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目覚ましの音で起きた。 時間を確かめて、目を擦って、あくびして。まだちょっとねむくて、ぼーっとする。なんだか、良い夢を見ていた気がする。夢の内容は――……そうだ、うん、いい夢、だった。ぼんやりと記憶にもやはかかるけど、ちょっとずつ思い返して、自然と口元が緩む。 その直後に、携帯が鳴った。アラームや電話じゃなくて、メッセージが一件。 おはようの挨拶。ちゃんと眠れた?って心配してくれていた。今日は、朝練があるらしい。 「えっと、『おはよう』と……『ぐっすりだったよ』と、あと……」 返信の内容を考えながら、ちょっとそわそわする。学校に行く前から、高尾くんと話してる……って、すごいことだな、なんだか。元からあまり男の子の連絡先なんて入っていない携帯の画面に、特別な相手の名前が表示されている。それが新鮮で、ドキドキする。 昨日の放課後、連絡先を交換した。あれは夢じゃなかったんだなあ。……うん、それ以外の、いろいろも、夢じゃない、ってことだなあ。あれこれ思い出して、深呼吸する。落ち着くどころか、余計にドキドキしてきた。今日から、高尾くんが……彼氏の、学校生活。どんな感じなんだろう。どういう、こう、テンションでいけばいいんだろう。何かいきなり変わるものなのかな、普段通りに、普通でいいのかな。わかんないな、初めてで。 「ーっ!朝ですよー、起きてるー?」 「!! 起きてるーっ!」 遅刻しちゃったら元も子もない。あわてて送信ボタンを押して、ベッドから起き上がる。昨日のうちに鏡の前に置いておいた「それ」を見て、また口元が緩んだ。今日は、忘れずに、つけていこう。 「高尾はさあ〜、もっとあたしに感謝した方がいいよね〜」 「あー、してるしてる。すっげーしてるわ。向井ってやっぱスゲー。超スゲー」 「あっ!私も本当にそう思うし、感謝もすごくしてるよ向井さん!」 「ハァ……チャン、めちゃくちゃいい子じゃない?正直ぃ〜高尾にはもったいないんだよな〜」 「え、ううんそれは逆だと思うな……」 「高尾のこと嫌になったらすぐあたしに言ってね!引き裂くから!!」 「引き裂くの!?」 「応援するか邪魔するかどっちかにしろっつーの! つーか、向井にも他の男にも渡しませーん。なー?サン?俺らラブラブだもんなー」 「えっ!?え、あっ、う、うん……うん!?」 「うわ高尾めちゃくちゃ開き直ってんのウケる〜!付き合って一日目で調子乗ってるのウケるまじ、ね〜?緑間〜?」 「知るか。触るな。離せ。俺は部活に向かうのだよ」 帰りのホームルームが終わって、がやがや騒がしく、ちょっとずつ人が減っていく教室。向井さんが緑間くんをつかまえて、なんとなくそのまま四人でおしゃべりしてしまっていた。緑間くんは、部活に早く向かいたそうだ。 今朝、登校して教室に入るのが少しドキドキしたけど、いつもと変わらなかった。いや、ちょっと変わったけど、いつもどおり。いつもみたいに向井さんは、明るく話しかけてきてくれて、でも開口一番に「付き合うことになったんだって!?おめでとう!」って言って、ギュッとしてくれた。緑間くんも、いつも通り。おはようって言ったら、挨拶を返してくれた。でもいつもはあんまりこっちを見ずに返すことが多いのに、今日はじっと私を見下ろして、「ああ」って言った。そして、高尾くんも。いつもと変わらない、笑顔で。「おはよ!」って。本当にふつうのおはようだったのに、顔を合わせるなり私がボッ!となってしまった。顔から火が出そうなくらい。それを見て、高尾くんが笑った。 もちろん、付き合うことになりました!となった瞬間に、何もかもが変わるわけでもないけど。でもなんだか不思議とちょっと世界の見え方が変わったような気持ちで、一日を過ごした。