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に出会ったのは一年のときの四月、バスケ部にリコを勧誘していたときだ。ツンとした態度で俺達の誘いを断るリコの肩に隠れるように引っ付いていたのが、。リコが俺達を見る目は確かに鋭いものがあったし、コガなんかは「あの女子コワイ」なんて言っていたけど、なんとなく俺は気づいていた。リコよりずっと警戒心むき出しなの目に、気づいていた。べつにをバスケ部に誘っているわけじゃないのに。どうしてこんな怖い顔をしているんだろうこの女子は、と疑問に思ったけど。あれは「リコに付き纏う男子」という目で見られていただけなんだろう、今思えば。「リコが嫌がってるだろ」「リコに話しかけるな」思い返してみると、あの目はそれしか訴えて来なかった。純粋な敵意。いろいろ経てリコが俺達の仲間に加わってくれたとき、俺はもちろん嬉しかったけど、同時に「彼女」のあの目が頭に浮かんだんだ。あの子は、…リコを取られまいとしていたあの子は、どんな顔で俺達を見るだろう?どんな顔でリコからバスケ部の話を聞くだろう?考えた。とても。気になったんだ、どうしても。バスケ部結成した後、リコの教室へ顔を出したとき、もちろんリコの隣にはが引っ付いていた。「あ、紹介してなかったわね。この子、私の幼馴染。、こっちがさっき話した木吉鉄平ね」「です。リコの友達の」彼女の挨拶はそれだけだ。俺を見る目は睨んでなんかいなかった。だけど好意的な笑みなんてちっとも浮かべていなかった。 ああこの子はすごくリコのことが好きなんだな、大切なんだな。誰かに取られるのが嫌なんだな。自分以外がリコと一緒にいるのが不安なんだな。それを察して、俺は微笑んでみる。安心させるように。まあ女子の間の「仲良し」って、きっとそういうものなんだろう、って。グループとか二人組とか、女子のソレってすごく固いもので結ばれてるからさ。リコが最初は嫌がっていたバスケ部に入って、はおもしろくないんだろう。俺と親しげにしゃべっているのが気に食わないんだろう。なんだか悪いことをしてしまったような気がして、「そっか、友達ならどうだ、一緒にマネージャーとか」と一つ提案してみた。いい案だと思ったんだ自分でも。だけどは眉を寄せて、「嫌」と一言だけ呟いた。たった二文字。あれ、とさすがに俺も苦笑いする。デジャブだ。リコを誘った初日にもこんな感じの答えを聞いた気がする。横にいたリコが困ったように眉を下げる。「あー気にしないで。この子すっごく人見知りなの。特に男子はダメ」リコの服の端をぎゅっとが握るのを、俺は見ていた。 「あれ、。どうしたんだ?」 体育館の出口にぼーっと突っ立っていた人物にそう声をかけたら、ずいぶん顔をしかめられた。なんでお前が声かけてくるんだよと言いたげな目。まあが体育館にやってくる理由なんてたった一つだけだが。「リコなら、日向と一緒に職員室行ったけど。なんか部のことで用があるみたいだ」なるべく微笑んでみたけど、いいように思われないのは承知の上だったので、ちょっと眉が下がる。は俺の言葉を聞いて、何かを考えるように黙りこみ視線を落とした。小さく小さく、「日向くんか…」とつぶやく声を聞いた。あいつならまあ、いいか。そんなふうに聞こえたのは、何故だろうか。 「教えてくれてありがと、木吉くん。じゃあ私職員室のほう見てくるから、さよなら」 さよなら、って同級生になかなかつかうもんでもないよな。は取ってつけたような薄っぺらい微笑を浮かべて、さっさとその場から離れようとする。一年前に比べたら、ずいぶんな進歩だ。あの頃は嫌悪感むき出しで、隠そうともしなかったから。いや、さっきみたいに不意打ちに話しかけると顔をしかめるの未だに隠せないみたいだけど。