|
「真ちゃん真ちゃん!見てコレ!かき氷器!小学生のときに買ったやつ!押し入れ整理してたら出てきたんだけどさーなつかしくない!?小さい頃二人でかき氷作ったじゃん!?ね、真ちゃんかき氷食べようよかき氷!真ちゃんち氷ある?」 「ない。帰れ」 「うっそだー!おじゃましまーす!」 休みの日の昼間から人の家に上がり込んでくるは、向かいの家に住む同い年の女子で、幼稚園から高校まで同じだったいわゆる腐れ縁であり親同士の付き合いもある幼馴染というやつでもあり、許可も取らずにばたばたと人の家の台所に駆け込み勝手に冷凍庫を開けて「ほらあったじゃん氷!」とデカイ声で騒ぎ立てる。俺が溜息を吐きながら後に続き台所へ顔を出しの隣に並ぶと、俺の方を見上げ、首を傾げた。「おばさんはー?」「買い物だ。だから俺が玄関のインターホンに応えてやったのだよ。相手がお前だと分かっていたら居留守を使うつも」そこまで言ったところで「じゃあ氷もらうね」と俺の話を遮りは冷凍庫からパックに入った市販の氷を取り出しテーブルの上にどんと置いた。持参した大きい箱からもかき氷器を取り出し、「真ちゃん何かお皿出してかき氷入れるようなお皿」と注文をつけてくる。俺は忌々しげに舌打ちをして食器棚から適当な器を二つ取り出してやった。 「やっぱりお祭りって言ったらかき氷だけどさーお家で食べられるっていいよねーほんと!」 「…どうでもいいが氷にかけるシロップなんてこの家には置いてないのだよ」 「あーそれはほら!小学生のときもよくやったじゃん!ちゃん印のオリジナルかき氷だよ!」 「そんなものを食べた記憶などない」 「だって今見たら冷蔵庫にポカリと烏龍茶あったしじゅうぶんじゃん」 どうやらそれをかき氷にかけるらしいがそんなの普通に飲むのと変わらないだろう味もなにもあったものか。ただ氷の分溶けたら薄められるだけだろう。どうしてコイツはこんなに頭の螺子が足りていないのだろう同じ学校に通っているし勉強はそれなりに出来るのに根本的なところがバカだ。俺が大袈裟に溜息を吐き椅子に座ると、は張り切って氷と受け皿を機械にセットし始める。「待っててねー今作るからねーおいしいかき氷!」誰も期待して待ってなどいないし食べたくもない。だがコイツの突拍子もない思いつきの行動にいつも付き合わされるのは俺の役目で、俺だけの役目になっている。今日だっていきなり家に押しかけて勝手に人の家の氷を使ってかき氷を食べようなんて言い出すあたり頭がおかしい。 「なんか今の御時世電動で作れるかき氷器も売ってるらしいけどさー、やっぱりかき氷といったらこうやって自分でハンドルを回して…回し…、ぐっ…なんかカタイなあ…回んない」 「…貸せ」 機械のてっぺんについているハンドルはがいくら回そうとしてもびくともしない。回る気配がない。俺が変わってやると、軽く力を入れればすぐにそのハンドルは回りだす。べつに俺が持った途端硬さが変わったなんてことはないだろう。の力が弱すぎるだけだ。細っこい腕をちらりと見やって、はあ、と何度目かの溜息を吐き、「皿を押さえてろ」と言えばぱっと表情を明るくしはこくこく頷いた。 「なつかしーね真ちゃん!小さい頃もさー私がいくらやってもコレ回らなくて結局いつも真ちゃんがやってくれたよね!」 「覚えてない」 「えー!じゃあシロップなくて納豆乗っけたことも覚えてないのー!?」 「覚えていないが思い出したくもないのだよ」 「えー真ちゃん忘れん坊だよー!」 真ちゃん真ちゃん真ちゃん真ちゃんうるさい。俺はむしょうにイライラしてきて、そのイライラをぶつけるように無言でガリガリガリガリ氷を削る。ハンドルを回す腕にも自然と力が入った。「真ちゃん真ちゃん」懲りずにはそう呼んだ。「真ちゃん、もういいよ。山盛りすぎ」砂時計のように山の形に盛り上がっていく氷を眺めて、がそう言う。 「真ちゃんは変わんないね−。小さい時もさ、回すのに夢中になってお皿の方全然見てくれなくてこぼしてさ」 「覚えていない」 ただこれだけは覚えている。小さい頃、というかつい最近までお前は「真ちゃん」などという名前で俺のことを呼んだりはしなかった。この呼び方の発祥源であるチームメイトの腹立たしいニヤケ面を思い浮かべてやはり俺はイライラしてきて、二つ目の皿にも黙々と氷を盛っていく。「真ちゃん」「うるさい」「真ちゃん」「なんなのだよ」「真ちゃんってさーかわいいあだ名だね」ハンドルを回す手を止めて、ギロリとを睨む。へらりと笑ったその間抜け面も、高尾から伝染ったのか。 「その名前で呼ぶな。わざとだろう、お前」 「えへへ。だって高尾くんが呼んでるの聞いてたらうらやましくなっちゃって」 「何がうらやましいのか理解できん」 「いいなーいいなー私も『真ちゃん』って呼びたいなーって。特別な呼び方じゃん!ねっ」 無駄に記憶力はよくて、俺の知らない俺の記憶も誰より知ってるくせに。誰よりも特別なくせに、どうして高尾という他人の真似なんかするのか。「真ちゃん」という呼び方をするのが特別なら、高尾だって特別ということになる。にそんなもの必要ないだろう。もっと別の、特別な呼び方があるだろう。たった一人の俺のだろう。イライラが募って、もやもやが胸の中に充満する。「呼ぶなよ」つぶやけば、は顔を上げる。 「嫌なの?」 「嫌なんじゃない。腹立たしい」 「私が?それとも高尾くん思い出すから?」 「お前が高尾に影響を受けたという事実が腹立たしい」 「なあにそれ」 「察しろ」 「真太郎」 「ああ、それでいい」 「真太郎」 「なんだ」 「かき氷溶けちゃう」 ならさっさと食べろ。冷蔵庫から勝手に烏龍茶でもポカリでも持って来い。は大人しく俺の言葉にしたがって烏龍茶とポカリを持ってきて、氷の山のてっぺんに適当な量を流した。べつにふたついっぺんにかけろなんて言っていないのに。そのあとが勝手に俺の分のかき氷にポカリをかけた。「そういえば小さい頃烏龍茶でお茶漬け食べたことがあったよね、またやりたいなあ。今度一緒に食べようよ真太郎」スプーンでさくさくと氷の山を崩しながら、は言う。俺は今度は「覚えていない」ではなくて、「ああそうだな」と答えてやる。ポカリ味のかき氷はポカリの味でしかなかった。はしつこく「真太郎、そういえば昔こんなことあったよね」と何度も何度も過去の話をする。俺が、呼び方を変えられるのが嫌なように、も俺が過去の俺と変わっていくのが嫌なんだろう。離れて行かないように必死なんだ、お互いに。変わって欲しくないんだろう。たった一人の特別でいてほしいんだろう。馬鹿馬鹿しい。味気ないかき氷をスプーンですくいながら、次回の来訪に備えてかき氷のシロップを買っておこうとぼんやり思った。こいつは何味が好きだっただろう。昔と変わっていなければイチゴで合ってるはずだ。 できるだけ |