけなの。 「青峰くんってさ」 「おー」 自販機の取り出し口からジュースを取りながら相槌を打った彼。ペットボトルの炭酸飲料の蓋をあけると、小さくプシュっと音がもれる。開けながら、思い出したように私の顔を見る。「なんだよ」と短く聞いて、ペットボトルを傾ける。私は喉が揺れるのをぼんやり見守って、「私が他の子よりちょっと胸が大きいから私の告白OKしたの?」なんて訊くような雰囲気じゃないよなーと他人事のように思い、「堀北マイちゃん好きだよね」と適当な話題にすり替えた。青峰くんは変なものを見るように目を細めて、「ああ?あー」と微妙な相槌を打つ。 「胸でかいよね、マイちゃんね」 「おう。超かわいーだろ」 「うん」 「…で?」 「いえ、べつに」 「はあ?」 心底呆れたような「はあ?」に、びくりと身構える。さつきは、言っていた。「彼女なんだから遠慮することない」って。だけど、本当にそうだろうか。そりゃあ確かに私達は付き合っていて、私は青峰くんの彼女で、彼は私の彼氏なんだろうけれど。「告白した側」という立場は、なんだか少し、不安があるものなんだ。多分。本当に私のことを好きでいてくれているんだろうかって、思わない人がいる?スタートの位置が、相手よりも一歩先に飛び出ていることに、不安がらないひとがいる?ペットボトルとコンビニの袋を片手にずんずんと廊下を歩き出す彼に、私はなんにもいわずについて歩く。このまま屋上へ向かうのが、暗黙の了解。 「つーかいきなりなんだよ。胸ならもさつきもまーまーデケーじゃん?」 ああ、いきなり核心ついてきたなあ。そうなんですよ、私も胸おっきいんですよ、はい。青峰くんの基準は現役グラビアアイドルなので私のこともさつきのことも「まあまあ胸デカイけどマイちゃんには負ける」という位置づけなのですが。同じ高校1年生の中で見れば、私とさつきの発育は明らかに良好過ぎるくらいの良好であり、女子からも男子からもいろんな意味で視線を集める。そんなの、しょっちゅうだ。さつきは、そのスタイルの良さプラス顔の良さも合わさって本当に誰もが振り返るほどの美人だけど。私はただ胸が他人より大きいというだけで、べつに顔がいいわけでも、締まるべきところは締まってスタイル抜群というわけでもない。だからこそ胸が大きいという点がアドバンテージになるわけじゃないんだ。むしろ、損ばかりだ。自分に合ったサイズで可愛いブラないし、走るとき邪魔だし走ってる様子を見る周囲の視線がなんかこ、怖いし!肩凝るし、制服のシャツだってボタンの間が、あれだし…。おまけに、大好きな人を「この人、私の胸しか見ていないんじゃないか」なんて疑ってしまう、嫌な子だ。 「私は、あんまり…嬉しくないけどなあ…胸おっきくても」 「あ?マジで言ってんのか?」 「…うー、うん」 「ふうん。そーいうもんか?無いよりあったほうがいいに決まってんだろ、おっぱいだぞ」 「それはーほら…青峰くんの主観っていうか…」 「女だって大体は胸でかくなりてーって思ってんだろ。多分」 けらけら笑いながら、「お前、貧乳の奴らに『嫌味かよ』っつってぶん殴られんじゃね?」と言ってくる。あはは、とつられて笑ったつもりが、どこか引きつった、乾いた笑いになってしまう。一瞬聞き流したと思ったけれど、彼はふと神妙な顔になり、私を振り返る。私は中途半端にカーブを描いていた口元を、への字に結んで、見つめ返す。「んだよ、なんか言いたいことあんなら言えよ。お前いっつも言わねえんだから」その一言に、悔しさがどっと溢れてくる。悔しい。こんな優しい人を、心配させてしまう自分が悔しい。 「だって、申し訳なくて」 「何がだよ」 「あのね…青峰くん、陰で、言われてるんだよ」 「なにが」 「巨乳好きだって」 「…は?いや、否定しねえけど。好きだけど」 「うん、しってるんだけどね」 「あぁ?だーから何が言いたいんだよお前は!」 知ってる。青峰くんは胸の大きい女の子がすきだ。「よかった、私胸が大きいから青峰くんに好きになってもらえた。」そう言葉にしたらきっと、私、泣き出すだろうな。でも、そうじゃないだろうと否定も出来ない。だって、分からないし、きっとそうだって思えてしまうから。私は嫌な女だなあ。でも、確かめなきゃ、ずっとモヤモヤしたままなんだろうなあ。決めつけたままなんだろうなあ。