「ごめんなさい」

あなたの気持ちは嬉しいけど、付き合えません



汗で張り付いたシャツを乾かすように裾をパタパタ扇ぐ。風に当たろうと練習の合間に体育館の外にひょいと足を踏み出したら、そこには異空間が広がっていた。急激な温度差。空気のね。体育館の中は室内競技の運動部がわーわー騒ぎながら走り回っていて、まあ普通の、どこにでもある汗臭い空間が広がっていたわけだけど。俺が顔を出した、いわゆる「体育館裏」という場所は、そんな汗臭さとは全く違う空気が漂っていた。甘酸っぱそうなにおい。(これは比喩である。実際は無臭)俺はシャツに風を取り込む行為をピタリと止めて、二人の人影をじっと見つめた。体育館裏。制服姿の男と女。その片方、女のほうは深く深く頭を下げている。さっき聞こえた「ごめんなさい」は女の声だったな。ははあ。告白現場。いや、男の失恋現場?つーか今時マジで体育館裏でこういうことすんの。青春だねえ。運動部はまだ部活やってる時間だぜ。俺みたいなやつが鉢合わせするとか考えないんすか。どんな人間が青春中学生日記してるのか気になって、目を凝らした。男は俺に背を向ける位置に立っているので、俺の存在にはまったく気づかない。だが、頭を下げていた女子がそおっと顔を上げた時、彼女は目の前に立つ男を通り越し、その背後の俺と目が合った。一瞬だけ表情が強張る。だが、見なかったふりをして目の前の男に何か一言二言を伝え、再度ぺこぺこと頭を下げた。男も何か軽く話して、頭を下げて、その場から去る。気まずい別れだった。まあ当たり前か。振った女と振られた男という関係なわけだし?去っていく彼の背中を見送って、ふう、と溜息を吐く女子。それから、「何盗み見してんの高尾」と俺に向かって一言。


「青春だなーと思ってよ」
「うわー、最低。盗み聞きヘンターイ」
「なら周りに人がいないところでやればいいじゃん?」
「高尾が来るまで人いなかったじゃん?」
「体育館からいつ人が出てくるか分からないじゃん?」
「そんなの知ったこっちゃないジャン?」
「うわー他人事。結局おまえも最低ジャン?」
「まあここに呼んだの私だしね。でもどこで告白の返事しよーが勝手でしょ」
「はは。ひでー。しかも振ったしな!ひでー」

けらけらと笑う俺。一緒になってけらけら笑うわけではなく、がフン、とどこか嘲るように小さく鼻を鳴らす。クラスメートの告白現場に遭遇するとか、俺はなかなかタイミングがいい男じゃないか?貴重な体験だ。(べつに嬉しくはないけど)が、もう一度彼が去っていった方向をちらりと見て、それから俺に、「相手の顔見た?」と聞いた。なんとなく見たことある顔だったような気がするけど、俺の知り合いではない男だ。「いいや、見てねーけど?俺にバレちゃいけない相手?」尋ねれば、「べつに。下手に噂回されて騒がれたら、相手に悪いなと思って」と返ってくる。べつに心配しなくったって、面白おかしく他人に話したりしないって。その証拠に、俺は相手の名前もクラスも訊かない。茶化しにいけない相手なら尚更。

「けどが告白かー。意外だわ」
「私がしたんじゃないけどね」
「何、お前って意外にモテちゃう系?」
「まっさかー!人生初だよ。告白されたのなんか」
「はは!じゃあなんで振ったんだよ!」

もったいねーの。そう軽口叩いたら、が分かりやすくむっとして、顔をしかめた。冗談だっつーのに。

「モテないヤツが相手選ぶなってこと?」
「冗談だって!」
「言っとくけど、この先人生で一度も誰からも告白されなかったからって、『ああ今日の告白をオッケーしとけばよかった!』なんて絶対に思わないからね。なんにももったいなくなんかない」

力強くそう言い切るに、俺は笑ったまま、ちょっと黙る。三点リーダ4つ分くらい黙ってから、目を細める微笑を浮かべたままに、一つ聞いた。「なに。そんなに『ありえねー!』って感じの告白だった?」は、クラスメイトだ。教室でたまに喋る。そのに告白した男子は、他のクラスの、俺は名前も知らない誰か。どんなやつなのか知らない。けどの口調からするに、相当、自分とは合わない!って相手なんだろうなあと思った。しかしそんな予想も裏切って、はブンブンと首を振った。「そういう意味じゃないよ。すごく良い人だよ、彼」これまたはっきり、力強く、念を押すようにそう言う。じゃあ、なんだよ?まるで実の彼氏を褒めるような具合に「良い人」と言い切ったに、俺は首を傾げる。

「ただ、良い人だけど、その先は想像できなかったから」
「その先って?付き合ってからの未来ってこと?」
「そう。結婚したらとか、子どもが出来たらとか」

俺の言葉に「そう」と肯定したくせに、だいぶ俺の思っているビジョンとはかけ離れた単語がの口から飛び出した。固まる俺。それに気づかず、さも当たり前のような顔をしてうんうん頷く。しばしの沈黙。返事のない俺を、が訝しむように覗きこんだ。それに耐えられなくて、ぶは!っと噴き出す。ぎょっと身をのけぞらせて、それから、「え!?」って顔する。いやいやいや、「え!?」はこっちのセリフだ。「はあ!?」って言いたいくらい。一度ツボったらなかなか抜けない。俺はげらげらと腹を押さえて笑い出す。結婚て!子どもって!!