明日も、明後日も、もしかしたらそうなのかもしれない。 「あっ!高尾くんも、部活は……」 「ん?んー、うん。行くけど」 「うん!がんばってね!」 「行くけどー」 「う、うん!?」 「もーちょいしてから。もーちょいだけな」 緑間くんが鞄を肩にかけても、高尾くんはそれに続かない。ちょっとだけ、遅れて行くらしい。「そっか?」と不思議に思いながらも納得したら、すぐそばにいた向井さんがハッとしたような表情になって、立ち上がった。すぐにその表情が、ふっ……という笑みになる。しかたないな、みたいな表情。 「はいはい、あたしも帰りますわー。よし!さっさと行くぞ!緑間!」 「言われなくても行くのだよ。まったく……なんなんだ貴様は」 「あっ!そうだ、緑間くん!」 「お前まで……。なんだ」 「あの、昨日はありがとう」 昨日の、放課後。廊下で、緑間くんには泣いているところを見られてしまった。走って、ぶつかっちゃったし。それでも緑間くんは気を遣ってくれて、高尾くんに見つからないようにって助けてくれた。いろいろあったけど、お陰様で、いろいろ……解決しました、お騒がせしました、の意味を込めて。改めて、「ありがとう」を言った。 緑間くんは私のお礼を聞くと、眉間にしわを寄せた。怒っている……わけでは、なさそう、だけど。なんともいえない表情だった。 「礼を言われるようなことをした覚えはないのだよ。全く。……本当にしていないからな」 「そ、そんなことないよ。助けてもらったから」 「……そう思いたいのなら勝手にそう思っておけ」 「うん? う、うん!思っとくね」 「おめでたいヤツだな」 「そーよ、めでたいでしょ!今二人とも幸せ絶頂なんだってさー、ほれほれ、邪魔者は退散しよ」 向井さんが、緑間くんをぐいぐい引っ張る。そこでようやく、向井さんの意図がわかった。あ、これ、私と高尾くんに気を遣ってるんだ!? 邪魔なんかじゃないよ!と言おうとして、でも向井さんが「じゃあねー!また明日ねー!」ともう帰るための挨拶を口にし、高尾くんもそれに「じゃあなー」と返すから、引き留めることができない。ちょっと内心しゅんとした気持ちになりながらも、バイバイ、と手を振った。だけど、背を向けて教室の出口に向かっていた向井さんが途中でくるりと振り返って、 「っていうかさ、やっぱそのピンかわいーね!チャンに超合ってる!」 そう言って、笑った。胸がきゅーっとして、思わず、自分の髪を触る。 「ありがとうっ、向井さん!また明日ね!」 笑って、手を振りあう。その姿が廊下に消えていくのを見送った。こっちは見てなかったけど、緑間くんにも手を振った。 ヘアピン、かわいいって言ってもらっちゃったな。嬉しくてちょっとにやけてしまう。でも、視線を感じてハッとした。高尾くんの前だった。今すごくへんなニヤニヤ顔だったかもしれない。恥ずかしい。慌ててニヤニヤをしまって、高尾くんにまっすぐ向き直った。やっぱり、じーっとこっちを見ていた。うん、やっぱりニヤニヤしてたのバレてるかもしれない。肩を縮こませたら、サン、って名前を呼ばれた。 「はいっ!なんでしょう!」 「俺も朝すぐ気づいたじゃん?そのピン。つけてくれたの嬉しくて」 「あ、うん!似合ってるって、言ってくれて……嬉しかった!ありがとうって、」 「俺のときより嬉しそうだと俺拗ねるかも」 「ええっ!?」 「っていうのは半分冗談なんだけど」 「え、う、うん!?」 「真ちゃんにもさー、なーんか二人しか知らないことーみたいな雰囲気で話してお礼言ってたしさー。ちょっと妬けるよなーって」 「……それも、半分冗談?」 こわごわと尋ねたら、肩を竦ませていた高尾くんが、ちょっと黙り込んだ後、ニィっと笑った。そうだよ冗談だよ、とは言わなかった、けど。