11月20日




「なぁ真ちゃん、それ何持ってんの?」
「見て分からないのか。シルクハットなのだよ」
「それ、今日の、ぷっくく…ラ、ラッキーアイテムなわけ…?蟹座の?」
「そうだ」
「ぎゃはは!!ウケる!真ちゃんちょっとソレ頭被ってみ!?もしくは鳩出そうぜ!?鳩!!」
「うるさい。ゲラゲラと騒ぐな」
「ひー、だぁって普通に考えて学校にシルクハット持ち歩く高校生とか面白すぎだろ!な?サンもそう思うじゃん?」
「えっ!私!?…え、えっと…うーん…それは…邪魔じゃない、の?緑間くん…」
「邪魔かどうかの問題ではないのだよ。人事を尽くすためのラッキーアイテムだ」
「そ、そっか…!」

高尾くんに急に話を振られて、とりあえず疑問を口にしてみたけれど、緑間くんの返事はブレない。キリッとした顔で言い切られて、私は妙に納得した。「いやそれで納得しちゃ駄目っしょ!」と高尾くんはますますお腹を抱えて笑い出すけど、緑間くんがつられて笑うわけがなく、笑うのを止めない高尾くんをムッと睨んでいる。なんだか緑間くんの機嫌がさらに悪くなっちゃうんじゃないかとオロオロした末に、私は何か話題を逸らそうと、「そっそういえばね、高尾くん!」と身を乗り出す。あんまりその後のことを考えていなくて、ふらふらと目を泳がせつつ。

「えっと…うーん…あの、あ!た、高尾くんは、何座なの?」
「…へっ?俺?」

それまで緑間くんの信じている占いの話だったから、ふっと思いついて、そう尋ねる。すると思いのほか高尾くんはキョトンと目を丸くして、私の顔を見た。何か、びっくりされた?変なこと聞いちゃったかな。すぐに返ってこない返事に、私は沈黙が訪れないよう、慌てて言葉を重ねた。

「え、えっと、何座っていうか、その…誕生日、とか…」
「…あー…いや、その、誕生日はー…あー…」

え、なんだろう、ただお誕生日を聞いただけなんだけど、ますます罰が悪そうに居心地悪そうに高尾くんが言葉を濁し、頬を掻いた。あれ、あれれ、と私があわあわしていると、話を横で聞いていた緑間くんが小さく溜息を吐き、「蠍座なのだよ」と呟く。高尾くんが分かりやすく眉を寄せた。

「蠍…あ、高尾くん、が?…そそそっか、蠍座なんだ…!」
「なんで知ってんだよ…」
「周囲の人間の星座くらい覚えている。相性等が占いの結果に影響するからな」
「あ…蠍座ってことは、秋生まれだよね?えっと…」
「明日だろう。何を隠す必要があるのだよ」
「え?明日?」
「高尾の誕生日は確か11月21日だ」
「11月…にじゅう…、えっ!?あ、明日なんですかっ!?えっ、あ、お、おめでとう!じゃないか明日ですよね…ええ、ど、どうしようごめんね何にも知らなくて、なんにもプレゼントとかそういう…」
「だーっ!だから教えないようにしようって思ってたんだよ!自分から俺明日誕生日なんだとか言えねーだろ普通!やらしーじゃん!プレゼントおねだりかみてーな!恥ずかしいじゃん!サンいい子だから気ィ遣うじゃん!それをお前はー!!」
「フン。お前の都合など知った事か」

ああさっきまであんなに不機嫌そうだった緑間くんが高尾くんを困らせることが出来て心なしか満足気だ…。じゃなくて、ええどうしよう、明日が高尾くんの誕生日だなんて知らなかった。自分から誕生日を聞き出したからにはどうにかお祝いしたいけど、明日までにと言われたら、何を用意するべきかわからない。お友達の誕生日プレゼントとかは、一週間くらい前から計画立てて雑貨屋さんに買いに行ってるけど…!そもそも男の子にプレゼントとかしたことないけどどうしたら…!?おろおろしていたら高尾くんと目が合って、一瞬の沈黙の後、それまで恥ずかしそうに「あーもう!」って頭を抱えていたはずの彼にプッと笑われた。だけどいつもみたいにけらけらと笑うんじゃなくって、眉を下げて少し困ったように、照れくさいのをちょっと誤魔化すように、笑う。

