「あひゃひゃ!ほんっとは物分かり悪いなぁ」

二人で遊びに来た公園には、錆びたブランコがふたっつと、滑り台が一つと、小さい砂場が一つしか無い。学校帰りによくそうしていたように、今日も今日とて私は右側のブランコをぶーらぶーらと大きく揺らす。左のブランコに乗るは、錆びついた左右の鎖をしっかり握りつつも、ちっとも漕がずに、ベンチ代わりにその板切れに腰掛けていた。が座ると、そのブランコはやけに小さく見えた。足を折り曲げて乗ったほうがいいんじゃないかってくらい、地面に近いそれ。そう、見えたけど。自分の乗るソレはどうだろう。べつに高さは、高すぎず低すぎずといった具合に感じる。昔は、ずっとずっと前は、の背丈にもぴったりだったはずのブランコ。そりゃあ、もともとこのブランコはきっと小学生向けの遊具なんだ。が成長すればするほど、このブランコは彼女に合わなくなっていく。じゃあ、自分は?私は?

「袖ちゃん、ねえ。さっきからなんの話してるの?」
「だぁーかぁーらぁー、と友達でいるのは今日が最後!ってこと」
「え、…え、なんで?ごめん、袖ちゃんが言ってる意味、全然わかんないよ」
「何回言わすんだっつーの。本当に本当に物分かりが悪いよねえ、

それまでのふざけた声音とは一転して、自分でもびっくりするくらい冷め切った声が出た。ますますは混乱した様子で、ぶらぶらとブランコを揺らす私を目で追う。それでも、意味が分からないらしいは、できるだけ私を怒らせないように気遣って慎重に言葉を選んでいた。「ごめんね、でも、ごめん、分からないの。詳しく話してほしいな。私、袖ちゃんに嫌われるようなこと、しちゃったかなあ…」しゅんとして俯くを後ろから思い切りぶっ叩いてやりたい衝動に駆られる。ああだけどいけない、そんなことしちゃあ。自分が自分じゃなくなっていく。じくじくと心臓のど真ん中から胸の中全部が腐っていくような感覚。いらいらするなあ、とってもいらいらする。私はもぞもぞと足先を動かして、片方の靴をちょっとだけ脱ぐ。そのままブランコを漕いで、漕いで、漕いで、一回転してしまえばいいのにってくらい、高い所まで漕ぐ。地上に取り残されてると、一瞬だけ隣に並んで、遠ざかって、近づいて、遠ざかっての繰り返し。が泣きそうな声で私の名前を何度も呼ぶ。ああうるさい、うるさいの、黙って。

「嫌うとか嫌わないとかじゃないよ。あのねえ、元からあたしとあんたは友達なんかじゃなかったのさ」

言い終わった直後、えいと思い切り靴を投げ飛ばした。助走をつけて、ぽーんと小さな靴が飛んでいく。が今どんな顔をしているのかなんて、分からないし分かりたくもなかった。ただ、相当ショックを受けたらしい。隣のブランコからはなんの声も聞こえない。無音だ。静かな公園だ。私は漕ぐ力を弱めながら、振り幅が完全にゼロになるのを待たずに、「靴取ってきて!」とわざと大きく、はっきりした声で言った。の顔は見なかったけど、私の声にびくりと肩を揺らしたのは分かった。がブランコから立ち上がって、覚束ない足取りで、飛んでいった靴を拾いに行く。私は靴を履いているほうの片足で地面を削り、無理やりブランコの動きを止めた。が、拾った靴を片手にとぼとぼと私の元へ歩いてくる。俯いたまま。私の前で動きを止めたは、なんにも言わずにそこへしゃがみこんで、地面に私の靴をそっと置いた。私も何も言わずに、その靴へ足先をねじ込む。「ねえ、袖ちゃん」不意にが顔を上げた。いつも私を見下ろしていたが、跪く騎士のようにして、私を見上げていた。

「学校帰り、たくさん寄り道したよね」
「そうだね」
「朝一番におはようって挨拶したよね」
「そうだね」
「一緒の教室で勉強したよね」
「そうだね」
「毎日一緒に食堂で御飯たべたよね」
「そうだね」
「私がお菓子作ったら、真っ先に食べてくれたよね」
「そうだね」
「おそろいのストラップも買ったよね」
「そうだね」
「私のこと、周りに、友達だっていつも紹介してくれたよね」
「そうだね」
「どうして?」
「べつに理由なんかないし意味もないしただ仕事しやすい環境を作るために利用しただけだよそんな大した意味も価値もない毎日の繰り返しのような日々はつまんなくてしょうがなかったなああたしはただ仕事であの場所にいただけだっていうのにと過ごした日々も仕事の一環でしかないっていうのにアンタ馬鹿みたいにあたしになつくんだもん面倒だしうざかったしちっともアンタのことなんか好きじゃなかったよ!」

一息で言い切ったら、言い終わったあとに息が苦しくなった。うまく呼吸ができなくなりそう。肺が圧迫されてる感じ。ああもうなんでこんなに苦しいんだ。が眉を下げて、私の顔を覗きこんでくる。だけどその表情は、私の言葉に傷ついて悲しむような表情ではなく、ただただ、私を心配している目だった。今に、「大丈夫?」と聞いてきそうな顔。もしそんなことを言ってきたのなら、無理矢理に口を塞いでしまおう。そう決めた。だけどは何も言わずに、じっと、私を見つめていた。じっと、降ってくるのを待っていた。私の、言葉を、心を、本音を、待っている。そう思ったら悔しくてしょうがなかった。私から零れたのは、本音でも、心でも、言葉でもない、ただの一滴の涙だけだった。が私の名前を呼ぶ。

袖ちゃん、袖ちゃん、なかないで。ああうるさい、うるさい、泣いてない。お前なんか好きじゃない友達じゃない。

「ねえ袖ちゃん、私、袖ちゃんのことが大好きだよ。袖ちゃんがそうじゃなくても、だいすき」

子どもに言い聞かせるみたいに、私の手を取って、ふわりと微笑みながらはそう言った。ばかじゃないのホント馬鹿であほで救いようのないやつだ。だからいつだってあたしがそばにいてやらなきゃあぶなっかしくってしょうがなかった。馬鹿だなほんと馬鹿。私のことが好きだといったって、そんなのもう、今になんの意味もなくなるから。明日になればアンタはあたしに関する記憶を全部忘れてしまうんだよ。全部全部無かったことにされるんだよ。あたしと一緒に食べた御飯の味も、朝の空気も、夕焼けの色も、一緒に色んな所へ遊びに行った記憶も、全部ぜんぶ忘れてしまうんだよ。今私に向かって「好き」と言ったことだって、私を好きだと思ったことだって忘れるんだよ。全部ぜんぶなくなるんだよ。なのにどうしてそんな馬鹿みたいに優しい顔で笑うの。

「あたしだって、」

きっと呟いた言葉も、零れた涙も、明日には無かったことにされるから。誰も知らない私だけの秘密になるから。だからきっと、言ってもいいんだ。これが最後。バイバイ、あたしのことが大好きなあたしの大好きなともだち。






欠陥だらけの





ネバーランド