「チカくん、チカくん!ねぇ、聞いて」
「…なんだ?
「光邦さんが今度、おいしいケーキ屋さんを紹介してくれるらしいの」
「は?」
「一緒にお茶会でも開かない?って誘ってくださったの!ねぇ、チカくんも…」
「ダーメーだッ!」

トコトコ、トコトコ俺の後ろをついてきたに振り返って、きっぱりと言い切る。その勢いに押されては一度、きょと、と目を丸くした。苛立ってる俺の表情をまじまじと観察して、次に人差し指を頬に当てて、またきょとん、と小首を傾げる。その一連の動作が小動物みたいで可愛らしくて、俺は一瞬怒った顔を引っ込めてしまいそうになった。だけどぶんぶんっと首を左右に振って、もう一度キッとを見る。睨む。…でもあんまり強く睨むとに悪いから、さすがにこいつ相手にそれは出来ない。

「どうして?チカくんはケーキ嫌い?」
「……」
「チカくんがダメなら…じゃあ、私と光邦さん二人でお茶会を…」
「ダメだって言ってるだろ!光邦の食べてるケーキの名前やら店なら毎日顔を合わせてる俺だって分かる!だから光邦とお茶会を開く必要はない!」

もう一度きっぱり言うと、はまたきょとんとする。「チカくん、必死だねぇ」ってしみじみ呟くから、俺は調子を狂わされてるような気がしてがしがしと頭を掻く。ああ、もう!なんだってこいつはそう…!だいたい、なんで俺がと光邦を会わせてやんなきゃならないんだ!仲良くさせるなんてまっぴらごめんだ。光邦のことだから「あのねぇ〜、僕はチカちゃんのお兄さんとしてねぇ〜、ちゃんと仲良くなっておかなきゃいけないでしょぉ〜?仲良くなるにはね〜、一緒にケーキ食べるのが一番なんだよぉ〜」…とかなんとか花を左右に撒き散らしながら勝手なこと言ってるんだろうああああの宇宙人がッ!誰が仲良くさせてなんかやるもんか!

「だいたい、なんだよ!はそんなに光邦と仲良くしたいのかよ?」
「え…そりゃあ、もちろん…」
「! …っ、なら勝手に…」
「だってチカくんのお兄さんだから」

言葉を遮られて、今度は俺が面食らう番になった。なんだ、それ。どういう意味だ。言葉を失う俺に対して、が「チカくんのお兄さんだから仲良くしたいんだよ」と繰り返した。それはつまり、俺の兄じゃなかったら仲良くしない?仲良くしたいのは、俺の家族だから?そういう意味で、安心させようとしてるのか?俺がじっとの顔を見つめて真意を探っていると、彼女はにっこり笑った。「チカくんは心配性だなぁ」って、困ったようにじゃなく、くすくすと楽しげに笑いながら言った。

「光邦さんは、『最近チカちゃんとはどうなの?』しか聞いてこないから安心してね」
「!! それ全ッ然安心できないだろ!!なんでそんなこと聞いてんだよアイツ!」
「チカくんが可愛いからだよ」
「かわいくない!男に向かって可愛いなんて言うな!」
「だ、だから光邦さんは弟としてチカくんが可愛いんであって…!」

俺は光邦みたいに可愛いものに囲まれて暮らしたりなんかしないんだからな!したくない!このシブキャラを保っていくんだから、カワイイなんていわれて喜んだりなんかしないんだよ!たとえ相手がでもだ!…っていうか、だからこそ、そんなふうに思われたくない。可愛いじゃなく、かっこいい、とかだったら、言われたいとは思うけど…。なんて考えてちら、と横目でを見ると、目が合った。一瞬どきっとして視線を逸らしかけたが、が少し困ったように眉を下げてふんわり笑うから、なんだか目が離せなくなる。機嫌直して頂戴、と目だけで訴えられている。

「…チカくんはすぐにヤキモチやくよね」
「……っ悪いかよ!?」
「ううん、悪くなんてないよ。嬉しいよ」
「嬉しい……のか?」

なんで嬉しいんだ?理由が分からなくて首を傾げる。そんな様子を見て、やっぱりはくすくす笑う。なんだか納得いかなくてむっとした。なんだって、俺はこんなににペースを乱されてるっていうのに、当の本人はそんな自覚がないんだろう。というより、は俺にペースを乱されたりしないから、悔しい。俺がそういうとこ流されやすいのが問題なのか?いや、そんなはずは、ない…よな。…ないったらない!俺のことをまだくすくす笑ってるを、ちょっと強めに睨んだ。目が合って、ん?と目だけで訊いてくる。わざとプイっとそっぽ向いて、怒ってるような声を出してやった。