「深刻すぎだろ!俺ら今高校生よ?結婚前提に付き合うとかねえから!お前どんだけだよ!?」
「どうして?別れずに続いたら四年後には私ら二十歳だよ?成人だよ?私の親、二十歳でデキ婚だったし」
「ぎゃははは!!おまっ、だからって!あーやべ、超ウケる、腹いてえ…!」
「高校生の恋愛は四年も続かないって?」
「続く方が珍しいだろ、普通に考えて!」
「じゃあ、高校生って、別れること前提で付き合うの?」
「じゃあお前は、結婚も考えられる男じゃないと告白オッケーしねーの?」
「絶対結婚する約束がしたいわけじゃないよ。でも、全く考えられないなら、別れるのが決定事項じゃん。時間の無駄に付き合わされるみたい」
「……ぶっ」

噴き出すのを合図にまた自分の口から馬鹿笑いが溢れて、それを見守るの視線が刺々しくなっていく。でも、だからって、なあ?の意見はあんまりにも極端で、単純で。こんな考え持った女子もいるんだなあ、なんて、妙に感心しちゃったりして。いや、感心よりも、何よりも、笑えてくるからしょうがないんだけど。馬鹿にしてるわけじゃない。けど、おもしろいとおもった。笑いすぎて目尻に浮かんできた涙を軽く拭って、を見る。「散々笑って満足か?」みたいなご機嫌斜めの表情で俺をジトッと見てくる。何か適当に謝ろうと思った時、が口を開く。たとえば、たとえばね、って。

「一年後とか、明日とかに地球が終わるとしたらさ」
「ぶっは!」
「おい高尾」

ごめん、無理、たえらんない、絶対むり、笑う。笑うなってほうがおかしい。いろいろツッコミどころ満載すぎ。けど笑っちゃいけない雰囲気なのはなんとなく分かるから、俺はぷるぷる肩を震わせたままうつむき、右手で「続きをどうぞ」と促す。深い深い溜息を一つ吐いて、はもう一度口を開いた。「そうだとしたら、本当に好きな人と付き合いたいでしょ」

「……、でも明日地球は終わんねーと思うけど」
「分かんないじゃん。自分がいつ死ぬかも分かんないし?」
「たった一度の人生なので悔いと無駄のないように生きたい、的な?」
「そうじゃないけど…そうなのかなー。なんとなくで恋する人を決めたくないわけ。地球が終わるとき隣にいるのが、好きでもなんでもなくて告白されたからなんとなく付き合ってる人だったら、なんか、つまんない人生でしょ?」

それだけいうと、は小さく一息吐いて、くるりと俺に背を向けた。話はこれで終わりだ、と言わんばかりに。そういえば、軽く茶化してさっさと練習に戻ろうと思ったのに、気づけばずいぶん立ち話をしてしまった。「とにかく、さっき見たことは誰にも言わないでね」と俺に告げて、さっさとその場から立ち去ろうとする。に振られた男は、振られた理由を細かく彼女に訊いたりしなかったんだろうか。訊かれれば、彼女は言うんだろうか。俺に今さっき話したような理由を。きっと相手も、さすがに、「は?」って顔すんだろうな。これから先、誰かに告白されても、彼女はおんなじ理由で振るのかな。逆に、が誰かを好きになったとしたら、「この人となら地球最後の日を一緒に迎えられる!」ってくらい好きになったってことか?結婚を前提にお付き合いしてくださいって告白すんの?ああきっとはそんな恋がしたいんだろうな。そんな恋愛をしたことがないんだろうな。っていうか誰かを好きになったこともない?どうなんだろう?スケールでかすぎるもんなー、なんかの本とかドラマに影響されちゃってんじゃね?夢見ちゃってるんじゃね?そんなんじゃずーっと、恋人の一つも作れないかも、よ?ああ、そーか。ふうん。気づけば、「なあ、!」と呼び止めていた。その背中が、振り返って、彼女は俺と目を合わせる。


「俺と恋愛しない?なんか、地球最後の日、隣にお前がいたら面白そうだわ」





THIS IS WORLD END
(地球滅亡を前提にお付き合いしてください!)