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後ろから、名前を呼ぶ声がした。走る足はそのままに、私は考えていた。 高尾くんが、逃げる私を追いかけてきたのは、いつが始まりだっただろう。 思えば逃げてばっかりだ。初めて声を掛けられたあのときさえ。「送っていこうか」と笑って声を掛けられて、私は首を振って断って、その場から走って逃げた。絆創膏を渡そうとして渡せなかった時だって、私は走って教室を出ていった。二人きりになった教室で一緒に鍵を探してくれた放課後も。一緒に職員室へ行くのを手伝ってくれた時も。 でもそのときは、高尾くんが追いかけてくることはなかった。いつからだろう。高尾くんが、追いかけて、私の名前を呼んでくれるようになったのは。 そうだ、最初からこうだったわけじゃないんだ。見逃してくれたじゃないか、前までは。 なのに。高尾くんはどうして、私を追いかけてくるんだろう。 「さんっ!ちょっと待てって、なあっ!」 背後から聞こえる声がさっきよりも大きくなった気がして、追いつかれるのも時間の問題だと悟った。距離があったはずなのに、もう追いつかれてしまうの、私の足が遅すぎるのか高尾くんの足が速すぎるのか、どっちなんだろう。両方なのかもしれない。せっかく緑間くんが私に協力しようとしてくれたのに、どうやら気づかれてしまったようですぐに上の階へ追いかけてきたし。 逃げ場がないのは分かっているのに、視線を上げた先の階段にまた足をのせる。行ったことはないけど、もうこの先は屋上しかないし、その屋上もたぶん鍵とか無いと入れないし、本当に、行き止まりだ。でも頭で考えるより足が動いていた。立ち止まることができなかった。 そういえば、昨日は寝てないし、ご飯もあんまり食べてないし、そんな状態で、よくここまで全力疾走できたなあ、って。 他人事のように思ったのは、足がもつれて、階段の踊り場で盛大に転んだ時だった。気づいたときには自分の体は床にべしゃり!だった。悲鳴らしい悲鳴も上げられない。「うっ」とかくらいは声に出たかもしれない。それよりも何よりも、「終わった」と思った。本当に、情けない、終わり。 「ちょっ、大丈夫かよ!?思いっきり転んだだろ、今!」 ああもう、本当、泣きたい。泣きたいどころか泣いてる。本当に恥ずかしくて恥ずかしくて消えたい。走ってきた高尾くんが追いついて、私のすぐそばにしゃがみ込んだのがわかる。もう今すぐ消えてしまいたいのに、当たり前だけど自分の体が勝手に塵にはならないし透明人間になれるわけもないし、みっともなく床についた手にぐぐっと力を入れて、体を起こすことしかできない。それでも顔は上げられなくて、声も出せなくて、私は俯いたままだった。 「っつーか、ごめん。俺が追いかけたから余計に走らせたよな」 「……」 「大丈夫?立てるか?怪我してねぇ?」 顔色を窺おうと高尾くんが私を覗き込もうとするのも、心配そうに肩に手を添えてくれたのも、分かっているのに顔を上げられない。追いかけられたから逃げたんじゃなくて、私が逃げたから高尾くんは心配して追いかけてくれたんだろうに、こんな状況でまた謝らせてしまったことにも申し訳なくなる。情けなくなる。床に伏せっていた体は起こせても、足に力が入らない。へたりこんだまま、俯いて、ごしごし目元を拭った。高尾くんが、静かな声で私を呼ぶ。 「さん」 そんな優しい声で呼ばないで。そんなに優しくしないで。頭の中がぐちゃぐちゃになる。高尾くんに優しくされると、嬉しいのに、こんな自分のことが恥ずかしくなる。高尾くんのことを、好きだって思えば思うほど。 めんどくさいね、へんだね、馬鹿みたいだね、もう、全部ぜんぶ、ごちゃごちゃ考えて、いつもこうだ。 「あのさ、さん。俺は、さんの話が聞きたい」 泣いてる私の背中を高尾くんが優しく撫でる。 「ゆっくりでいいから。目ぇ見たくなかったら見ないで話したっていいし。けどさ、話しても困らせるだろうなーとか伝わんないだろうなーとか、一回そういうの抜きにして、言ってほしいんだわ」 「……、……」 「俺は知りたいよ、さんのこと」 優しい声が、ずっとそばに寄り添ってくれている。私が口を開くのを、待ってくれている。ごちゃごちゃ考えてしまうのを、全部全部抜きにしたら、なんにも怖がらずに、相手に嫌われることを恐れずに、話してしまえるとしたら。