「どーせ、彼氏らしいこと何一つしないくせにヤキモチだけは妬きやがって、とでも思ってるんだろ」
「そんな!嬉しいって言ってるじゃない」
「嬉しい意味が分からない」
「……じゃあ、ヤキモチやく以外のことしてみせて?」

悪戯っぽく口を尖らせてが俺にそう言った。は?と俺が聞き返すよりも早く、一歩踏み出して距離を詰める。いきなりすぎて言葉を失った。ぱくぱくと口の開け閉めを繰り返し、俺より背の低いを見下ろす。見つめあったら、彼女の瞳が少し揺れる。思い切った行動の裏には、いくら彼女でも恥ずかしさがある。だから俺だって余計に恥ずかしくなる。それでいて、次に起こるアクションをお互いに期待してる。この、タイミングでか?

俺がそっと手を置くと、の肩が跳ねた。それにこちらもびくりとして、どっと汗が吹き出た。お互いに黙り込んで、沈黙する。…、無理、だろ。この状態から、キス…なんて できるか?改めて自分がしようとしていることを頭の中で思い浮かべて、恥ずかしくなって目を逸らした。無理、無理。くそっ!あーもう、男らしくなれ、自分…!必死に念じるのに、どうしても顔が見れない。きっと今の俺はすごく顔真っ赤なんだろうと思って、一人で余計に恥ずかしくなった。

「チカくん、」
「え、あ…っ」

ふいに頬に触れた柔らかいものの感触に、頭が真っ白になる。ちゅっ、とわざとらしく音を立てて、それは一瞬で頬から離れていった。それでも、触れた部分の熱がひかない。俺は何が起こったのか理解できなくて、片方の頬を押さえてぽかんとした。我ながら、間抜けだと思う。だが、そんなの気にしていられないくらい、自分の身に起こった事態に呆然とした。が俺の呆けた顔を見て、苦笑いのような、照れ笑いのような、そんな表情で笑った。

「嘘、うそ。焦らなくていいの。私たちは、ゆっくりいこう?ね」

そう告げると、俺の手を取ってぎゅっと握った。握って、俺の目を真っ直ぐに見て、安心させるみたいに微笑む。俺はそこでようやく、妙な緊張感がほぐれた。それと同時に、なんだか少し悔しかった。はこんなに柔らかく微笑むような余裕があるくせに、俺は例え頬であったとしてもキスする勇気がないのか。きゅ、と拳を握って、決意を固めた。真っ直ぐに俺を見る瞳を見つめ返すと、ががらにもなく焦ったように視線を少しずらした。

「さっき躊躇ったのは、眼鏡が邪魔だったからだ」

そういって、眼鏡をやや乱暴に引っ張って、外す。そうだ、こんなの、と見つめあうときに必要ない。邪魔なだけだ。改めてを見た。裸眼の俺が珍しいのか、しばらく口を半開きにしてまばたきを繰り返していた。さっきのぽかんとしていた俺みたいだ。がぽつりと、「チカくん?」って呟いた。その少し震えた声だけですぐに、ああ、こいつもどきどきしてるんだな、と思う。やっぱり俺だけ余裕がないのはフェアじゃない。もちろん俺だって、今のと同じ様に余裕なくてドキドキしてるんだ。ほら、一言喋るのでさえ、声が震えてかっこ悪い。

「それと…、名前、がいい…」
「名前…?」
「チカ、って呼ぶなよ。名前がいいんだ」

忘れたとは言わせない。お前に一度も呼ばれたことのない、俺の下の名前。わがままだって思うか?…だけど、それでもいいんだ。照れてきて、顔が熱い。だが目は逸らしたくない。この瞬間だけは。は、戸惑ったように身を小さくよじらせて、俯いた。だけど次の瞬間には、真っ赤になったままの顔を上げて、俺の名前を呼ぶんだ。「靖睦、」って。ああ、よし、合格。君付けされたら、やり直しだったぞ。

「好きだよ、。ヤキモチやくのも、キスしたいのも、全部お前が可愛いからいけないんだ」




キスする前に