私はぎゅっと胸の前で拳を握った。とん、とん、と胸を叩く。青峰くんは屋上へ続く階段を登っていく。私は足を止めて、それを見上げた。 「青峰くんは、私が胸大きいから付き合ってるんだって」 絞り出した声に、青峰くんはぴたりと足を止めた。しんと沈黙して、それから振り返りもせずに「は?」と声を漏らす。その声が、冷たい。びくっと思わず肩を揺らす私。何か言葉を続けなくちゃと頭の中でごちゃごちゃ考える。「そういう噂をしている男の子たちがいて、その、真偽はともかく、私と付き合ってることでそういう噂されちゃうの、なんか、嫌だなって、青峰くんがひどいひとみたいに聞こえる、けどべつに、私は」わたしはそれでも青峰くんに好かれるならいいとおもっているし、なんてするりと口にしてしまいそうになった。慌てて口を押さえる。違う、違うそうじゃない。あーもう、だから、なんだっていうんだもう。「アイツは胸で女選んでるんだ」なんて言われて気分いいわけないし、これ本人にちくることでもなかったようなきがする、嫌な気分にさせてしまった気がする!うろたえて思わず一歩後ろに下がったら、青峰くんが振り返り、階段を降りてきた。私の前までやってきて、ずい、と顔を近づける。あ、不機嫌そう、だ。 「それ、どこのどいつが言ってんだよ」 「わ、わかんな」 「あ?」 口を押さえたまま、ぶんぶんと首を横に振ると、なんだかぶわっと涙が溢れそうになった。どういう涙なのかはわからない。凄んできた青峰くんが怖かったのかもしれないし、でも同じくらいの、怒ってくれて良かった、という安堵感からきた涙なのかもしれない。そんな理由じゃない、ちゃんと俺はが好きだから付き合ってるんだ、って…や、べつに言ってくれてないか。否定も肯定もしてないか。再び落ち込みそうになった気持ちをなんとかもちなおして、顔を上げる。青峰くんはじーっと私を睨んだあと、はあーっと溜息を吐いて、それからチッと舌打ちをして、私の横を通ってすたすたと屋上へ続く道をUターンしていく。慌ててその背中に声をかけた。 「ど、どこいくの?」 「便所。先に上行って飯食ってろ」 そっけない返事をしながら、がしがし頭の後ろを掻く。そのまま姿が見えなくなるまで私はぼーっとその背中を見送っていた。やがてのそのそと足を動かし、屋上への扉へ手をかける。青峰くん、機嫌悪くしちゃったな。何かに八つ当たりとかしてなきゃいいんだけど。…って、機嫌悪くした本人が何言ってんだか。溜息を吐いて、屋上へ足を踏み入れる。 どこのどいつが言ってるんだ、と聞かれたってわからない。今朝昇降口のところで話していた男子は多分青峰くんのクラスだったと思うけど、私は名前知らないし、もし青峰くんの仲のイイ友達とかだったら、チクるようで気が引けるし。だいたい、なんで私は相手の名前知らないのに向こうは「」って名前しってるんだ。不公平だ。そんな有名人だろうか私は。……まあ、多少、そうか。特にさつきと廊下を歩いてる時は、視線を感じるし、「可愛いほうが桃井・もう片方が」って覚え方があるんだもんなぁ。 と、空を見てぼんやりしていたところに、携帯が鳴った。青峰くんだろうか、と思ったけれど違う。同じクラスの友人からのメールだ。 「今どこ?あんたの彼氏が廊下で喧嘩してるよ!ヤバイヤバイ!」 転がる勢いで階段を駆け下りて友達に聞いた場所に行くと、そこにいたのは今朝の昇降口の男子二人と、その内の一人の襟首を引っ掴んでる青峰くんと、その青峰くんの制服の裾をつまんでいるさつきだった。ぽかんとする。やじうまがちょこちょこ出来ているし、青峰くんは相手をめちゃくちゃ睨んでいる。これから殴り合いでも始まったらどうしよう。それは、まずい。部活停止とかになったら洒落にならない!きっとさっきの私とのやり取りが原因で機嫌悪くなって、適当に八つ当たりしてしまっているだけだそうに違いない。とめないと!さつきも多分とめようとしている。…私のせいだ!あんなこと言って、青峰くんの機嫌悪くして!駆け寄ろうとしたとき、聞こえた会話にぴたりと足が止まった。 「だ、だから冗談だって青峰…」 「いーから。さっき言ったこともっかい言え」 「いや、その…お前が桃井と喋ってたから…ちょっとからかおうと思って…」 「で?なんつった?」 