例えば。友達と洋服を見ていて、「この服かわいいなあ」って口にしたときに、「ええ?そうかなあ、こっちのほうが可愛くない?」って言われたら、そっちが可愛く見えてしまう。例えば。この漫画おもしろいなあって思っていても、この新曲いいなあって思っていても、世間の評判があまりよくないと、「ああ、これは面白く無いのか」「いい歌じゃないのか」と思えてしまう。そんなふうに、他人の意見が正しいと思ってしまう。大勢の意見が、他人の「当たり前」が、正しいはずだと感じてしまう。自分の意見を押し殺すというよりは、勝手に頭がそちらに修正されるのだ。都合よくて、単純で、変わりやすい脳みそだ。修正してからは、以前の「自分はいいと思った」という気持ちが薄れてしまう。どうしてそう思っていたのかが曖昧になる。流されやすい。意志の弱い、人間。


「ええ?巻島くんってちょっと怖くない?」
「あー、分かるかも。なんかちょっと不気味〜なとこあるよね」
「…そうかなあ。いい人だと思うなあ。私は、かっこいいと思うよ」
「かっこいいの?、ああいう顔好きなの?」


なんでもかんでも他人に合わせてしまう人間。周りに言われたらすぐ、「言われてみればそうなのかな」と思ってしまう。だったはずなのに。それなのに。おかしいな。友達が不思議そうな目で見てくる。だけど私も不思議だ。なんで周りがそう思うのか、不思議に思えてしまう。巻島くんっていったら、手足細長くて、髪の毛が不思議な色してて長くって、あんまり気持ちよく笑わないし静かな印象。でもこの前プリントを床にばら撒いてしまったとき一緒に拾ってくれたし、挨拶すると返してくれるし、笑うときは口元で笑うし、目元だって少し優しくなる。たぶん。たぶん。私はそう思ってる。


ってちょっと変わってるね」


友達の笑い声に、へらっと苦笑いする。なるほど、「そう言われてみると、そうなのかもしれない。」――口癖のように唱えてきた言葉だ。考えてみれば、毎度周囲の意見に左右されるということは、私の意見が初めから毎度毎度「当たり前」から外れているという意味で。なるほど、そういうこと。納得。だけど、どうしてだろう。巻島くんのことは、言われてみれば怖いなあ、かっこよくないなあ、なんて、思えないの。


「…わ、巻島くん」


会話が一段落するのを見計らって、ちょっとトイレ行ってくるね、と教室から出たとき、ちょうど出入口で巻島くんと鉢合わせる。思いの外ぎょっとした顔をした巻島くんを見て、ふと、考える。私と友達の会話は、出入口近くの席で行われていた。その会話を、彼が聞いていた可能性。会話の内容に気まずくなって、ここで立ち止まっていた可能性。そんな可能性、どれくらいだろう、どんなもんだろう。考えていたらボッと顔が熱くなって、そんな私を見た巻島くんも気まずそうに視線を泳がせた。ああ、もしかして、ほんとうに。


「…まきしま、くん」
「……あー…」
「ご、ごめん…?」
「なんでお前が謝る、」
「やっぱり聞いてた…?」
「……」


がしがしと頭の後ろを掻くと、巻島くんは私を見下ろして、「まあな」と少しぶっきらぼうに返事をした。私は余計にかあっと恥ずかしくなったけれど、嘘を言ったわけでもなかったし、なんにも言葉が見つからない。かといって恥ずかしさのあまりここから走り去っても、後が気まずい。どうしようか。どうしよう。おろおろと巻島くんの足元を見ていたら、、と名前を呼ばれる。ぴくり、と肩を揺らすけれど、顔を上げるか迷ってしまう。


「お前、変わってんな」


その声に、迷いがパッと消えて、顔を上げる。「…そう、みたいだね」呟く自分の声。巻島くんは少し照れくさそうに鼻の頭を人差し指で擦りながら、「普通じゃないっショ」と続けた。私は、大きく一歩踏み込んで、彼の顔を覗き込むようにしながら、「でも本当にそう思ったんだもん」とはっきり告げる。はっきり、はっきりと。おかしいな、いつもだったら、こうじゃない。「なんでそう思ったんだっけ?」って、他人と違う自分の気持ちは霧散していってしまうのに。どうしてかなあ、消えないな。目の前の巻島くんが、小さく、笑うからかな。くはっ、て可笑しそうに笑うからかな。だって、やっぱり、私は好きだもの、この表情。


「俺も『変わってる』から、お前のこと言えねーけどよ」


笑って告げられた彼の言葉に、目をまたたかせる。不思議だ。きっと彼も今まで、「そうじゃなくてこうだろ」「それは違うんじゃないか、こっちがいいんじゃないか」と周囲に言われてきた人間なんだろうと、伝わってくる。だけど彼はそんな言葉の中でも、きっと変わらない人なんだ。それはきっと、今までの私が出来なかったことで、やろうとも思わなかったことなんだ。そして、きっと、「出来たら素敵なこと」なんだろうなあ。気づいたら私も、自然と笑っていた。なんだか自分でも、晴れやかに笑えている気がした。


「なら、いいや。巻島くんとおんなじなら、いい」






白ととたぶんきみ