私が、吐き出してしまいたいことが、あるとしたら。 ずっと前から、ひとつだけ、どうしても、ひとつ、 「……夢をみるの」 その一言がぽつりと自分の唇から零れた瞬間に、堰き止めていたものが無くなったみたいに、ぽろぽろ溢れてきた。涙も、言葉も、気持ちも。顔を覆っても、涙が手のひらを濡らす。声が情けないくらい震える。だけど、止まらなかった。 「高尾くんが、出てくる夢なの、いつも」 「……うん」 「教室、で……ほかに誰もいなくて、ふたりで、っ」 「うん」 「高尾くんと、キス……する、ゆめ、っで、」 一瞬。本当にほんの一瞬。沈黙とも言えないような一瞬の間をあけて、高尾くんが、「うん」って、短く、それまでとなんら変わらない、おんなじ、優しい声で言った。 「きっと、初めて帰り、送ろうかって、話しかけてくれたときから……私にとって高尾くんが、『男の子』で、意識しちゃって……」 高尾くんにとっては、なんてことない、軽い挨拶だったかもしれない。深い意味なんてなくて。特別なことなんかじゃなくて。だけど、私にとっては違った。あんまり話したことのない男の子に、突然話しかけられたことがびっくりで、目立たない存在の自分の名前を覚えられていることも、なんてことない、当たり前みたいに親しげに「送っていこうか」と言われたこともびっくりで。心臓がうるさかった。今までの人生で、そんな経験なかったから。男の子と一緒に帰ったり、付き合ったり、自分とは遠い、少女漫画やテレビの中のお話だと思っていたことが、急に身近なものに感じて。自分の身にももしかしたらそんなことがあるのか、って。ドキドキ、したんだ。すごく。あのときから、きっと、私の中で、「クラスメイトの一人」じゃなくて、「男の子」だった。高尾くんが。 「で、でも、べつにそのとき高尾くんのこと好きになったわけじゃなかったの、たぶん、ほんとに……」 「……ウン」 ただきっとその出来事がきっかけで、心のどこかで、ひそかに、自分でも意識しないうちに、夢見るようになったんだ。今までこんな自分には縁のないことだと思っていた、少女漫画やドラマや映画の中の、そういうドキドキを。男の子と付き合ったり、触れられたり、キスを、したり。 夢見る、どころか、本当に「夢に見る」ようになってしまった。そしてその相手が、まだ見ぬ誰か、顔も知らない誰かのはずなのに、夢の中では高尾くんの顔だった。きっと私にとって「男の子」として意識した存在だったから。 だから、最初は、「好きだから」じゃなかったはずだ。「高尾くんだから」じゃなかったはずだ。 まだ、最初は。 「そのときじゃ、なくて……」 じゃあ、理由が変わったのは、いつからだろう。夢の中の彼が、よく知らない男の子、から、私のよく知る高尾くんになったのは。「高尾くんだから」になったのは。夢の内容が少し変わったのは。 「具体的に、このときから、って、ぜったいは、わかんないけど」 いつからか、心の端っこで願うようになっていた。夢の中の彼が、「さんのことが好きだからキスするんだよ」って言ってくれたら、どんなに幸せだろうって、思うようになった。 もうそのときにはきっと、言い訳なんかできないくらい、好きだった。好きだから、高尾くんの夢を見るようになっていた。 「好きになってたの……いつの間にか、気づいたら、すごく、高尾くんのこと……」 人生初めての、好きな人への告白は、自分が思っていた以上に、ずっとずっと素直に口から出てきた。泣きながらで、俯きながらで、相手の顔をちっとも見ることはできなかったけど。それでも、こうやって口にできた理由の一つは、高尾くんがずっと、優しく聞いてくれたからだ。ゆっくりでいいよ、目を見れないなら見ながらじゃなくていいよ、って。何を言っても、うん、うんって、言葉の続きも詳しい説明も急かさずに、私の話を聞いてくれたから。 すん、と鼻をすすって、どうにかこれ以上泣かないようにと一度唇を強く噛んだ。そして、ずっと下を向いていた顔を、少しだけ上げる。まだ高尾くんの顔を見ることはできないけれど、彼が息をのんで、掛ける言葉に迷っている気配は感じることができた。だから、その気遣いを遮るように言葉を続けた。 「でも好きになればなるほど、自分がどんどん嫌になって……好きになってもらいたいって思っちゃってる自分が嫌で、嫌で……こんな自分好きになるわけないじゃんか、って」 まだ話の続きがあると気付いたことで、高尾くんは言葉を飲み込んだようだった。