最近のは、たまに俺に笑う。笑ってるように見せる。社交辞令程度の。正直、全然うまくないけどな、ソレ。俺は何故か、気づくと彼女の肩に手を乗せてを引き止めていた。「いや、二人とも今に帰ってくるだろうからさ、ここで待ってたらどうだ?」俺の言葉が言い終わるより先に、は肩にのせられた手を払った。勢い良く、思い切り払った。「あ、しまった、おもわず」といった顔を見せたのはほんの一瞬で、すぐにまた目の笑っていない微妙な笑顔を浮かべて「いいよ、探してくるから」と言う。踵を返して、足早に去ろうとする。行き場を失くした俺の手。自分の手のひらを眺めて、それから、ふっと小さく笑う。いや、この笑いじゃダメだなあ。俺はわざとらしく「ははっ」と声を出して笑う。空気をほんの少し、濁らせるもの。凍らせる声。 「リコを探したいっていうより、俺と顔を合わせていたくない…って感じだな」 は足をぴたりと止めて、たっぷり時間をかけて俺の方を振り返った。なにいってるのとまたぎこちなく笑ってくれたらそれはそれでよかったけど、彼女はこれっぽっちも笑わずに、不機嫌そうに、嫌なものでも見るように顔をしかめる。一刻も早く俺の前から立ち去りたいって、そう顔に出てる。ずいぶん嫌われたもんだなあと思いつつも、俺はわざと笑顔を絶やさない。ますますの顔の不快そうな色が濃くなる。口は動かさずとも、彼女の心の声が聞こえた気がした。「笑うな」と。俺が笑う度に、彼女の余裕がどんどん、なくなっていく。とても分かりやすく、彼女は苛立ちを募らせていく。 「木吉くんは」 「うん?」 「私がリコの友達だから、構うんだよね。喋りかけてくるんだよね」 ぎりぎりと歯ぎしりをしたまま絞りだすような、そんなイメージの、震えた声。苛立ってしょうがないみたいな、そんな声。そりゃあ確かに、がリコの友達じゃなかったら俺は喋りかけてなんかいないだろう。去年も今年も、俺は彼女と同じクラスなんかじゃないし。そもそもリコの友達じゃなかったら、 いや、一年前のあの日、彼女のあの目を見ていなかったら。 気にかけやしなかった。あの目が、ずっと、いつも、離れない。気になってしょうがない。そうだ、がリコの「リコのことが大好きな友達」じゃなかったら。あんなふうに俺を睨んで来なかったら、興味なんて抱かなかった。 「私も、一緒だから。木吉くんがリコの…、」 リコの友達だから仕方なく喋ってるだけだから。そう言いたいんだろうって思うのに、はその先をぐっと飲み込んでいた。俺は、少し首をかしげる。うつむいてぎゅっと拳を握って何かを堪えるようなを見て、怪訝に思う。泣いてるんじゃないかってくらいに、静かに肩が震えて、言葉の続きが聞こえてこない。「?」名前を呼ぶと、彼女はハッとしたように顔を上げて、俺を見た。やっぱり、泣きそうな顔をしていた。なんでそんな顔をするんだ。今の会話のどこに泣く要素あったんだ。ほんと、分からない。初めて会ったあの日だって、なんでそんな顔するんだって気になってしょうがなかったけど。今だって、不思議で、気になってしょうがない。なんで泣くんだろう?なんで俺は彼女を、苛立たせたり、泣かせたりするのが上手いんだろう? (なんて、気づかないフリは、得意だけど) 「違うよ、。俺お前のこと気になるから、お前が嫌おうが泣こうが話しかけちゃうんだよ」 俺を見上げていた泣きそうな表情は、一瞬で変化する。口を半開きにして、みるみる目を見開いていって。驚きで目を丸くするというよりも、頭が真っ白になってるときの人間の顔だ。今にもぐらりと体勢を崩して、倒れ込むんじゃないかってくらいには、からっぽな目だった。いや冗談抜きに今軽くトンと押せば、尻もちついて倒れるだろう。「なに、それ」俺を見る彼女の目は、今までにないくらい弱々しい。声が掠れて、それもまた弱々しい。