「あ〜あ、真ちゃんの前の席ともお別れか〜」
「フン。せいせいするのだよ」
「そーんなこと言って寂しいんだろ〜?」

「馬鹿馬鹿しい」

つーんとした態度の真ちゃんに、ちぇーと口をとがらせる。素直じゃないねー。まあ、素直な真ちゃんとかそれはそれで気持ち悪いか。いや、俺はさみしーっすけどね、からかう相手いなくなんの暇だし。あらかじめ引いておいたくじの用紙と、黒板に書かれた数字を見比べて、真ちゃんに軽く手を振る。「じゃーな、真ちゃん。近い席だったらまたよろしく」「願い下げだ」机を移動する前に「お前どこだった?」って聞くのもアリだけど、それじゃあつまんないじゃん?だがまあしかし、真ちゃんの席って絶対後ろの方なんだけどさ。(前の方の席当てても、その後ろの席の人間が黒板見えないから。強制的に後ろ行かされる。いいねー背ぇデカイやつの特権!)

で。

「お。やっぱ真ちゃんは一番後ろの席がしっくり来るよな〜。いーねえ一番後ろ!」
「……高尾。何故お前が俺の前にいるのだよ」
「え?俺の席ここだし?」

「……」

はああ、と大袈裟に溜息吐かれた。傷つくわあ。机を移動し終わってさっさと椅子を横向きにして、真ちゃんの机の上に肘を乗せる。「運命なのだよ♡」とわざと語尾をハートにしてやったら、そんなんこれっぽっちも耳に入れずに真ちゃんがブツブツ「やはりこのくまの絵本よりも黄色いクマの絵本のほうがラッキーアイテムにふさわしかったのか…今度の席替えの時は抜かりなく用意せねば」とか呟いてた。おいこら。まったく失礼な奴だ。やれやれと眉を下げたら、その直後、俺の隣に誰かの机が到着する。お?と顔を上げたら、よく知る人物の姿があった。

「うっわ隣高尾じゃ〜ん、ウケるわぁ」
「うっわ向井かよ〜、テンション下がるわ〜」
「あっは!ごめんね〜期待してた子と違って」

引きつった笑い。にやにやと笑いながら、椅子に着席する向井。あーこれから毎日からかわれるんじゃねーのこれ。俺からかうのは好きだけどからかわれんの好きじゃねーよ。まったく。肩をすくめて、視線を向井から真ちゃんに移す。そういえば真ちゃんの隣、つまり俺の斜め後ろの席は空席のままだ。向井も体を捻って自分の後ろの席を見る。ぽっかりと空いたそのスペース。俺達の視線が無言で絡み合った直後、がたがたと机を移動させている音に三人で一斉に首を動かした。視線に気づいてびくりと動きを止めて、固まる女の子。

「…よ…よろしくおねがいします…?」
「え、…え!マジでサン!?ここ!?」
「え〜すっごいね!?なんの偶然?」
「え?え、あ、すみませんなんか…なんかごめんなさい」

「…、いや全然悪くねーしむしろ超助かるわ〜!向井と交換してほしーくらいだっつーの」
「うわ〜むかつくう〜!」

サン本人がいる前ではさすがにあからさまに「そりゃアンタがサン好きだからでしょ」とは言わないらしい向井は、いつもどおりにキャッキャ笑いながら俺と話を合わせる。俺だって、いつもどおりにかるーく、「サンが隣だったら良かったのに」って口にできる。ほら、なんてことない、普通だろう、これくらい。口にしてから、やけに喉がからからになったけど。真ちゃんが何も言わずに眼鏡を押し上げて、ふんと軽く鼻で笑った気がした。あーらら、おもしろくなりそうなことで!…ほんとにね。





「でもさーほんとこれからよろしくね〜サン!予習忘れたら頼るぅ〜めっちゃ頼る〜」
「う、うん、よろしくね!向井さん!」
「はは!サンが優しいからってたかってんなよなー。嫌なら嫌って言っていいから。サン」
「えっ!?う、ううん!嫌じゃない、嫌じゃないよほんとに!」
「おい高尾、先に行くぞ」
「ほらぁ、緑間呼んでるよー部活いってらっさーい」
「あ!緑間くんも、あの、お隣さん、よろしくおねがいします…」
「…ああ」
「あたしもさっさとかーえろっと!じゃーねー」
「おー、じゃあなー」
「あ、また明日…!」
「さーてと。じゃあ部活いきますかー」
「たかお、くん!」
「ん?」
「高尾くんも、よろしくね!…ほ、ほんとに気が合うのかな、席、ちかくで…すごい偶然、だよ…ね!」


りんごみたいに真っ赤になったまま、はにかむその表情に胸が詰まった。ふふっと控えめに、だけど確かに笑う彼女に、一瞬だけ呼吸の仕方を忘れそうになる。あーもう、なんだよ、不意打ちすぎるだろ、ほんと調子狂う。困るんだってこういうの。(困る、なんて。もしそう口にしたらすげー泣きそうな顔してわけもわからず謝ってくるんだろうな)(そんな想像に勝手に罪悪感)(だから、たぶん俺は、笑ってほしいんだなって分かる。いつからか、そう思っていた自分に)明日になったらまたいつものように距離が変わってしまう?せっかくここまで、たどり着いたのに。(気づけた、のに)

さん、セーブ!」
「えっ!?せ、せーぶ、ですか」
「そ。セーブ!ここでセーブね。保存しとくから。明日、こっから始めるから」
「え?えっ?」

「朝、俺がおはようって言うから、サンも、おはようって言って」

自分でも何言ってんだって思うけど、さんにとってはもっと「何言ってんだコイツ」だとおもう。それでも、気づいたら口にしていた。いい加減、嫌だった。朝を迎えるたびリセットされるこの距離が、俺はもどかしくって耐えられない。セーブ出来なかったなら、今から、今日から、ちゃんと。今朝の向井の言葉が脳裏に蘇る。癪だけど、仕方ない。さんがびっくりした顔のまま何度もまばたきを繰り返して、それから、「うん」って小さく、こくりと頷いた。何いってんの高尾くんって頭を疑ってくれたっていいのに、なんにも聞かずに、頷く。俺と目を合わせて、ちょっとだけ微笑んだ。その瞬間、ぶくぶくと胸の内からこみ上げてくる熱い何かが溢れ出る前に、俺は「じゃあ、また明日。さん」って言って逃げるように教室を出る。後ろから、「部活がんばってね!」と声がした。(あーやばい、これ)

「にやにやするのをやめろ、高尾」

ごめん、無理。今だけ見逃してよ、真ちゃん。