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ざあざあ、ばかみたいに雨が降ってた。そんな雨の中、一人の男がせっせと何かを埋めていた。
「どうして傘を持ってこなかったの」
「あ?ああ、そりゃあ、右手でシャベル持つんだから、傘持ってらんねえだろ?」
こんなばかみたいなどしゃぶりの雨の中、この馬鹿は何をやっているんだろう。真っ黒な制服が、濡れてさらにどすぐろい色になってる。容赦なく地面や真人の肩へ打ち付ける雨粒を、私はじっと睨んだ。雨に濡れた髪から、ぽたぽた水を垂らしながら、彼は「それ」を埋めている。自分はこんなに濡れているのに、土の中に寝かせたそれには雨粒が打ち付けないようにって、自分の体を傘代わりにしながら埋めてる。深く掘った穴に、小さな体をそっと寝かせる手つきは、今まで見たこともないくらい優しいものだった。ごつごつした大きな手のひらが、小さな、もう息を吹き返しはしない小さな小さな生き物を、土の布団に寝かせる様子。なんだか見ていて無性に泣きたくなったけど、泣かなかった、私は。自分の差していた傘を真人の頭上に差す。それの代わりのように自分の体が、冷たい雨にざあっと降られた。真人はぴたりと一瞬手を止めて、顔を上げる。傘の水玉模様を視界に入れると、すぐ自分の手元に視線を戻した。
「ありがてーけど、お前が濡れてんじゃねーか。風邪ひくぞ」
「馬鹿だからひかない」
「お前も入れば」
「真人と相合傘とか出来ない。デカイから場所取りすぎ。ねえ真人、それなに」
「猫」
「死んでる?」
「死んでる」
「そっか」
土をかぶせる様子を、ぼんやり眺めた。「死んでるんだよね」「ああ、そーだな」「もう、生き返んないんだよね」「そうだな」そっか、と呟く自分の声が、消え入りそうなくらい小さい。雨が冷たくって、なんだか耳がキンと痛くなってくる。寒くてぶるりと肩が震えた。猫の死体を埋め終わった真人が、最後にそっと合掌して、すくっと立ち上がった。その拍子に私の傘に頭をぶつける。勢いが良すぎて私の手から離れた傘が、地面に転がった。沈黙。振り返った真人が、あーあ、みたいな顔して私の頭上に手を伸ばしてくる。びしょびしょの頭を心配したのかもしれない。だけど、先ほどまで自分が土をいじっていたことを思い出したのか、ぴたりと動きを止めて、自分の手のひらを微妙な表情で睨んだ。はあ、と大きく溜息吐いて、転がっていた傘を拾い上げる。土で少し汚れた手は、傘の柄も汚すけれど、私も真人もそれに関しては何も言わない。「ほら」って言いながら、傘を寄越してくる。だから私は真人を見上げて、「男が持つもんでしょ」って返す。「この水玉模様がか?」ってきょとんとした顔で訊いてくる。 「違うよ。相合傘するときは男が持つんだよ」 さっきしないって言っただろ、なんて真人は言わなかった。「そーか」って言って、私と自分の真ん中に傘を差す。私はちょっと体を真人のほうに寄せて、傘から極力はみ出ないように歩く。思ったより傘の中が狭く感じなかったのは、真人の体が傘から半分かそれ以上、はみ出ているせいだろう。 「あの猫が、死んだ意味はなんだったんだろう」 小さく呟いた言葉。とっても小さくたって、この距離だから、真人にはじゅうぶん届いた。こちらに顔も向けず、「さあな」って言った。「俺、馬鹿だから。わかんねーや」って言った。私は、そっか、ってつぶやく。やっぱり消え入りそうな声で、呟く。そっぽに顔向けながらくしゃみを一つしたら、「変なくしゃみだな」って感想言われたから、「私くしゃみ下手なんだよ」って返した。寒い。このまま体が冷えきって、眠ってしまったら死ぬんじゃないかってくらい寒い、冷たい。すごくつめたい。つめたい場所に、きっと私たちずっといる。冷たくなった私に土を被せてくれるその手が真人だったらいいのになって、頭のおかしいこと考えた。「夕飯の前に風呂入って温まれよ」って親みたいなことを言う真人が私の隣を歩いていた。あの猫が死んだ意味はなんだっただろう。私たちが死ぬ意味はなんだっただろう。私も馬鹿だから分からないし、馬鹿だから風邪もひかないから、真人とずぶぬれになっても、真人と冷たくなっても、きっとへいき。 喪失予行演習 |