「あ……っぶねぇ〜…」

さんが扉の向こうに消えていくのを見送った直後、力が抜けたように情けない声を出していた。その場にへたりこんでしまいたくなるくらいの脱力感だったが、自転車を放り投げてそこまでやることはなかった。いや、けど、マジで危なかった。本当に。こんなつもりじゃなかった。言い訳にもならないのは分かってる。けど、本当に、こんなつもりじゃなかった。

「……キスするところだった」

ぼそっと呟いて、周りに誰もいないよなときょろきょろ見回して、さんが玄関から顔を出していないことも確認して、聞かれてないことに心底安堵してから、深く溜息を吐いた。少しの距離をとぼとぼ自転車押して歩いてから、もう一回溜息吐いて、その椅子に跨った。本当何してるんだろうな。ほとんど無意識だった。思わず、その手に触れてた。顔を近づけていた。さんが顔を背けて我に返らせてくれるまで、本当、どうかしてた。

「ほんっと、ねぇわ。何してんだよな。付き合ってもねーのに、あんな…」

や、そもそも付き合ってもいない相手にいきなりプレゼント渡すのも変だけど。けどそれは、今日のお礼ってことで理由になったはずだ。それとキスは明らかに別問題だ。

嫌われたかな。以前、向井に「チューしちゃえば」なんてからかわれた時に、泣いて教室を飛び出したさんを思うと、自分のしようとしたことがどれだけまずいことか分かる。あのとき「しねーから安心して」とか言ったのが今になって白々しい。ギリギリで我に返ったとはいえ、恐らくさんだって、なんとなく雰囲気で察したはずだ。俺が、しようとしたこと。自分が、されそうになったこと。

「…はぁ〜……そりゃ拒否るわ…明日から口きいてくれるかも怪しーわ、マジで…」

嫌だっただろうな。いや、「ヤダ!」って直接言われたわけじゃないけど。いやいや、嫌がってるように見えなかったらしていいのかって話だ。ああいう大人しい子相手に。

仲良くなれたと思ったら、離れて。近づいた距離のぶんだけ離されるような気がしてしまう。俺はあの子相手の鬼ごっこを何回繰り返せばいいんだろう。
俺のこと好き?嫌い?って聞いたとき、顔を真っ赤にした彼女に、俺はきっと少し期待してて、自惚れもしてて。答えを誤魔化されたって、俺も誤魔化してる最中だったから、しょうがないか、って。それでいいや、まだいいや、って。そう思ったくせに、答えは急かさないって決めたくせに、答えが出る前に、ズルをした。いや、しようと思ってしたことじゃなくて、ほとんど無意識というか、思わず、だったけど…それでもやっぱり、ズルだった。距離を置かれて当然だ。男ってケダモノ!そういうこと目当てで家まで送ったのね!なんて思われても仕方ない。

そう怒る姿を想像したり、俺を拒絶する背中を思い返したり、そうやって反省してへこんでしまえばいいものを。

気付いたら頭の中は、顔真っ赤にして恥ずかしがるさんと、くだらない俺の話に笑ってくれるさんを思い出してばっかりだった。

あーもう、だって、か…っわいいじゃんかよ!



「……だーめだ、俺」

自転車を漕ぐ足を止めて、人通りの少ない道の真ん中で一人、はあーっと大きく溜息吐いて項垂れる。もう言い訳もできない。もし今またさっきと同じ状況に立って…同じようにあの子のかわいい表情を見て、同じことをしない自信100%あるかって聞かれたら頷くことが出来ない。明日謝ろう。口きいてくんなくても、目を合わせてくんなくても。いきなりあんなことしてごめんって。そんで……ふざけて、しようとしたわけじゃない、って。言おう。(あ、連絡先聞いてないな、俺