「『胸のデカイ彼女はどーしたんだよ青峰、なんだ桃井のことだったのかよ。胸でかけりゃなんでもいいのか?揉み放題でうらやましー』って言ってたよねっ二人で」 「ちょっ、桃井…!」 さつきってばもしかして、青峰くんを止めるどころか余計けしかけてる?ぎらぎらした目で青峰くんの横についてるさつきの発した言葉は、明らかに止める様子じゃない。相手の男子に敵意むき出しだ。さつきの言葉に、ぎくっと身を強張らせた男子は、許しを請うように「冗談だったんだよ!悪かった!」と繰り返す。対して青峰くんはぎろりと睨みをきかせて、ぞっとするくらい低い声で、 「お前、なんでの胸がでけえって知ってんだよ」 「…は?」 「えっ?あ、青峰くん?」 これには一緒になって凄んでいたさつきも間の抜けた声をあげた。けれど変わらず青峰くんは真剣な顔で相手を見ている。「いや…なんでっつーか…有名じゃね?…見れば分かるっつーか…」襟を掴まれたまま男子がぽつぽつと話すと、どこが地雷だったのか、ぴきっと不機嫌マックスに到達した青峰くんがガッと掴んだ襟を引き寄せて、至近距離で睨みながらこう言った。 「見れば分かるだぁ?誰の許可取って俺の彼女の胸見てんだよ!」 「えっ」 「そ、そこ怒るとこなの!?そこが問題なの!?」 「っつうかコイツだけじゃねえよ!他の奴らも!俺の許可無くのおっぱいに視線くれてんじゃ…」 周囲のやじうまに言ったんだと思う。ぐるんと周囲を見回すように振り返った、ら、私と目が合った。「あ」って顔になる。さつきもびっくりしたように「あ」って顔をしている。青峰くんに掴まれていた男子も私の方を見て「あ」って顔をしてる。やじうまの方々にも「あ」って顔をされた。なんだこの状況。しーんとした沈黙のあと、たまたま廊下にやってきた英語の先生がこちらに気づき、「なんの騒ぎ?」と近寄ってくる。さつきが慌てて「なんでもないです!」と説明した直後、青峰くんにぐいと手を引かれて、私は屋上にUターンしていた。未だにぽかんとしている。さつき、後始末任せてごめん。 「トイレから出たらちょーど廊下でさつきに会ってよー、適当に喋ってたらさっきの奴らがお前の彼女のおっぱいはどうのこうのーって言ってきたから、お前つまり普段のことおっぱいに注目して見てんだな?っていう話に」 「青峰くん、さっき私が言った噂に怒った理由って」 「ああ、俺以外の奴がのおっぱい見てんのムカつくじゃん。彼氏の特権だっつーのによ」 口いっぱいにサンドイッチを詰め込みながらもぐもぐ喋る青峰くんは、当たり前のようにそう言い切った。いろいろバタバタしてしまったせいでまだ昼ごはんを食べていなかったのだ。先生に騒ぎの事情を説明なんかしていたら余計時間がなくなるということで、青峰くんは私の手を引いて屋上へ逃げてきた。私も彼とおんなじようにサンドイッチを手に持ちながら、黙る。口に運ぶ気がしなくて、青峰くんに渡した。 「青峰くんって、私が胸大きいから好きなの?」 胸大きいから付き合ってるの?とは聞かないことにする。好きなの?と、そう訊いた。すると青峰くんは私からもらったサンドイッチを頬張りながら、なんてことないように、当たり前のように、「あー、そうかもな」と答える。そっかぁ、と消え入りそうな声でしか、相槌が打てなかった。そっか、そっかぁ。やっぱりそうなんだぁ。そんなわけない、ちゃんと中身が好きだから、って、言われることを期待していた。きっとそう言ってくれるだろうと、思ってた。けどやっぱり、違うんだなぁ。男の子って、そういう生き物なんだなあ。胸でかいから、胸が胸がって、そればっかりだ。わかってたはずじゃないか、青峰くんもそうだって。青峰くんは巨乳好きだって、さつきだって認めていたし。分かってた。けど、もう少し、違う理由があるんじゃないかって期待もしてた。 「私、コンプレックスだったんだよ。前からずっと。『胸が大きい子』って、そんなふうにしか思われないの。胸しか見てないんだみんな、って、人の目が苦手になるくらいに」 「…ふうん」 「『私』自体は、見てないんだ、いつも。青峰くん、『私』が好きなわけじゃない、そんなの、」 「そりゃあ胸が無い女よりデカイ女のほうが俺は好きだしな」 泣きそうになって、つっかえつっかえにしか言葉も出ないのに、さらに追い打ちをかけるように青峰くんが「もしお前が貧乳だったら付き合ってねーかもしんねーな」なんて言う。