「ほら、起きろ。

 肩をゆさゆさと揺すられて、はっと目を開ける。やばい。いつから意識が飛んでいたのか、どのくらい飛んでいたのか、全く思い出せない。慌てて声のした運転席の方を見ると、恭介がムッと唇を尖らせていた。「やっと起きたな」と、拗ねたように言われて、さーっと血の気が引いた。怒らせた?私よっぽど寝てたんだ。でも確かに出発して10分くらいの記憶しかない。何の話してたっけかな。絶対途中で私の返事がなくなって、恭介は退屈だっただろう。

「ご、ごめん恭介…!私すっかり寝てて、あの、本当にごめんなさい!」
「……」
「一人だけぐっすり寝て…恭介に長時間車運転させて…ほんと、あの、あのう…」
「…プッ」
「う!?」
「冗談だ。怒ってない」
「うえ!?え、え、でも今むうって唇を…」
「俺は演技派なんだよ。その手の道に進めばアカデミー賞確実と言われている男だ」
「えっマジか」
「さあな」
「ええ…マジか」
「マジだ」

 さっきまでの不機嫌な演技とは打って変わって、にかっと子供っぽく笑うと、私の頭をわしゃわしゃ撫でる。機嫌良さそうだけど、本当に怒ってないんだろうか。雑誌だかテレビで、人が運転してる横の助手席で寝る彼女は最悪!って書いてあった気がする。駄目な彼女代表じゃないかどうしよう。もし本当に恭介が気にしていないとしても、かなり恥ずかしい。しゅんとしていると、恭介がドアを開けて運転席から姿を消す。ハッとして、置いていかれないようにとシートベルトをいそいそと外していると、ショルダーバッグが変なとこに引っ掛かってなかなかスムーズにいかない。もたもたしている間に、恭介が運転席のほうからぐるりと回って、助手席のドアを開けにやってくる。優しい。最初から置いていく気なんて無かったのね。

「ごごごめんもたもたして…あっあと助手席で寝ててごめん」
「ん?…いや、怒ってないってさっき言ったばっかりだろ?それよりほら、早く降りてこい!」

 手を引かれて、つんのめりそうな勢いで車から飛び出す。本当、黙っているとクールな見た目なんだけど、言動が未だに子供っぽい。笑うとすっごく、子供っぽい。だけどそんな笑顔が私は大好きだった。降りた先は砂浜。いつか絶対に連れて行きたいと思ってた、と恭介は言っていた。べつにデートスポットに最適だから、だとかいうカッコつけた理由ではない。仲間達と来たんだ、思い出の場所なんだ、と恭介は遠い目をして語った。だから、私は思わず、行きたい!と言っていた。
 恭介はよく「仲間」の話をする。友達、というよりも「仲間」だ。私も紹介してもらったことがあるし、何度も会っている。妹さんであるりんちゃんも含め。恭介には彼らがとても大切な存在だった。いや、本当に。「遊び友達」ってだけじゃ説明できないくらいの。「世界中の誰も経験してないようなことを一緒に経験して乗り越えた仲間なんだ」恭介は笑う。「そりゃあもう、大冒険だったぜ」と。――いつか、お前にも話すよ。そう言ってくれてから、結構経つけれど、なかなかそんな機会はない。
 波打ち際をぱしゃぱしゃ走って、こっちだこっち!とはしゃぐ恭介を、ぼんやり見つめて足を止める。

「ねえ、恭介!」
「んー?」
「私さ、理樹くん達に、」

 負けちゃってるかなあ?そう言おうとしたけれど、恭介がきょとんとした目をしていて、それがやけに幼くて可愛く見えてしまったから、「負けないくらい恭介が大好きだよ!」と叫んだ。恭介がもっと、ぽかーんとする。
 いつか、話してくれるのかもしれない。彼らの、高校時代の、人生最大の大冒険。いや、大冒険と呼んでいいのかはよく分からないけど、とにかく大変な体験だったんだろう。それを聞いて私は、なんて思うだろう。すごいね、そんなことがあったんだね、って。そんな体験を共にした仲間だもの、私が敵わなくって当然だなあ、なんて、思っちゃうのかもしれない。(それでも、今は)
 恭介が、にっ、と笑った。沈みかけた夕日がその笑顔を照らす。次の瞬間には全速力でこっちに走ってくるものだから、え、ちょっと、減速して!?ぶつかる!?と思わず目を瞑った。そのままの勢いで体当たりみたいなハグをされて、わしゃわしゃと頭を乱暴に撫でられて、私も恭介も、笑う。子供みたいな笑顔。

「バーカ!俺だって大好きだぜ、
「理樹くんを好きなのと同じくらい?」
「ああ、同じくらい愛してる」
「あはは!それは、すーっごく嬉しいね!」

(だって、世界で一番最高の仲間と同じくらい好きって言ってくれるなら、多分世界で一番愛されてる女の子だもん)




(負けないくらい最高の思い出を、これからいくらだって作っていけるね)