「浅葱、起きてる?」

薄く扉を開けて中を覗くけれど、返事はない。寝ているんだろうか。疲れて寝てる時の浅葱はめずらしく無防備だ。私は足音を立てないようにそおっと一歩ずつベッドに近づいて、枕元を覗きこむ。壁のほうを向いて寝ているせいで、浅葱の顔が見えない。もう一度、浅葱、と名前を呼ぼうとしたところ、もぞもぞと彼が寝返りを打って、眠そうな声で小さく、…」とつぶやいた。目は瞑っているし、続けて、んん、と唸ったので、私の名前は寝言なんだろうか、私の夢を見てるんだろうか、と少し期待した。けれど、そうっと伸ばした指先がぱしりと浅葱の細い手に掴まれて、「眠いんだから起こさないでよ…」と不機嫌そうな声で怒られたので、ああ、眠ってはいないんだなと納得する。残念。私の手を掴んだのとは別の空いた手で軽く目をこすると、浅葱はその寝ぼけ眼に私の姿を捉えた。目が合う。私はすぐにそらして、掴まれている指先を視界に入れる。

「なんで浅葱の手って冷たいの?」
「…の手が子どもみたいな温度してるから」

ひんやりとした手は、ちっとも私の指を放す気配がない。そりゃあ、眠っているのをいいことに、頭でも撫でようかと企んだ私が悪いんだけど。確かに私の手はよく、あったかいって言われる。体質的なものなんだろうか。女の人は冷え性だって、なんとなく自分もそうなるんだって、決めつけていたんだけど。今のところそうでもないらしい。私は手を掴まれたまま、そろそろと移動して、ベッドの端に腰を下ろす。布団から顔と腕だけ出した浅葱は、掴んでいた指先をそっと解いたかと思うと、私の一本一本の指の間に、自分の指を絡ませてくる。それが、寝ぼけた子どもに甘えられてるみたいに思えて、私はすこし、優しい気持ちになる。

「じゃあ浅葱も、子どもの時は温かい手してた?」

ぽつりと尋ねたら、浅葱の手はぴたりと動かなくなった。だけどすぐにぎゅうっと絡ませた指に力を込めてくる。それだけで浅葱が何を考えているか、察せるほどの鋭さはない。私はそっと身を乗り出して浅葱の顔を覗きこもうとしたけれど、彼は空いた手をまぶたの上に乗せて、顔を見せてくれない。「僕は、」と綺麗な唇が動く。「僕は、こどものときも冷たかったよ。すごく。寒かったんだ。いつも」いっそう、手を握る力が強くなる。

「体、弱かったから?」
「…は。それ、手が冷たいのと関係ある?」
「寒かったんでしょう?いつも」
「寒いなんて、言ってない」
「いったよ。たった今」
「言ってないよ。うるさいな、うるさい、、黙れよ、もう」

寝ぼけてるんだろうか。投げやりにそう私に文句をつけるけど、それはただ投げやりなだけで、心底私に怒りを抱いてる声ではない。ただ、まあ、いかにも寝起きで不機嫌なときの声といった感じだけれど。黙れと命令されたので、私はおとなしく口を噤む。どっかいけよとか、そういう注文じゃなくてよかった。とはいえ、この手を離されない限り、私はどこにも行かないんだけど。

「手が冷たい人は心が温かいって、そんな迷信があったそうよ」
「…ふうん。くだらない話だね」
「うん。浅葱はあったかくないもんね」
「どっちが」
「さあ」

黙れと言われたのに、懲りずに口をあけてしまった。だけど浅葱は怒らないで、私の言葉に相槌を打った。「浅葱の肌はどうしてそんなに白いの」どうでもいい質問を、私は続ける。「心が真っ白だからだよ」誰が聞いても嘘だと分かるような嘘を、浅葱は笑いもせず答えた。そうなの、と呟いて、私は浅葱につかまっていないほうの手をそっと彼へ伸ばす。今度はつかまえられたりしなかった。さらさらと指通しのいい髪を撫でて、「どうして浅葱の髪はきれいなの」と尋ねる。

「僕はなんだって美しいでしょ」
「心も?」
「心も」
「そうなの」
「今日のは質問ばかりだ」
「そうだね」
。ずうっと昔にあった、童話を知ってる?」
「どんなおはなし?」
「狼に喰われる無知な女の子の話」
「悲しいお話?」
「さあ、僕もよく知らないけれど」

どうして突然童話について訊いたのか分からないけれど、ふうん、と相槌を打って、私は浅葱を見つめる。するとふいに掴まれていた手がなんの惜しみもなくパッと離されて、浅葱は頭まで深く布団をかぶり直した。浅葱の顔が見れなくなってしまった。つまらない。

「寝直すの?」
「あたりまえだよ。誰かさんに起こされたから寝足りない」
「そっか。ねえ、寒くないの?」
「どうして」
「だって浅葱、いっつも上半身裸で寝てる」
「不思議?」
「うん。どうして?」
「それはね、みたいな馬鹿な子を食べるためだよ」
「食べる?裸であることと関係あるの?」
「うん。おいでよ、

やだよ、食べられちゃうのはやだ。そう言おうとしたのに、布団から伸びてきた腕に引っ張られる。不思議となんの抵抗も出来ずに、いや、抵抗もせずに、私は浅葱の腕の中にぎゅっと閉じ込められた。今日も今日とて服を着ずに浅葱が寝ていたせいで、自分の頬がぴったりと浅葱の胸元、素肌に触れているのが、なんだか気恥ずかしい。だけど浅葱のぬくもりのおかげで、布団の中はちょうどいいくらいにあったかい。眠気を誘うくらいにあったかい。

「それで、どうして僕を起こしにきたの?」
「起こしに来たわけじゃないよ」
「僕が寝ていたのに部屋に入ってきたじゃない」
「ただ、寒くないかなって思っただけだよ」
「…なにそれ。最初から僕の布団に入りたかっただけ?」
「違うよ。私が浅葱を温めるためだよ」
「都合いいね」
「そうかな」
「結局こうしての思い通りになっちゃったわけか」

しょうがないから、食べるのは今度にしてあげる。そう言って、私をぎゅうっと抱きしめながら、浅葱は眠る体勢に入る。私も浅葱の体温に意識を預けて、目を瞑った。あったかい。「あったかいね、浅葱」小さく呟いたら、浅葱もちいさく、「うん」って答えた。やがて聞こえてくる寝息に、私はほうっと安心した気持ちになるんだ。浅葱、本当にもう、さむくはない?私であたためてあげられる?(それができるなら、私、これ以上幸せなことはないよ)




くるまった夜の中で