また、静かに私の話に耳を傾けるだけになる。だけど、今度はなんの相槌も打たなかった。うん、とは言わずに、ただ沈黙していた。最初から顔を見ることはできなかったけど、余計に、高尾くんが今どんな気持ちで話を聞いてくれているのかが分からなくなる。それでも私は口を動かしていた。 私、なんにも変われないし、高尾くんが優しいから甘えて勘違いしてばっかりで。そんな自分に気づくと嫌になった。嫌だ、だめだ、って、何度も何度も自分で自分に唱えた。 「好きになってほしいって思ったくせに……、高尾くんが私のこと、好きになるなんてないし、そんなの嫌だとすら思う自分もいて……自分のだめなところも嫌なところも知りすぎてて、私の嫌いな自分のことなんか、私の好きな人に好きになってほしくない、って……」 だから、だからね、それだけなんだ。そこまでなんだ。この話は、それでおしまい。私は膝の上に置いた手をきゅっと握って、「お話、聞いてくれてありがとう」と小さく頭を下げた。「ごめんね」とも言った。長々とごめんね、おしゃべりやっぱり上手くなくてごめん、困らせてごめんね。 高尾くんのことが好き、をちゃんと口にできたもう一つの理由は、もう、これでおしまいでいいって、終わりにしようって、思えたからだ。ふられる覚悟が、できてしまったから。嫌ってくれて、大丈夫だから。 高尾くんが、少しの沈黙の末に、口を開いた。今度こそそこで私の話が完全に終わったのだとわかって。 「……前に言ってた、さんがしてる『俺が絶対気づかないけど知ったら自分のこと嫌いになるはずの気持ち悪いこと』って、その……キスする夢のこと?」 高尾くんの声で、言葉で聞いて、改めてカーッと恥ずかしくなる。本当に、打ち明けてしまったんだな、と。気持ち悪いと思われても仕方ないことだな、って。私は小さく頷いた。 「さっき教室で、『下心あるのも恥ずかしい奴なのも自分の方だ』って言って泣いて飛び出したのも、その夢のことがあったから?」 もう一度、頷く。高尾くんは、さっきまで聞いていた私の話の中身と、自分がそれまで抱いていた疑問を一つずつ照らし合わせるみたいに、確認するみたいに、私に尋ねた。 「俺のこと好きになると、そのぶんさんは自分のこと嫌いになんの?」 胸がきゅっとして、その苦しさを紛らわせるように唇を噛んで、また小さく、首を縦に振った。それを見届けた高尾くんが、「そっか」と呟く。 「……それを軽くする一言、俺が、もっと早く言えば良かったんだな」 え、と小さく声がもれる。言葉の意味がわからなくて。でもそれに続けるわけでなく、高尾くんは「そっかあー」と、さっきのセリフを繰り返した。それまで、へたりこんでいた私の視線にあわせるようにしゃがんでいたのを、脱力するように後ろに手をつき体を傾けて、尻餅をついた。 ほんの少し、沈黙。その時間をどう捉えたらいいのかも、高尾くんが何を思っていたのかもわからない。顔を上げて目を合わせるべきか迷って、答えが出ないうちに、高尾くんのほうから沈黙を破った。 「足のとこ、赤くなってるな。さっき転んだときの?」 「え……う、ううん、全然、痛くないから……」 「俺、いいもの持ってんよ」 高尾くんがひょいと体を起こして、そう言った。本当にいつもの調子の声で。話題を変えられてしまったような気持ちになって、突然のことに驚いて、はあ、ええと、と混乱する。あんなにしぶっていたのに、思わず私は顔を上げて高尾くんを見た。そして、自分に差し出されている「それ」に、目を丸くした。 なんの変哲もない、絆創膏。でも、それを見た瞬間、いろんなことを思い出した。 「制服のポケットに入れっぱなしだった。貰ったのに、結局あの後使わなくてさ」 「そ、っか……、私が、前にあげたやつ……?」 「でも最近ふと思い出して、これ見たらさー……なんか、もったいなくて使えねーな、って思った」 「おっかしーよな。フツーの、絆創膏一枚なのにさ」って、高尾くんが笑う。困ったような笑顔で。 「あのとき、勇気出して、渡そうとしてくれてありがと」 聞いてるこっちが困っちゃうくらい、優しい声で高尾くんがそう言った。あのとき、あのときは――……夢の内容で、頭がぐるぐるして。きっと今ならもう少し自然に、もう少しためらわずに、声をかけると思うのに、あのときは声が出せなかった。