「…なんかその顔、すげー伝わってくる。困ってるのが。自分より焦られるとなんかこっちが冷静になるわ」
「えっ!?わ、私困って、な、ないよ!…ただ、その…お誕生日を…」
「…じゃ、一個明日サンから貰いたいプレゼント予約してい?」
「!! あ、あの、でも、今ご予約いただいて明日までにお届けできるかどうか…」
「ぶは!なにその宅配サービスみてーな切り返し!?」

あ、もうだいじょうぶだ。いつも通りの高尾くんだ。いつもみたいに、からからと楽しそうに笑う高尾くんの顔を見て、私の言動でここまで笑われているのは恥ずかしいことのはずなのに、なんでかすごく、ほっと安心する。明日も、というかお誕生日当日も、こんなふうに笑っていたら、いいな。しみじみとそう思ってほうっと息を吐くと同時に、そういえば欲しいプレゼントを私に予約されるんだった!と慌てて背筋を伸ばす。私が明日までに用意出来て、なおかつ高尾くんに喜んでもらえるものだと、いいんだけど。どきどきしながら高尾くんの次の言葉を待っていると、それに気付いた高尾くんが、いたずらっぽく笑って、内緒話のように声をひそめた。「俺の欲しいプレゼントはね」

「さっきちらっと言われちゃったけど、オメデトって一言、明日俺に言ってほしいなー」

それを聞いて、目をまたたかせる。「それだけで、いいの?」きょとんとしてる私に、高尾くんがニッと歯を見せて笑う。「いーの。俺にとって、誰かさんに出会って初めての誕生日なわけじゃん?」流れ的に、その『誰かさん』は、私なんだろうけど、私のそんなたった一言に、喜んでもらえる力があるんだろうか。

「その人から初めて貰える『誕生日おめでとう』が当日聞けたら、俺絶対、一日幸せな誕生日に出来ると思うんだよ」








11月21日




高尾くんのお誕生日、当日。朝からとっても、そわそわしていた。私が。…と、いうのも、その原因は今自分が持っている小さいショッピングバッグの中身にある。学校に着くまで何度も何度もその中身を確認し、どきどき、そわそわ、びくびく、そんな気持ちを代わる代わる味わっていた。渡したい!という気持ちがこみあげたかと思うと、すぐに、やっぱり渡したくない、という気持ちにもなって、でも渡して喜んでくれたら、という想像もして、その後やっぱり喜んでくれなかった場合の想像もする。

「…おめでとうって言ってくれるだけでいいって、本人はそう言ってくれたけど…でも、なんにもあげられないのはやっぱり、少し…さみしい気がするし…」

ぶつぶつ呟きながら、気づくともう教室の前に立っていた。引き戸に手を伸ばす前に、もう一度バッグの中身をそうっと覗く。見た目は、崩れてない。うん、大丈夫。だいじょうぶ…大丈夫…?自分を落ち着かせようと唱えた言葉に、逆に「本当か?」と疑われている気持ちになった。なんだかどっと緊張してきて、思わず扉の前で立ち尽くしていると、いきなりガラリと目の前のそれが開いた。びくぅっと後ずさったら、見慣れた人物が「あれ?おはよ?」と声を掛けてくる。びくびくしている私を不思議そうに見て。

「む、向井さん…おはようございます…」
「え。チャン何してんの?教室入らないの?」
「あ、う、うーんと…」
「授業前になんかあったかいの飲みたくなってさー自販機行くんだけどチャンも行く?」
「は…はあ、うん…」
「っていうかなんか甘い匂いしない?いい匂いしない?どっからしてんだろ…、」
「向井さんちょっと相談があります!!」

なんだか絶対この人には黙っていられないと思うと同時に誰かに相談したくてたまらなかった私は思わず向井さんの服の裾をぎゅっと握っていた。え?何?え?とキョトーンとした顔をしている向井さんと、とりあえず教室から一番近い自販機に向かって歩き出し、歩きながら、「実は…」と口を開く。

「あの…男の子の、お誕生日って…その…何をあげたらいいのかな…と」
「え?高尾誕生日なの?いつ?」
「今日…」
「マジか〜。ふーん、じゃあ高尾の分もジュース一本くらいは奢ってやんなきゃかな〜。あれ?おしるこ好きなんだっけ?あ、それは緑間か」
「う、うん…あの…あれ?わたし高尾くんの名前は出してなかったよね?」
「え?ああうんなんだっけ?高尾の誕生日に何あげるかって話だよね?」
「うん?あれ?私…あれっ?いやうん高尾くんのことなんだけど…うん…」
「あー!もしかしてなんか作ってきたの!?お菓子!?」

