「学校に行きたくない」
「五月病ですか」
「今は六月です」
「知っています」

つまり高校に入学してから二ヶ月が経っているというわけで、これを「まだ二ヶ月」とするか「もう二ヶ月」とするかは人それぞれなのです。公園のベンチで隣同士に座った私と黒子くんは向かい合うわけでも見つめ合うわけでもなくただただ前を向いていました。日曜の公園は人が多い。しかし今時のカップルがこんななんにもないくたびれた公園にデートなんかくるわけない。だいたいのカップルはきっと映画を見に行ったり遊園地に行ったり片方の家でぐだぐだいちゃいちゃのんびり過ごしたりするはずだ。だけど私と黒子くんは公園に来ていた。犬の散歩に訪れたおねーさん、ジョギングしてるおじさま。幼稚園児くらいの歳の男の子、それを離れたところで見守るお母さん。いろいろいるけど、高校生のカップルという人種は私たちしかいないみたいだ。話しながらも、私たちの視線は公園内のさまざまな人間に向けられていた。人間観察。人がいるのだ。私たちはその赤の他人と「公園で過ごす」という時間を共有している。今。

「楽しくないんですか、学校」
「友達が出来ない」
「悲しいですね」
「何、きみは友達たくさんできたの。大勢の人に囲まれてる黒子くんなんて想像できんわ」
「いるかいないか微妙なところです」
「中学の時いっつも本読んでるか寝てるかだったよね」
さんも」
「うんまあね。高校でもそれを続けたらね、友達なんて出来なかったの」
「そうですね。中学のときも、特に仲の良い人達としかいませんでしたよね、さん」
「女の子ってそういうものなのだよ」

中学の時は本ばっかり読んでいても、小さい頃からの友人が仲良くしてくれるからクラスでもやっていけた。だけどそういう友達とも高校別々になったら、私はただの「話しかけにくいオーラ出してる子」になったわけでして。黒子くんだって同じ様な人種のはずなのに、女の子と違って男子はグループとか気にしないからずるい。中学の時から黒子くんはこれっぽっちも目立つ存在なんかじゃないのに友人関係で苦労しているところなんて全く見たことない。それとなく、必要なときには誰かが隣にちゃんといる。妙に要領のいい人だ。私がもっとアクティブで人当たりの良い性格だったらなあ。教室のすみっこで本読んでるような影の薄いぱっとしない子なんかじゃなくって。そう思うけれど、黒子くんと仲良くなったのは本がきっかけだ。たまたま隣の席になったとき、お互い黙って本を読んでいて、周りが「お前らなんか雰囲気似てるな」と笑い出して、それから黒子くんがついと顔を上げて「何読んでるんですかさん」と聞いてきたのがきっかけ。だから私は本が好きだし本が好きで良かったし性格を変えるつもりはないんだけれど高校で友達が出来ない。それだけが問題。

「僕は残念ながら友達作りのコツなんて教えられませんが」
「うん、あんまり期待していなかったよ」
「焦らなくても大丈夫だと思いますよ」
「でももう二ヶ月経った」
「まだ二ヶ月ですよ」
「半年経っても友達いなかったら?」
「まだ半年ですよ」
「一年経ったら」
「クラス替えで頑張ってください」
「きみ実は適当じゃない?」
「はい。思いつめなくてもそんなの適当でいいんじゃないですか?というアドバイスです」
「そんな気楽なもんじゃないんですけど。喋る人いないってつらいんですけど」
「喋り相手なら僕がいますよ。ほら今喋ってるでしょう」
「いや学校での話をしているんですけど」
「学校に僕はいませんからね」
「うんだからそういってる」

私と黒子くんは違う高校に進んだ。どっちのほうが頭の出来がいいかはプライバシー保護のためここではお教えできないけれど、まあとにかく別々の高校にすすんだ。同じ学校に行きたいね、とは最後までお互い一度も口にしなかった。好きな人がいるから、という理由で高校を選ぶのはなんか違う、と多分お互いに分かっていたのだ。周りに多少いたけどねそういう理由で高校決めた子。だから私はここでも、「黒子くんが同じ学校だったらよかったのに」とは口にしない。言ったら負けのような気がした。いろいろと。…だというのに。