「よかったら、これ使って」の一言がいえなかった。だけど、あの日の、あのときの一歩がなかったら、全然違う未来になっていたかもしれない。こんなふうに、高尾くんとしゃべることもなかった。高尾くんのこんなに優しい笑い方を、きっと知らなかった。こんなに大好きなひとの、大好きな部分を、知ることができなかった。 胸がいっぱいになって、でもなんだか、泣きそうなのにつられちゃいそうで、私はそっと高尾くんから受け取ると、手の中のその一枚を見て、ふふ、と小さく笑った。本当だね、あのとき、勇気を出してよかったよね。 ありがとう、って私の方こそ言おうとして、顔を上げた。その直後に、目が合って、私を見つめたまま、高尾くんの唇が動く。 「好きだ」 目を見て、石になっちゃいそうだった。心臓が一瞬、とまったかと思った。 「――え、」 「『初めて会ったときから』とかカッコイイこと言えねーし、いつからとかは俺もハッキリ分かんねーけど。気付いたら、さんのこと、気になってしょうがなかった。いつの間にか、好きになってた」 「た、かおく、」 「好きだよ、俺、さんのこと」 照れや恥ずかしさは感じさせない、あんまりにもまっすぐに、真剣に、私の目を見て高尾くんが言う。私は、何がなんだか、頭がついていかなくて、上手く言葉が出てこない。口を開いても、声にならない。頭の中が真っ白だった。何も言えない私に、高尾くんが覗き込むみたいに顔を少し傾けて、尋ねる。 「それでも、まだ自分のこと嫌いになる?」 「……、……でも、だって……」 「俺が好きになったのは、そのまんまのさんだよ。好きになるなって言われてももう好きになってるから遅いし、嫌いになれねーし」 「う……うそだぁ……」 絞りだした声は、情けないし、子供みたいなセリフしか出てこなくて、事実やっぱり、「嘘だあ……」っておもってしまう。素直に受け止めることができなくて、混乱する。でも、だって、そんなこと。混乱する頭の中で、高尾くんが口にしてくれた言葉を繰り返す。落ち着いて、よく考えて、飲み込もうとする。そうしたらそのうち自然とまたぽろっと涙がこぼれて、止まらなくなって、拭おうとしたら、高尾くんの指が私の目尻に優しく触れた。どっ、と心臓がうるさくなって、息がつまる。 「信じてくんないの」 「っ、だって……なんで……好きになってくれるのか、わかんない……私、こんなで……嫌いにならないのが、だって……」 「んー……好きな子の夢の中に自分が出てくるって嬉しいじゃん」 そんなの、そんなふうに優しいの、ずるい。 「だから、俺的には今後その夢見たらサンも、『良い夢見ちゃったなー』になってほしいんだけど。嫌な気持ちになったのって、『高尾クンは私のこと好きじゃないのにこんな夢ー』って思ってたからなんだろ?んじゃ、もういいじゃん。俺がサンのこと好きだって分かったんだからさ」 今まで、さんざん、ずっとずっと悩んでいたことを、高尾くんがたった一言で変えてしまう。 「おしゃべり下手でーとか言うけど、俺はサンとしゃべるの好きだし、笑ってくれたら嬉しいし。サンが何考えてんのか知りたいから、後ろ向きな考えだろうが、俺には理解できないことだろうが、なんでも言ってほしいし」 「……」 「他にも多分あると思うぜ?サンにとっては自分の嫌いなところとか悩みでも、俺は好きで、知れたら嬉しいところ」 「……、……な、なんか、ずるい……そんなの、」 「そ?」 「私に、都合よすぎて……こわい……」 自分なりに真剣に言ったけど、それを聞いた高尾くんがキョトンとして、それから、ふきだして笑った。肩を揺らして、声を上げて、笑う。でも、だって、こわいことじゃないかな。ううん、怖いというか、やっぱり、ずるいというか。自分のダメなところとか嫌なところ、「でも高尾くんが好きって言ってくれるから直さなくていいんだ」になっちゃうってことだから……そんなの、私、幸せな人間すぎて、ずるい。 「はー、やっぱ好きだわ。そういうとこも」 笑ったまま、高尾くんが言う。いつの間にか私の涙は止まっていたけど、心底困ってしまって、私の眉は下がりっぱなしだ。高尾くんが、私に「好き」って言ってくれている。高尾くんが、私のこと、好きって。まだ信じられなくて、嬉しいことなのに疑ってしまう。疑ってるくせに、心臓はドキドキするし、顔だって赤いと思う。