母が父と結婚したのは10代の頃だったらしい。そのせいか、最近よく「ちゃん、良い人いないの?ママに紹介したい人いないの?」とか聞いてくる。まだ20代。始まったばかり。焦らなくてもいいはずだ。自分はさっさと結婚して結局失敗したくせに、よくもまあ他人に結婚を気軽にすすめられるよな、とあきれる。

「帝統、また負けたの。馬鹿じゃん」

 父はたいへんギャンブル好きで、借金の負債に追われてジョーハツしたクソ野郎だったけど、今自分がそれなりに男女の関係をもってしまっている相手もかなりのギャンブル狂いとは。母を呆れてはいられない。いやもう、母と同じ道をたどるのではという気しかしない。母に紹介なんてできるはずもない。

「クッソー!ちげえよ、途中までは勝ってたんだって!あ、なあこれも買ってくんね」
「なんで勝ってるうちに止めないかな、パチカス野郎って。ねえ、これやだ。隣の味のやつにして」
「食うの俺なんだからいいだろ」
「私も食うし」
「じゃあ両方買うか」
「お前の金じゃねーし」

 馬鹿じゃん。軽く口にした言葉がわりと自分に返ってくる。馬鹿じゃん。コンビニの買い物かごに、二人分の夜食が無造作に放り込まれる。駄目な男に引っかかるのは遺伝するんだろうか。つい先ほどまでパチンコ店にいたであろう煙草臭い男を隣に連れて歩いている自分に溜息を吐いた。毎日毎日一瞬で無一文になるこの男を、気紛れに拾っては家に泊める。"男女の関係"には値するような気がするけど、お付き合いをしているんだかなんなんだかは自分にもよくわからない。

「あのさあ、帝統」
「なあ、これお前が好きなやつだろ。買おうぜ」
「お前の金じゃないんだよなあ」
「俺もこれ好きなんだよ。この前お前が食ってんの一口貰ったら美味かった」

 にかにか笑って、お菓子の棚から引き抜いたクッキーの箱をかごに投げる。こいつ人の金でも容赦ねーなあ。私このまま帝統にたかられる人生なのか?母もこんなふうに父と過ごしていたのか?結婚したら落ち着くだろうとか子供ができたら落ち着くだろうとか思っていろいろ縛り付けたけど逃げられた感じなのか?今私が帝統に結婚してとか言ったらこいつ逃げるのかな。はー?重っ…とか言うんかな。分かんないな。言いたくないけど。だって逃げられたくなかった。母と父のようにはなりたくなかった。

「あのさあ、帝統さあ」
「おう」
「…私が……」
「……なんだよ?」
「…………お菓子買ってあげる金なくなっても捨てない?」
「……」
「…」
「や、今俺の方が飯買ってやる金ねーけど」
「うん知ってる」
「まあそんときは俺が一発ガツンと競馬で当てて上手い飯食わせてやるよ」

 一応、金づるとして一緒にいるわけではないらしい。たかれる金がなくなったら離れていくわけではないらしい。ふうん、と曖昧に相槌を打って私はコンビニの会計を済ませる。買い物袋はさっさと帝統が自分の手で持った。先に歩き出した帝統を追いかけてコンビニの出口へ向かったとき、ふと言いたくなって、その背中に向かって私は口を開く。

「あのさあ、帝統」
「おー?」
「私の父親さあ、すげーギャンブル好きらしい。今も生きてんのかしらないけど」
「へえ、話が合うかもな。っつーか、もしかしたら今日俺の隣でスロット打ってたおっさんがの親父って可能性もあんのか」
「……そーかも。おっさん勝ってた?」
「いーやボロ負けしてたな」
「ウケる」

 馬鹿じゃん。ちょっと笑って言ったら、それ以上に帝統が笑った。「そういうヤツは絶対今も生きてどっかでギャンブルやってんだって」ああそういえば父はべつに、母にたかるほどの金が無くなったから姿を消したわけではなかったし、母もべつに父を嫌っていたわけではなかった。きっとただ、父は母に迷惑をかけたくなかっただけだ。ちゃんとそこに情はあったはずだ。

「そっか、そうだね。あのさあ、帝統は消えちゃわないでね」
「は、何言ってんだよ。消されてたまるかーっつの」
「いやー……そのうち社会的に消されそうじゃん」
「はあ?ぜってーお前んとこ戻って来てやっから、見てろよ!」
「まあねえ……生き汚そうだもんなあ」
「おい褒めてっか?それ」

 ダメなひとだなあ、って思いながらも、きっと母は父のことが好きだったんだろう。なんとなくわかる。何故かわかる。結婚だのなんだの、やっぱり私はそんな約束べつに要らないから。たった一つだけ願っていた。消えちゃわないでね。それだけだった。お菓子買ってあげるから。煙草も買ってあげるから。ああなんかこれ、典型的な、ダメ男に引っかかって離れられなくなってるヤツのせりふ。
裸足の彼は神さまからも逃げ切れる