ぐーんと大きく伸びをして、「いやー、なんかさあ」って話し出す。 「彼氏だから、って理由で、今後は堂々とヤキモチやけるなーって思ってサ」 「うん……?」 「あ。でもべつに、彼氏なんだから何してもいいだろー俺のモンだろーとか言うつもりはねーよ?サンが嫌な思いしたらイヤだし……それが向井にバレたら引き裂かれるみたいだし?」 ちょっとおどけるようにそう言うから、思わずふふっと笑ってしまう。心配なんかしてないよ、高尾くんが優しいのはわかってるから。嫌なことはしないんだろうなって、わかるから。それに、たぶん、ヤキモチやいてもらうのって、嫌なことなんかじゃないなって思うから。私は背筋を伸ばして、ぐっと拳を握って、「大丈夫だよ!」と高尾くんに頷く。 「私も、堂々とヤキモチやけるように頑張るね!」 「ぶはっ! そこ頑張るのかよ!?」 「だ、だって私の性格上……高尾くんが他の女の子と仲良くしてたら、『私なんかより良い人がいるよね、そうだよね』ってなっちゃいそうで……」 「あ〜、うん、想像つくわー」 「ね……」 「……信じてない?俺がさんのこと、すげー好きだって」 「あ、ううん、その……高尾くんを信じてないとかじゃなくて、やっぱりまだ、なんか、夢みたいで……」 昨日からの出来事、ぜんぶ長い長い夢だったりして。ぱちんと目が覚めたら、現実では、高尾くんと付き合ってなんかなくて、まだぎくしゃく気まずいままだったりして。そんなふうにも思ってしまう。だって、本当に私に信じられないくらい幸せな出来事が続いているから。夢じゃなかったとしても、長い人生で経験するはずの幸せが今いっぺんにやってきちゃってるんじゃないかな?大丈夫かな?今幸せを使い切っちゃってこの先悪いことしか起きないんじゃ……。そんなふうに思ってしまう。 高尾くんが、「そんなに?」って笑う。だからこくこく頷いて「そんなに!」って返したら、高尾くんはもっと笑った。 「でもたしかに。俺も夢じゃねーのかって疑うレベルだわ。相手サンだもんよ」 「う、うん、ね!私もそう!だって相手、高尾くんだもん」 また私が何度もうんうん頷いたら、高尾くんはちょっと何か考えるように黙り込んでから、「隣行っていい?」って尋ねてきた。返事を待たずに、高尾くんが私の隣の席……緑間くんの椅子を借りて、横向きに座った。私のほうを見ながら。だから慌てて、私も体をそっちに向ける。 「夢といえばさ」 「うん?」 「今朝の夢は、どうだった?」 「……えっ!」 「俺の夢だった?」 じっと私の目を見て、尋ねる。でもちょっとだけ、照れがあるような表情で。カーッ、と私も恥ずかしくなる。そうだった、今までどんな夢を見ていたのか、もう知ってるんだった、高尾くんは。話しちゃったんだった。我ながら、勇気ある……。だから、高尾くんの質問の意味は、「今朝もまたキスする夢見た?」って、きっとそういう意味だ。 私は「ええと、そのう」と口ごもって、もじもじと足を落ち着かなく擦り合わせる。すごく、言いにくい。でも高尾くんがじーっと待ってるから、小さく、「笑わない?」と事前に確認した。高尾くんの首が縦に振られたのを見て、深呼吸してから、口を開く。 「た、高尾くんが出てきて……」 「……うん」 「ふたりで……」 「うん」 「遊園地に遊びに行ったんだけど……」 「……お? おお?」 「犬の着ぐるみがいて、それがすっごく背が高くて」 「おー……」 「一緒に写真撮っていいですかーって高尾くんが声を掛けに行ってくれたんだけど、すっごく嫌がられたの」 「へぇ〜……そんでそんで?」 「それで、そのひとが突然、着ぐるみの頭を取っちゃって」 「うん」 「取ったら……中身が緑間くんだった」 「ぶはっ!!」 高尾くんが盛大にふきだして、けらけら笑い出してしまった。本当に、お腹抱えて笑ってる。