|
「新人賞の受賞、おめでとうございます」 作家の夢野幻太郎がそのパーティーに出席しているなんて思っていなかった。噂には聞いていたけれど、本当に今時珍しい、書生さんみたいな服装で私の目の前に現れた。「パーティー」というもののドレスコードに適しているのか謎ではある。これが小説界の有名な某賞レースの受賞者を祝うパーティーでなかったら、余計に浮いていた服装だろう。名前と噂は聞いていたけれど、どんな人物かなんて全く知りもしなかった。私はその整った容姿の眩しさに口元を引き攣らせて、目を逸らしながら「ありがとうございます光栄です」と早口にお礼を述べた。イケメンは苦手だ。光ってこちらを惨めに照らしてくる。それを分かっているかのように、相手はにっこりと微笑んでいた。ときめくどころか、醜いものを嗤っているみたいな、嫌味な笑顔に見えてしまう。ああ、嫌だ、これだから、外に出たくなんか無かった。早く帰って狭く汚い箱の中で原稿を眺めていたい。 「小生は、幼い頃から他人の嘘を見破ることができるのです」 逸らしていた視線を、その顔に戻す。「おや、随分分かりやすく動揺するんですね」 くすくすと音が聞こえてきそうなくらい、機嫌よく笑う。何がそんなに面白いのか。私はまた目を逸らす。「いえ、突拍子のないことを言いだすなと思って」早口に言う。お前の声はぼそぼそしていて聞き取れないと親に言われたことを思い出した。手元が落ち着かなくてそわそわと爪を弄る。癖で毟るからよく親に怒られた。 「先生の書かれた小説の内容、あれはフィクションでモデルはいないとおっしゃられていましたが……」 「ええ、そうです。フィクションです。その質問、いろんなところで答えているのでそろそろうんざりしてきました」 「これは失礼。くだらない質問でしたね」 「ええ、ええ、嘘を書いて当たり前でしょう。何も悪くないでしょう」 「とても素晴らしい小説でした。まるでノンフィクション小説を読んでいるよう。リアリティがあって、瑞々しい、けれど或る意味がむしゃらに書き殴ったような文章で」 「ありがとうございます、もう行っても良いですか他の先生方にも挨拶がしたいので」 「引きこもりの主人公が幼い頃から自分を苦しめてきた親を殺害する場面なんてそれはもう」 「あの小説はそんな内容じゃありません!」 思わず大きな声が出た。周囲の視線が一瞬こちらに向いて、すぐにぎこちなく霧散していった。夢野先生はけろりとした様子で肩を竦めて「失礼。別の方の書かれた小説と混ざってしまったようです」と口にした。私はその顔を睨み付ける。馬鹿にするのも大概にしてほしい。あの親は勝手に死んだんだ。病気で死んだんだ。 「ところで先生。"あの小説"は、本当にあなたが書かれたものでしょうか?」 声を落としてその人物は私に言う。耳元で囁く悪魔みたいにそんな言い方をする。何を馬鹿げたことを。私は鼻で笑って顔を逸らした。あれは私が書いたものだ。たしかにあの親は生前、趣味で小説を書いていたようだったけれど。そんなのはあいつが死んでから発覚したことで。遺品の中から書きかけの小説が出てきただけで。そんなことは今の私に関係ない。関係ないはずだ。私は自分の書いた小説で評価されてここにいる。眩しくって鬱陶しい光を浴びている。照らされれば照らされるほど醜さが暴かれるようで気持ちの悪い光を、ここで。あれは私が書いた小説だ。私のものだ。私のもののはずじゃないか。私のものだ。もうあれは、もう、私のものになったんだ。 「何が言いたいんです、夢野先生」 「貴女に興味があるのです。ええ、それはもう、大変興味深い。貴女の歩んできた人生も、これから歩む"小説家として"の人生も」 大袈裟で芝居がかったふうの言葉に私は口の中が苦くなるのを感じた。引き攣る。 「それ、"嘘"でしょう」 夢野幻太郎は私の顔を見て、口元だけで笑った。目は笑っていなかった。〆の言葉を横取りされて面白くなさそうな顔だった。「嘘ではありませんよ」ほら、それも嘘くさい。 |