左右の端っこを丈夫そうな二本の樹に結んだハンモック。その中でお昼寝している少年に、一歩ずつそろりそろりと近付く。お昼寝びより。ぽかぽか陽気。気の抜けた寝顔を拝んでやろうと、私はそーっとハンモックの中を覗く。…が、覗いた瞬間にばっちりキルアと目が合って、思わず「ウワッ」って声を上げてしまった。ぜったい寝てると思ったのに。キルアは呆れたようにじとっと眉を寄せて、「ウワッ、ってなんだよ」と文句を言った。

「な、なんで寝てないの、キルア」
「お前の気配で起きたんだっつーの」
「…えっ、うそ、ごめん…私が音を殺して歩くの癖になってないばっかりに…いや結構注意して歩いたのにな…」
「お前じゃ無理だろ絶対。つーか、それこそクセだよ、クセ。少しでも人の気配がしたら目が覚めるようになってんの」

 キルアの得意の「家庭の事情」による身体に染み付いた癖。たしかに、こんなどこからでも敵が襲ってこれそうな場所で、暢気にぐっすりなんて寝ないのか。寝られないのか、キルアは。こんなにいい天気だし、ハンモックは気持ちよさそうなのに。何かあるとすぐ神経研ぎ澄まして。なんだかますます申し訳なくなって、「ごめんね、起こして」と肩を縮こませたら、ちょっと体を起こしながら、呆れたようにキルアは溜息ついた。

「あのさ、俺は『お前の気配』だって分かって起きたんだかんな」
「うん?」
「どうせなんかイタズラでもしようとしたんだろ?バレッバレ」
「うっ…」
「わかりやすすぎ。おまえ」

 ごろんとハンモックの上で猫みたいに器用に仰向けだった体勢を変えると、頬杖ついて自信たっぷりににやにや笑う。む、と口をとがらせて睨んでみるけど、キルアには敵わない。力でももちろん、口でも。けどまあ、「私」だってわかったから起きただけで、ヘンに身構えさせて起こしてしまったわけではないらしい。気配だけで私ってわかるの、すごくない?わかりやすい、なんて言ったって、たぶん、キルアにしかできないことだと思うな。

「で?なんか用?
「ううん。べつに、用はないけど。寝てるのかなーって様子見に来ただけ」
「ふーん。あっそ」
「寝心地どう?快適?」
「交代してほしいって?」
「えっ!…うーん…気持ちよさそうで興味あるけど…なんかちょっと不安定だし怖くもあるような…」
「あぁ、俺より重いもんな。木が折れるか心配?結構丈夫だぜ、これ」
「!!!な、な、なんてさらっと失礼なことを…!!」

 きるあのばか!!と大声出して、やけくそにハンモックを大きく揺らしてやる。「あ、バカ!やめろって!」と抗議の声がするけど、無視だ無視!たしかに最近ちょっと体重気になってきたけど!太ったのばれてるかもしれないけど!男の子のキルアより重いとか、そういう、具体的にダメージを負うせりふを!今のキルアの体重しらないけど!(いや私も教えてないなキルアに体重!適当なこと言ったなこいつ!)「お〜ち〜ろ〜!」と呪いの言葉を口にしながら、ゆさゆさ、ゆーらゆーら。一回転するくらい傾かせて、あ、やりすぎた!と後悔した直後、ずるっとキルアの体がハンモックから落ちる。「あっぶね、」「危な、」い…と口に出した声が揃う。私は、キルアの体が地面に打ち付けられると思ったから、咄嗟に。腕を伸ばす。キルアはキルアで、私の上に落ちてぶつかると思って、咄嗟に。

「おっまえ…、バカだろ……」

 結局気が付けば、二人して地面。いや、地面に背中をくっつけているのは私で、その私の上にキルアが覆いかぶさっている状態。心底呆れたようなキルアの顔が、目の前にあった。びっくりした。いろんな意味で、心臓がどくどくいってる。焦った。よかったキルアが無事で。キルアの下敷きになったと思ったのに、痛くないのは、ぶつかる寸前でキルアが手足で堪えてくれたんだろうか。

「フツー、受け止めようとするか?避けろよ…」
「い、いや、ふつー咄嗟に受け止めるよ…」
「バカすぎ」
「そんなに、バカバカいわなくても…い、い…、」

 キルアの顔が、ちかい。話してる間にも、近づいてくる。かあーっと顔が熱くなって、目をきつく瞑った。そしたら、ゴツッと額に何かがぶつかってくる。目をあけなくてもわかる。このぶつかってきたのはキルアの額。べつにおもいっきりなんかじゃないし、痛いわけじゃないけど。なんだか腑に落ちない気持ち。くっついていた額がはなれて、距離ができたのを確認してから目を開ける。もう離れてると思ったキルアの顔が、まだすぐ鼻先にあって、ぎょっとした。ふ、と笑った息がかかる。

「ばーか。この状況でなに期待してんの」

 うぐぐ、と唇をかんだ。なんかくやしい。やっぱりばかばか言いすぎだし!「期待なんかしてません!」と拗ねたように言って、顔をそむけた。いじわるくからかう笑い声と一緒に、キルアが体を起こして、私の上から離れる。いまだ納得いかなくてむすっとしている私に、手を差し出した。起こして、引っ張り上げてあげる、ということらしい。その手を取ろうとしたら、私が取るより先にキルアが私の手首を掴む。ぐいっと引っ張られて、そのままの勢いで。うわ、と声を出したときには、体を持ち上げられて、ぼすっとハンモックの上に簡単に寝かされる。

「なんだ、意外と軽いかも」
「!! い、意外と、って!」
「もうちょっと詰めろよ。俺も寝る」
「え!?待って二人は無理じゃない!?こ、これ二人用!?いやその前に木が耐えられなくないかなさすがに…!」
「大丈夫だって。俺より軽いもんな、
「か、軽くない!!いじわる!待って!ゆ、揺れるし!あぶなっ!私やっぱ降り、わっ!わ!」

 逃がすまいとすぐさまキルアが体重をかけてきて、わざと揺れるように飛び乗るみたいに乗り込んだ。みしっ、てなった気がする!ゆれるし!おちる、おちる!思わずひしっとキルアの服を引っ掴んだ。するとキルアが私の肩をぎゅっと抱き寄せる。先にくっついたのは私の方なのに、へっ!?と心臓が飛び上がった。

「ほら、平気じゃん。暴れたら落ちるかもしんねーけど」
「…、……」
「大人しく…って、言う前にもうおとなしくなってっか」

 広くはない揺りかごの中で、キルアとくっついたまま。心臓の音が聞こえるくらいの近さで、私はすっかり身動きが取れなくなって、ぴしっと体を固くしていた。ずるい。強引だ。横暴だ。文句は声にならないまま。私の肩を抱いていたキルアの手が、ゆるゆる移動して、私の頭を撫でる。いっつもあんなにいじわるなのに、その手つきはとっても優しい。ああ、もう、なんで急にこういうこと、するかなあ。もうどうとでもなれ!という気持ちで、私はちょっと恥ずかしくなりながらも、自分からもっと、体を寄せる。キルアが首を動かして、私を見た。私も、そっちを見て、目が合う。近すぎる距離。静か、でも、穏やかな時間。お昼寝びより、いい天気。

「…期待してる?

 してるよ。だって、いまキスなんかしてくれちゃったら、もっと素敵で、幸せな時間になるよ。(キルアも、そうだといいんだけど)



まつげの触れる先