机に突っ伏して笑ってる。緑間くんサイズの犬のきぐるみを想像して笑うのか、頭だけ出した不機嫌そうな緑間くんの顔を想像して笑うのか、わかんないけど両方かもしれない。しばらく本当にツボに入ったみたいで笑っていた。そこまで笑われると、すっごく自分が変なこと言ったみたいで恥ずかしい……いや変なこと言ったけど、たしかに。へんな夢だったかもしれないけど。 「笑わないって言ったのに……」 「いや、笑わないの無理だろ!むしろめちゃくちゃ笑わせる気で言ったっしょ今!!はー、やべ、おもしれーなんだそれ、超うらやましい、俺も見たいんですけどその夢!」 「うん……楽しい夢だったなって思うんだけど……」 「つーか、違うのかよ!キスする夢じゃねーのかよ!」 「だ、だから言いづらかったの!あれだけ言ったくせに話が違うぞって言うと思って!」 「いや、まーいいんですけど!?そりゃー例の夢に振り回されて眠れないとかより……ぶっ! くくっ、ダメだわ、予想外の流れすぎて……!」 「良い夢!良い夢だったよ!高尾くん出てきたし!デート、みたいだったし……」 デート。デートみたいだった。自分で口にして、なんだかすごく恥ずかしい。俯いて、きゅっと膝の上でスカートを掴む。 「な、なんか……昨日の今日でそんな夢見ちゃうの気が早いっていうか、恥ずかしいよね!早くそういう恋人っぽいことしたいって思ってるみたいで……」 「あー……そっか?でもいいじゃん。次の休み行こっか?遊園地」 「えっ! う、うん……それは、行きたいかもしれない、です」 「……ぶはっ! ちょっと待って、俺きぐるみ見たら全部中身真ちゃんじゃないかって疑っちゃうかもしんない」 「ごめん、私が余計な話をしたせいで……」 「いや、ウン、いーのよそれは、うん……っくく……あー、いかんいかん!切り替え!もー笑わないかんな」 「……ふふっ」 恥ずかしさで俯いていたはずなのに、嬉しいデートの提案におもわず顔を上げていて。笑わないぞ!って喝を入れる高尾くんが自分の両頬を叩いているのを見ていると、こっちが笑ってしまった。私に笑われたことに気付いて、高尾くんがムーッとわざと拗ねたような表情をつくる。でも、すぐに根負けしたように自分も笑い出した。嬉しいな、こういうやりとり。こういう時間が。ひとしきり笑って、ちょっとの間を置いて、高尾くんが、「あのさ」って話し出す。 「サンが行きたいとことか、やってみたいこととか?あったら言ってくれよな」 「あ……う、うん!ありがとう……でも私、本当、お付き合いするのはじめてなので……いろいろ分からないことも多いと思うから、その……」 「ん。ゆっくりやってこーぜ」 にっ、と笑うその顔が、おろおろあわあわ肩に力が入ってしまう私のことを、安心させてくれる。ゆっくりでいいよ、って。ただ、やってみようよ、って。おしゃべりと一緒だな。優しい。今までも、いつも、優しかった。それがこれからも変わらずに続いてくれるんだな、って、そばでその優しさを受け取っていいんだなって思ったら、嬉しい。 高尾くんの笑顔に応えるように、私もへにゃっと笑顔を浮かべる。ぎこちなくないといいな。へんなニヤニヤにもなってないといいな。そう思っていたら、高尾くんが私を見て、それまでとはまた少し違う笑みを浮かべる。ふっ、と優しいけど、同時にちょっと、いいものを見つけたような、そんな笑みで。 「なあ、さん」 「うん?」 「教室、ふたりっきりだな」 目をまたたく。ぱちくり、まばたきを繰り返す。周囲を見回すと、確かに私と高尾くん以外誰もいなかった。いつから?向井さんたちが帰ったときはまだ数人、いた、かな、どうだっただろう。とりあえず、その事実を確認して、「ほんとだね、そうだね」って口にしようとした。 だけどその直後、高尾くんが椅子から立ち上がる。きょとんとしている私の手をとった。 