ああやっぱり、幸せすぎて、こわいんだ、これ。 「俺と、付き合ってくれる?」 覗き込んでくる瞳は、もう選択肢なんか一個しかない、答えを聞くのが楽しみだ、って言ってるみたいだった。顔が熱い。けど、視線が逸らせない。「でも、わたし、その……」とこんな場面になっても、勝手に気持ちが後ずさる。本当に頷いていいんだろうか。本当に、こんな私でいいんだろうか。高尾くんのことが好きなのに、好きだから、素直に首を縦に振ることができない。 だけど高尾くんは、そんな私に怒るわけでも、悲しむわけでもなく、ますます楽しそうに笑ってみせる。口元をにいっと、本当に楽しそうに、嬉しそうに。 「まあ、オッケーしてくれるまで言い続けるけど。俺、サン追いかけるの慣れっこだから」 「え、えぇっ……」 「両想いだってわかったのに、諦めるわけないじゃんよ」 「……高尾くん」 「覚悟しとけよー、逃がさないぜー? なーんて」 ははっ、と気持ちよく笑って、高尾くんが立ち上がる。こんな、階段の踊り場でずっと、座って話し込んでしまった。部活あるのに。急に我に返ったような気持ちになって、申し訳なくなる。高尾くんが、私に手を差し伸べた。私はその差し出された手と、高尾くんの顔を見上げる。薄く口を開く。「それ」を、言うか迷って。目があったまま、高尾くんが小さく、「ん?」って短く訊いた。どうかしたの、話していいよ、って。いつも、ほんの短い、ちょっとのやさしさで救われる。言葉を、諦めないで口にできてしまう。 その手をとって、ぐっ、と足に力を入れて私は立ち上がった。そのままの勢いで、私はもう一方の手もそえて、ぎゅうっと両手で、高尾くんの手を握った。 「あのっ! わたしっ、高尾くんのことが好きです!よろしくおねがいします!」 顔が熱い。心臓の音が、すごくうるさい。緊張と恥ずかしさで、視界もちょっと潤んでる。でも、ちゃんと、逃げずに声に出した。思ったより大きめの声になってしまったけど。勢い、良すぎたかもしれない、けど。 目の前の高尾くんが、目を丸くしている。こんなにびっくりした顔見たの初めてかもしれないっていうくらい、びっくりしている。でもその表情以外なんの反応もなく、しぃんとした。あ、やっぱりタイミング変だったかもしれない、空気読めなかったかもしれない、これは。 「その……さっきは流れで言っちゃったから、改めてちゃんと言わなくちゃと思って……」 「……、……」 でも言うタイミング変だったよね、ごめんね、と続けようとして、それより先に高尾くんが表情を変えた。てっきり、またぷはっとふきだして、けらけらと笑ってくれるものだとおもった。いつもみたいに。なのに、違った。 「……あ〜……すっげー油断した。反則すぎ……」 めずらしい、そんな表情。高尾くんの顔が、赤い。拗ねるみたいにちょっと悔しそうにしている表情だけど、それすらなんだか、照れていることを誤魔化すためのものに見えた。だから思わず、物珍しさに負けて、わあ……としばらく見つめてしまった。その視線が余計に気恥ずかしいのか、高尾くんがちょっと目を泳がせる。見すぎちゃったかもしれない。全然、からかったり、面白がったりする意図は、なくて。でもちょっと、隙があるところを見てしまったようで、嬉しくて。 高尾くんが、気を取り直すように咳払いする。だから私もハッとして、思わず姿勢を正した。逸らしていた視線を高尾くんが私にうつした。目が合う。目を見て、高尾くんが言う。 「じゃあ、いいんだよな?」 「え? えっと……」 「いいってことだよな?」 「え、え? えと、は……は、いっ!?」 私の返事とほとんど同時に、高尾くんが私の体を引き寄せる。気付いたときには、その腕にぎゅうっと抱きしめられていた。自分の心臓の音が、うるさい、はやい、恥ずかしいくらいに。だって、こんなの絶対相手に聞こえてる。でも、その「恥ずかしい」のが、いやじゃない。私はきゅっと目を閉じて、覚悟を決めて、高尾くんの背中に腕を回した。 「やっとつかまえた」 私をぎゅうっと抱きしめたまま、優しい彼の声が耳元でそう呟いた。本当はずっと前から、つかまってたのかもしれないのに。「つかまえてくれて、ありがとう」追いかけてきてくれてありがとう。好きになってくれてありがとう。きっともう逃げないで、向き合える。ううん、逃げても、つかまえられちゃうんだろうなあ、何度でも。 |