これに私の涙腺は限界を迎えて、ついにぶわっと泣きだした。なんだそれ、なにこれ。つらい。胸がきりきりと痛み出す。ああやっぱり、やっぱりそうなんだ。青峰くんは、胸しか見てないんだ。胸しか私の好きなところ、ないんだ。胸が小さかったら私なんて、私なんてすきになってないんだ。元から『私』自身を好きになんかなってないんだ。胸をかきむしってやりたい、えぐってやりたい。大好きな人に自分を見てもらえないこんな体なんか、いらない。 「けど、そりゃあ『もしも』の話だろ。そんなもしもの話、現実になんかねぇんだしよ」 それ、なぐさめてるつもりなんだろうか。フォローになってるつもりなんだろうか。ちっとも嬉しくない。聞く耳持たず、といった具合にぐすぐす泣き続けていると、青峰くんが「あー、お前なんでそんな泣いてんの」と呆れたように尋ねてきた。この人どんだけ追い打ちかければ気がすむんだ。ハートがずたぼろだよ。黙っていると、青峰くんががばっと覆いかぶさってきた。あーもう、やめてやめてやめていらない、もういい、もういい。別れようわたしたち。そう言いたい。なのにこの人の腕を払えない。突き飛ばせない。だって悔しいくらいに悲しいくらいに、私は彼が好きなんだ。告白をOKされて、嬉しくてたまんなかった。彼女になれて幸せで幸せで仕方なかったんだから。 だけど、やっぱり、こんな関係はまちがってるんだろう。彼は私を好きになんかなってないんだろう。話しあおう、今からでもちゃんと。そう思った直後だ。私をぎゅうっと抱きしめたまま彼が、拗ねたような、子どものような声でこう言った。 「お前さぁ、勘違いしてねえ?つーか、俺のこと見くびってんだろ」 「…、え…」 「そりゃあ俺はおっぱいデケーお前が好きだけど、その巨乳要素が欠けてるお前は好きになってねーかもっつったけど」 「…」 「胸がデカいだけで他のどっかがじゃないなら、好きになってねーよ」 口を半開きにして固まっていると、青峰くんは私の頭を撫でる。優しい撫で方ではない、ぐしゃぐしゃに乱暴に。「青峰くんは、私の胸がすきなんだよね?」どこか呆然としたようにつぶやく私に、青峰くんは呆れきった声で「はあ?」と返事をした。「『胸も』だろ」自信満々に、当たり前だろと胸を張るようにそう言って、私は、言葉が出てこない。青峰くんはそれだけ言えば満足したのか、あーまだ食い足りねえなーとか、次の授業なんだっけなーとか、私を抱きしめたままぼんやりつぶやいていた。そんな「いつもどおり」すぎる空気に、私は自分の涙が完全に引っ込んでることに気づいた。 「…ふ」 「なんだよ、さっきまでぴーぴー泣いてたくせに。何ちょっと笑ってんだ」 「だ、だって…普通、『俺は胸目当てなんかじゃないよ。お前の中身が好きなんだ』とか、言うんじゃない?全然そんなの言わないから…」 「ハッ、誰が言うかよ。つーか、良かったじゃんお前。胸だけ見てる男でも中身だけ見てる男でもねーんだぞ、俺ぁ」 「…私、を見てる?」 「の全部」 ずるいくらい、優しい言葉だった。私にとって。それがほんとうに、ずるくて。なんか、うまく丸め込まれてる気がするよ。期待してた言葉とはちょっと違う言葉が聞けて、嬉しいのか何なのか分かんない。そう言いたいのに、青峰くんは私の顔を覗きこんできて、その瞳が真っ直ぐで、私の瞳の奥の奥の、一番奥まで射抜くような瞳で、私はなんだか言葉なんて要らないんじゃないかって、相応しい言葉なんて見つけられないんじゃないかって思ってしまう。(ああ、なんだ私、嬉しいのか)なんにも言わないでいると、彼の大きい手のひらが、それこそバスケットボールをつかむみたいに、私の頭の後ろを押さえた。強く掴まれたわけでも、引っ張られたわけでもない。ゆっくりと自分の方へ傾ける。そうやっていつも、噛み付くようなキスをする。ああ、やっぱり、私好きだなぁ、この人のこと。愛されたいんだなあ。「胸大きくてよかったなぁ」なんて、それは、「私」で良かったなぁってこと。なんにも欠けてない私で、私の全部が愛されてて、良かったなぁって。 「…午後サボんぞ」 「えぇー」 「なんか今すげーお前のこと可愛がってやりたい気分」 「もしもの場合のお前なんか見てねーしどうでもいい。俺は今の、このがいい」 |