「いつもまったく一緒?どこらへんとかあった?窓際とか、後ろの方とか」 「へっ? え、な、なにが?」 促されるままに、私も椅子から立ち上がる。高尾くんが、にっこり笑って言った。「夢の中でするとき」 「……えっ?」 「んー、さっき『ゆっくりやってこーぜ』とは言ったけど、やっぱちょっと悔しいんだよなー。夢の中の俺に先越されてんの」 「え、……あっ、え!? ちょ、ちょっと待って!」 ふたりきりの教室で。目の前には高尾くん。いつも見ていた夢の中と同じ。でも、目の前にいるのは「夢の中の高尾くん」じゃない。現実の、本当の高尾くん。それでいて、「恋人の」、高尾くん。 高尾くんが一体なにを指して言っているのか、気づいてしまったからにはもう平常心ではいられない。顔から火が出るんじゃないかっていうくらい、体温が上がって、そりゃあもうカーッとなって、心臓の音がもう可愛らしいドキドキなんかじゃなく、バクバクとか、ドンドンとか、すっごい騒がしい音になってしまっている。アワアワしながら思わず顔を背ける。高尾くんの顔が見れない。でももう手がぎゅーっとつかまえられてる。私が顔を逸らしたのを面白がって追いかけるように、距離が詰められる。 「だって俺、一回逃げられてんだぜ?しかも翌日『キスされそうになんかなってないです!』とか言って、なかったことにされたし。まー、あのときはまだ告ってもなかったし、付き合ってもなかったけどー……今はそこらへんクリアしてるもんな?」 「いえ、あのっ、でも、ちょっと」 「夢の中の俺、ずるくね? 妬いちゃうなー、俺」 「……、……は、」 「ん?」 「半分、冗談…?」 堂々とした、やきもち。でも、夢の中とはいえ、高尾くんだ。他の男の子とそういうことする夢を見るわけじゃないし、そもそも、夢!夢の中ですし!(ずーっとその「夢の中」に悩まされてきた人間の口にするセリフか?って、我ながら説得力のない言い分だけど) それまで顔は逸らしていたけど、反応をうかがうように私はそーっと視線を高尾くんに向ける。見れば、私の言葉にきょとんとしていた。でもそんな数秒が過ぎ去ったら、彼は機嫌良さそうににやりと笑う。 「100パー本気」 「で、す、よねぇ……」 思わず一歩後ずさろうとしたら、高尾くんの手が私の頬に触れて、びくぅっと大袈裟に肩が跳ねてしまう。うう、泣きそうになってきた。恥ずかしさで。もう、いっぱいいっぱいで。さん、と名前を呼ばれる。こっち向いて、と言われた気になる。恥ずかしくってしんじゃいそうだ。高尾くんは私の夢の中の高尾くんのことをずるいって言ったけど、私も、夢の中の自分、ずるいと思う。どうしてこんなドキドキすることを、平然と受け入れられたんだ。 ぷるぷると緊張で震えながら、観念して、顔を動かす。視線を上げたら、本当にすごく近い距離で高尾くんと目が合った。ほんの数秒でも耐えられなくて、思わず目を逸らしてしまいそうになる。 「だーめ。逃がさねーよ?」 わざと、囁くくらいの声で、顔を近づけながら高尾くんが言う。本当に、きっと、逃げ場なんかないわけで。心臓がかわいそうなくらい悲鳴を上げていたけど、きゅっとその弱気な心臓を掴むような気持ちで、私も、覚悟を決めた。 「にっ、逃げない、よ!」 声が上擦ってかっこわるい。でも、もう一度、きっ!と真っすぐに高尾くんの顔を見た。逸らさず、真っすぐに。予想外の反応だったのか、高尾くんが驚いた顔をして私を見る。でもすぐに、ははっ、と声を上げて笑った。近い距離で、その笑顔を見た。 「やっぱ、好きだ。俺、好きだよ、さんのこと」 知らなかった、夢の中よりもやさしい声。夢の中よりもずっと、大好きになってしまう。「私も、好きだよ」そう声に出して、目を閉じる。まだ知らない、高尾くんとの初めてのキスを待ちながら。 |