感心したように「すごーい!」と声を上げて、私の手元にある例の物を目を輝かせて見る向井さんに、ドキッとしておもわず後ずさる。その反応に、向井さんが首を傾げた。いや、あのね、これはですね、としどろもどろになる私に、向井さんはますます首をひねる。

「なんで『何あげよう…』とか悩んでんの?もう準備してあるんじゃん?」
「だ…だって…高尾くんは、おめでとうって言ってくれればいいって言ってて…私が勝手に用意してしまって…」
「うん?じゃあサプラーイズじゃん?喜ぶんじゃん?」
「でででもこれ、買ったやつとかじゃないんだよ!?」
「ええ?うん分かってるけど」
「ヘンじゃない!?」
「ヘンなの?」
「ふ、ふつう、手作りとか渡すのかな!?お口に合うかわからないですしそもそも高尾くんが甘いもの好きかも分からないし、その、な、なんか男の子のお誕生日に手作りのお菓子渡すのって、ヘンじゃない、ですか!?図々しくない?気持ち悪くない?どんびきされない…!?」
「(いつになくサンがぐいぐい来る…!)お、おちつこ1回!ねっ!」

自分でも何を喋っているのか分からなくなるくらい頭の中がぐちゃぐちゃしてきて、向井さんに「1回落ち着いて深呼吸しよう」と提案されて、やっと息が整う。顔が熱い。考えすぎてパンクしちゃいそうなくらい。はあ、と息を吐いて、しばらく黙り込んだあと、そうっと口を開く。その間に向井さんはお目当てのホットの飲み物を買って、私に向き直っていた。考えすぎ、って分かってても、悪い方向に考えが向かってしまう。それくらい、私はたぶん、高尾くんに嫌われたら悲しくて悲しくって仕方ないんだと思う。ひかれないように。嫌われないように。

「私…男の子に手作りのもの食べてもらうとか、あんまり、したことなくて…衛生面とか味見とか、ちゃんとしたつもりだけどもし何か高尾くんに嫌な思いをさせてしまったらなんだかすごく申し訳ないですし…やっぱり今からでも買ったものをあげたほうがいい気がしてきました…」
「えー!?もったいないもったいない!高尾がチャンの手作り貰って嫌がるわけないし!」
「えぇ…でも…」
「絶対大丈夫だから!」
「でも、その…向井さんは、誕生日って聞いてすぐジュース買ってあげようって言ったから…普通、そうなのかなって…ジュース買ってあげたりお願い一個聞いてあげたり……こんなふうに手作りのお菓子押し付けるとか迷惑じゃないのかな…」
「いやあたしのは軽いだけっしょあたしと高尾の関係がその程度なだけっしょ」
「え…」
「あたしにとっての高尾と、チャンにとっての高尾って、違うんじゃない?ってか違って当たり前みたいな」

向井さんにとっての、高尾くん。私にとっての、高尾くん。その言葉に、目をまたたいていると、向井さんがにこにこ笑って私の肩に手を置く。ぽん、と叩かれて、その励ましになんだか胸がすぅっと軽くなった。その直後、油断していた私の手から、お菓子の入ったバッグをひょいと彼女が取り上げる。ん?と何が起こったか分からず固まる私。すると、私の背後に向かって向井さんが「おーい!」と声を掛けた。

「高尾ー!こっちこっちー!」
「!?」

ええ!?と慌てて後ろを振り向くと、教室へ向かう途中だったであろう高尾くんが私達に気付いて、軽く手を上げてこちらへ小走りに近寄ってきた。ぎょっとして向井さんの方を見ると、彼女はお菓子を片手に高尾くんへぱたぱた駆け寄っていた。嫌な予感がしてすぐに後を追いかける。まってむかいさんまってくださいと弱々しく抗議をするけどまるで聞かずに、向井さんは高尾くんにオハヨーを言うとすぐに私のバッグの中を彼に見せる。見せながら向井さんも一緒に覗きこむ。声にならない悲鳴をあげる私。きょとんとしてる高尾くん。

「あ、おいしそ。カップケーキだ。ね!うまそーじゃない?高尾もそう思うっしょ?」
「お?おお。どしたんコレ。超うまそーじゃん」
「ね〜」
「ねー、って…いや、状況がよく分かんねーんだけど…」
「あ。あたしからはハイ。さっきそこで買っといたおしるこあげる」
「ちょ、おしるこは真ちゃんの担当なんですけど!」
「じゃあ一旦これはチャンにお返しして」

