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Q:誰にチョコ渡す?→A:芥子ちゃん 「ねえねえ芥子ちゃん!一緒にチョコ作らない?」 そう誘ってくれた仲良しのお友達は、花がぱっと咲いたような満面の笑みでした。見慣れたこの笑顔は、いつだって眩しくって、見ているとこちらまで嬉しくなります。心が浄化されるような笑顔、というのはこういうものを言うのでしょう。その笑顔を見ているだけで幸せです。幸せ。 「どうしても手作りをあげたい相手がいるの」 ちょっと照れくさそうに、赤く染まった頬を押さえて、さんがえへへって笑う。そんな仕草も愛らしいのです。そうやって褒めると決まってさんは、「芥子ちゃんのほうが可愛いよ!抱きしめていい?」って言ってくれますが、今日は、そんなお約束の流れを、私は選びません。さんの言葉に、ちいさな心臓がちくりと痛んだ気がしました。きっと、気のせいだとは思うのですが。 「そうなんですね。さんの手作りなら、きっと相手の方も喜ぶと思いますよ」 嘘ではありません。心からそう思いました。なのに、まるで後ろめたい嘘をついているみたいに、心臓がどきどきしていました。さんが私の言葉に嬉しそうに笑うので、私もやっぱり、一緒に、嬉しくなります。嬉しくなるはずなのです。その笑顔が見られるだけで、幸せなのです。幸せ。私は、幸せ。 「……だけどすみません。しばらく仕事が続くので、14日のバレンタインデー当日までにお手伝いが出来そうにないです」 「…そう…あれっ、じゃあ、14日は?お仕事ない?」 「14日…、に、お渡し出来るように、前日に作りたいとかでは無いんですか?」 「うん!むしろ14日当日がいい!」 「……それでしたら、大丈夫そうです」 本当は、前日に休みを入れることも、出来たかもしれないけれど。私はよく自分の予定も確認せずに、曖昧な返しをしていました。なんだか、まるで本当は手伝いたくなかったみたいです。でもやっぱりその笑顔には弱くって、14日の約束は断れなかったのです。さんは嬉しそうに、「約束だよ!」といいました。その笑顔は、やっぱり、幸せそうです。だから私も幸せ。幸せなのです。 「ねえ芥子ちゃん!型は、ハートの形でいいと思う?」 「はい。いいと思いますよ」 「かわいい?貰ったら嬉しいかな」 「とっても」 湯煎に掛けたチョコレートを、私がゴムべらを両手で持ち混ぜてゆっくりじっくり溶かしていく。さんがボウルを押さえながら、うきうきと楽しそうに、この後の手順を確認していきます。今日のさんは御機嫌です。「芥子ちゃんと一緒に作れてうれしい」とにこにこ笑います。本当に、心から嬉しそうに言ってくれます。けれどきっと本当は、「チョコレートをあげたい相手」の顔を思い浮かべて、にこにこしているのだと思います。なんとなく、そう思いました。私はぐるぐるとチョコレートを溶かしていきます。自分の中のぐちゃぐちゃした気持ちも、一緒に溶かすような気分で、ゆっくりとじっくりと。 「…ねえ芥子ちゃん、もし喜んでくれなかったら、どうしよう」 ふと、さんがそんなことを言う。 「さんが心をこめて作ったものを、喜ばない人なんていません」(もしいたらそんなひとはわたしが) 「ふふ、そっか。ありがとう!芥子ちゃん」 照れたように笑いながら、さんがすすす、と体を私にくっつけてくる。もう、作業がしにくいじゃないですか。そんなふうに言えるはずもなく、私も一緒になって、ふふふ、と笑ってしまいました。チョコレートの甘い匂いがキッチンに広がっていて、鼻が良い私には少しくらくらしてしまいそうなくらいでした。きっと完成したチョコレートも、くらくらするくらい甘いのでしょう。だってこんなに、甘いお菓子みたいな、かわいいさんが作るのですから。私も少し手を加えてしまっていますが、さんの気持ちがたっぷりつまっているのです。それはもうきっと、甘い甘い。 さんはどんな顔で、想い人にチョコレートを渡すのでしょう。想像すると、微笑ましいです。さっき不安そうなことを言っていましたが、やっぱり、さんからのチョコレートに喜ばない人間はいないと思うのです。もし、いたら、どうしましょうか。さんを泣かすような人だったら、どうしましょうか。 さんが少しチョコレートから目を離している間に、私はじぃっと、その作りかけのチョコレートを見つめます。何か、――何かよくないものを、一滴たらすとしたら、今だなあ、と思いました。自分の中でふつふつと、黒い感情が湧き上がってきました。 「ねえ、芥子ちゃん!」 その声を聞くと、ふっと、自分の中の黒い感情が消え失せました。不思議です。でも、本当はわかっていました。そんなことはしちゃいけないって。できるわけないって。だって、そんなことをしてしまえばさんが悲しむからです。さんが泣いてしまうからです。さんを泣かす存在は許せません。それが、私でも、許せませんでした。 「芥子ちゃん、芥子ちゃん」 「はい、さん。完成ですね。とても綺麗に、美味しそうに出来ました」 「あのね、あのね芥子ちゃん」 「はい、なんでしょう、さん。ラッピングにはどれを使いますか?ピンク?赤?黄色も可愛いですよ」 「…あのね」 「さん?」 完成したチョコを、さんがじぃっと見つめて、一番綺麗に出来たものを選んで、手にとった。ああ、それを、一番の、渡したい人にあげるのですね。 「これ、芥子ちゃんに!」 「…えっ」 「一緒に作ってくれてありがとう!」 「……だめですよ、さん。一番うまくできたものは、一番の人にあげないと」 「うん。一番のひと」 その言葉の意味がわからなくて、私は首を傾げて、さんを見つめた。さんは笑って、あのいつもの笑顔で、言うのです。「最初から、芥子ちゃんだよ。芥子ちゃんと作って、芥子ちゃんと食べたかったの!」って。私はしばらく言葉を失いました。 「芥子ちゃん、最近忙しそうだったし、ちょっとでも息抜きになったらなーと思って」 「……さん…」 「友チョコだね!えへへー」 「……びっくりしました。最初から、言ってほしいです」 「ごめんごめん!…あれ、ねえ、芥子ちゃんってチョコレートたべられる?うさぎさんって、チョコだめ?」 「いいえ、いいえ、もらいます。それからさん、ひとつ、お願いをきいてくれますか」 「もちろん!芥子ちゃんのお願いだもん!」 「今、とても抱きしめてほしいんです」 きょとんと目を丸くしたさんが、すぐにぱっと、私の大好きな笑顔になる。さん、さん、私の腕は貴女の背中に回せるほど長くはありません。抱き締めることはできません。けれど、私が貴女に抱きしめられて感じる幸せが、少しでも貴女に伝わりますように。貴女の幸せそうな笑顔で私が幸せになるのと同じように、貴女が、私と、同じ気持ちになったらいいなと思うんです。同じ気持ちに。(ああ、やっぱり、私は幸せ。幸せです) 白うさぎは追いかけない |