ふらりと覚束ない足で、一歩俺に近づく、二歩、三歩。俺のシャツをぎゅっと掴んで、詰め寄った。「なに、それ、どうして」そんなのまったく意に介さないとでも言うように、俺はその場にそぐわないからりとした笑顔をつくって、とどめの一言を告げる。 「なにってやっぱ、好きなんじゃねえかな。俺、のこと」 今まで誰にも抱いたことのなかった気持ちを、好意と呼ぶのなんて、誰もが通る道じゃないか。俺達くらいの年齢になればそれはもう全部、思春期だとか青春だとかいう言葉で片付いてしまうのだから。当たり前だろ、みたいに言い切ると、はますます、いや、とうとう糸がプツンと切れたように動かなくなった。俺のシャツを掴んでいた腕が離れて、だらりと人形みたいに投げ出すように揺れて、ただ肩からぶら下がってる棒みたいに、だらんと、動かなくなる。彼女はうつろな目で、足元を見る。「どうして」と小さく、ぼそりと呟いている。うわ言のように。今ならどさくさで抱きしめることも出来るだろうな、とぼんやり思う。殴られっかな、さすがに。「なんで、私なの」「どうして、なんで」ぼんやりした彼女の声を、ぼんやりと耳に入れる。 「リコだと思ったか?」 ぼそ、と呟いた声は、自分でもびっくりするくらいに、自分じゃない声だった。どことなく冷たい、他人みたいな声。けどその声一つで、簡単にに火を付けられたようで。彼女はバッと顔を上げて、睨み殺す気なんじゃないかってくらい俺を睨んで、ドンと俺の胸を叩いた。痛い、けど、あんま痛くない。びくともしない俺の胸板を忌々しげに何度も何度も叩いて、とぎれとぎれに「うるさい!うるさい!」と繰り返す。声で分かる。泣いてるってことは。 「なんで!なんで!!私が欲しいものを持ってるくせに!!私が欲しかったものを、どうして!」 「」 「どうしてあの子の気持ちに応えないの!?なんで私なの!?私がほしかったあの子の、あの目を、視線を、どうして…」 「俺が欲しいのは、」 俺が欲しいのは、一年前のあのときから変わってない。欲しかった目は、視線は、お前のその目だよ。俺を嫌って、憎んで、だけど何より恐怖していた、その目が欲しい。大事なものを取られまいと必死に牙をむく、虚勢の瞳が、たまらなく好きで好きで仕方ないんだ。そう、リコの、友達だけど友達なんかじゃないお前が。そんなお前じゃないと意味が無い。(リコのことが な、お前じゃないと)「俺が欲しいのは、お前だから」ああなんでかな、お前を絶望させる言葉を、いくつもいくつも思いつくよ。「リコじゃない」言うが早いか強烈な平手打ちが左頬に飛んできた。痛い。けど、あんま痛くない。あ、やっぱりちょっと、痛い。 「リコの気持ち、知ってるくせに、知ってるくせに…なんで、どうして…私のことが好きだなんて言えるの…!?」 「いてて……いや、どうしてって言われてもなぁ。俺が好きなのは、」 「言わないで!!聞きたくない!聞きたくない!!」 「落ち着けって、」 怒鳴り散らす様子が、壊れた人形のようでひどく痛々しいけれど。焦りも驚きもしない俺は多分、にもともとこういう部分がありそうなこと、予想ついてたからかもしれない。分かってたんだ、俺が好きなのはお前だって言ってしまえば、彼女がこうやって崩れていってしまうことくらい。それでも伝えようと思ったのは、なんでだろう。「どうしてリコじゃないんだどうして私なんだ」っていうの言葉には、怒りよりも、怯えた色がより濃く見える。彼女は耐えられないんだろう。自分の存在がリコを傷つけてしまうことが。俺の好きな人はだってこと、リコが知ったらどんな顔をするだろう。どんな顔で、と話すだろう?そしてそんなリコを、はどんな顔で、目で、
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