さん。僕と同じ学校が良かったな、とか思います?」

言ったら負けだと言い聞かせていたっていうのに私に向かって黒子くんはそんなことを聞いてきた。お互いの顔は見ない。私たちはただベンチに座り、公園の中をいったりきたりする人を右から左、左から右へ見送っている。答えに困った。なんて答えようか。頷くのも否定するのもなんか嫌だ。なんとなく、だけど。はっきりとした理由なんてべつにないのだけれど。迷った末に、私は中途半端な答えを出した。

「うんって答えたら何かくれる?」
「何も出ません」
「じゃあなんで聞いたの」
「いえ。なんか改めて考えたら僕ら、恋人同士だなぁって」
「ちょっと言ってる意味がわからないですね。愛を感じない発言ですね」
「僕らって恋人同士っぽいこと何もしていないのに、高校が離れても自然消滅することなくこうやって定期的に会ってるんですよ」
「そうだね。そう考えてみると私らってすごいね」
「はい」

友達の延長みたいになんとなく付き合っているように感じるけれど、それならそうととっくに別れていたっておかしくない。たまに恋人ってこと忘れてんじゃないのってくらい、本当に、好き好き言い合うわけでもなく、電話やメールが頻繁なわけでもなく。まあこれは私と黒子くんの性格の問題なのかもしれないけれど。だからといって不安になるわけでも相手を疑うわけでもなく。本当に、のんびりとしたお付き合いだ。だけど好きじゃないのかと聞かれたら、私は、あとたぶん黒子くんも「好きですよ」と答えるんだろう。なぜかそう思う。不思議な関係だ。

「誰よりもそばにいたいと思うことだけが愛じゃないですね」

ね、と言われても。私は顔を空に向ける。隣の黒子くんも同じ様に視線を上げた、ように見えた。横目で。このタイミングで愛を説かれてしまったら私なんて言っていいのかわからないよ黒子くん。つまり彼は、こうだ。いくら私から高校生活つまらなくてクラスに馴染めないという話を聞いても、彼は「その場に駆けつけたい助けてやりたい一緒にいてやりたい」と思うのではなくて。話を聞く位置にいたいと言うのだ。たぶん、そういうことだ。私はぼんやりと空を見つめて、雲を眺めて、それからぼんやりと聞いた。隣の彼に。本当にぼんやりと。

「じゃあ愛とはなんぞや」

それを聞いた黒子くん。

「僕にとってのあなたみたいなものですかね」

ね、と言われましても。私はそこでようやく首を動かして黒子くんを見た。彼もそれに気づいて首を動かしこちらを見る。目が合って、私たちはしばらく黙ったままお互いの瞳の奥を覗き合うのです。愛とは、そうですね、難しいですけれどたぶん、守るだけでは始まらないんでしょう。手を差し伸べられないことに、無理に差し伸べるのではなくて。見つめることが愛なのだと、誰かは言ったのです。何かの本に、書いてあった。黒子くん、きみはその本を読んだかい。見つめ合って黙りあった末、ふと思い出したように黒子くんが私に向かって言う。

「キスの一つくらい、しておきましょうか」

それはとてもいい案です。なんだか明日からの一週間、また頑張れそうな気がしてきました。友達はゆっくり探すことにします。教室の隅っこで、本を読みながら。求めるのでも拒むのでもなく、いつか巡りあうものなのだと思って、過ごす。今はさみしくてもつらくても。いつか、そのうちと言い聞かせて。雲がゆっくり流れていく。私の時間もゆっくりと。私と黒子くん二人きりの時間もゆっくりと、だけど確実に流れていく。ああでもキスしている間は、時間が止まってしまったように感じるね。(愛とは、まさにこの事。)