言葉通りに向井さんは振り返って私にハイ!とバッグを返した。呆然としながらそれを受け取ると、首を傾げた高尾くんと目が合う。向井さん、ずるい。ここまできて、高尾くんに内緒になんかできるわけない。向井さんは満足そうにうんうん頷くと、「じゃああたし先に教室行ってるから」とさっさとその場から立ち去る。いよいよ逃げ場がなくなった私は、かあーっと顔を熱くさせて、視線を泳がせる。高尾くんが未だハテナマークを頭に浮かべて、私と向井さんの背中を交互に見た。だけど、追いかけて向井さんに説明を求めるよりも、立ち尽くす私を気遣って、「あー、っと…サン?」って名前を呼び、一歩こちらへ近づいてくる。

「とりあえず…おはよ?」
「お…おはよう…ゴザイマス…」
「なんだったんだ?今の向井の…」
「……」
「えー…と…、俺の勘違いだったら悪いんだけどさ」
「…は、」
「もしかして、そのお菓子って」
「ご、ごごごめんなさい!!ち、ちがうの、何か用意しなきゃって思ったんだけど、昨日の夜今日中にできることって何かなって考えたときに、たいしたものは作れないけど簡単なものだったらって思って…それで…!で、でも迷惑ですよね嫌ですよねこんな、その、手作りとか渡されても困っちゃいますよねごめんなさいちょうしにのりました!!私も何か、あの、ジュースとか、購買部で何か…あの、ご、ごめんね…何も用意できなくて…」

もう何度目でしょうかこうやって高尾くんに必死に謝るのは。涙目になってあわあわと謝って、バッグの紐をぎゅうっと握りしめた時、黙って私の言葉を聞いていた高尾くんが「ちょっと待った!!」って大きい声を出した。びくっとして顔を上げるとほぼ同時に、高尾くんが自身の顔の前でパンッ!と両手を合わせる。きゅっと目は瞑ったままに、その手を自分の額に押し付けた。ごめんなさいのポーズ、だろうか、ええ、なんだろう、ええ、と混乱していると、高尾くんがちらりと薄く目を開けて、私に小さい声で、

「…ください」
「え…?」
「めちゃくちゃ食いたい、デス。お願いします」
「え?…え、た、かおくん…?」

合わせていた両手を、自身の唇に押し当てて、むむ、と唸ったあと、その両手で口元を隠しながら、もっと小さい声で、「やばい、すっげーうれしい」と呟く。口元と一緒に、恥ずかしいのを、隠すみたいに。よく見たら高尾くんの顔が、すこし、赤い…かもしれない。めったに見れない高尾くんのそんな表情に、まばたきを繰り返す。ください、食べたい、お願い、すごくうれしい。その言葉の意味を、すぐには理解できなくて、でも理解した瞬間、負けじと私の顔も熱くなって、たぶん、すごく今、真っ赤。

「え、で、でも…」
「マジ反則だろー、そういうの…予想してなかったわ」
「ご…ごめん…?」
「…俺今ぜってー顔赤いよな?」
「う、うん…あかい、です」
「……や、だってなんか俺今すっげー幸せ」
「おおおおおげさです…よ…!?」
「俺のため?」
「う、ん」
さんが」
「は、はい」
「……(どうしようすごく今抱きしめたくなったヤバイ落ち着け静まれ冷静になれ高尾和成)」

下を向いて何やらぶつぶつ呟いている高尾くんにどきどきしながら次の言葉を待っていると、しばらく経ってパッと彼は顔を上げ、私の目を真っ直ぐに見た。少し頬が朱に染まったまま。ちょっと、恥ずかしそうに、照れくさそうに。「あのさ」もうじゅうぶん幸せなのに贅沢な頼みだけどさ、と言いながら、高尾くんが笑う。「もう一個、予約しといたプレゼント貰いたいなー」って。きょとんとしたあと、私も笑う。ああそっか、ごめんね朝一番に、言おう言おうって思っていたのに。

「お誕生日、おめでとう!高尾くん」




Sweet birthday cake!
(特別な言葉は思いつかないけれど、たった一言、どうしても伝えたい言葉)




「えーいいなーいいなーあたしもチャンの手作りカップケーキ食べたぁい」
「これは俺に作ってくれたんですゥー。向井の分は、」
「あ!あの…何個か余分に作ったの、持ってきたので…良かったら…」
「……俺の誕生日に感謝しろよー向井」
「やった〜高尾誕生日で良かった〜オメデトオメデト〜」


141121.高尾くんハピバ!