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「オネーサン、今帰り?」 いかにもな台詞が仕事帰りの夜道で背後から飛んできて、さっさと家に帰りたいのに!と眉間にしわが寄る。振り返らずに「ナンパはお断りです!私恋人いますので!」と歩く速度を上げようとしたら、その声はちょっとからかうように笑いながら「オレだよ、オレ」と後をついてきた。え、と思わず振り返って、振り返りながらも「あっこれ足を留めさせるための罠だったのでは?嘘では?」と疑ったけど、そこにいたのは確かに見覚えのある顔だったので、私は大袈裟に肩を落として脱力する。 「誰かと思えば…」 「誰だと思ったよ?」 「ただの近所の悪ガキじゃない」 「ハハッ!ひっでーの!」 これまたいかにもな「不良少年」みたいな見た目の男が、ぺちゃんこの鞄片手にてろてろ歩いて隣にやってくる。へらっと笑いながら。 嘘じゃなかった。本当に、ただのご近所さんだ。ちょっと見ないうちにでかくなってて、いつの間にやら喧嘩の強い悪ガキに成長していたけど。とはいえべつに誰彼構わず殴る怒鳴るタチの悪い不良ってわけでもないようで、こうしてたまに遭遇すると普通に馴れ馴れしく話しかけてくる、ただのヤンチャ男子高校生だ。タブン。なんかめちゃくちゃ喧嘩してる噂も聞くけど、タブン。 「夜遊び?いい御身分だねー、学生。こっちはお疲れですよ、くったくた」 「おー、お勤め御苦労様っス。んじゃあオレも一仕事すっかな」 「なあに」 「夜道のボディーガード」 一瞬言われた意味がわからなくて目をぱちくりさせる私に、水戸洋平という男の子は笑う。つい最近まで中学生だった男の子が。ふっ、と少し大人びたような笑い方で。歳の離れた男の子に対して立てるには少しばかり大きすぎる「ドキッ」の音を聞いた気がして、慌てて首を振った。ないない、十五、六の高校生相手に。いかんいかん。 「な…なっまいきだ〜!ぐーぜん一緒になっただけのくせして〜!家が近いから必然的に方向が一緒ってだけでしょーが!」 「『だけ』ってこたーないだろ。サンだから送るんだって」 「はいはいどーだか!」 「オレ結構優秀だと思うけどなァ、ボディーガードとしては」 「あのねえ、ついこないだまで中学生だった男の子に守られ……」 いや、喧嘩強いらしいし、たしかにボディーガードになるっちゃなるのか。こんな見た目の男が隣歩いてたら、へたなナンパ野郎なんて寄り付かないだろうし。言葉を言い終わる前に冷静になってしまい、文句がつけられなくなる。ふうむ、と真剣に洋平くんを見つめると、彼はまた愉快そうに笑って、私の背中をぽすっと叩いた。いこうぜ、の合図だったらしく、歩き出す彼に私も並んだ。 「で、でもあんた思いっきり制服じゃん……大人が高校生連れて歩いてるのなんかちょっと…」 「お?まだガキ扱い?」 「……まあ、弟でも連れてると思っとけばいっか」 「…ふーん」 「なにさぁ」 「大人ねえ…」 「な、なにさあ!?」 「いーやべつに」 なんかすっごいはぐらかされたけど、明らかに「いやー大人には思えませんけどねえ」みたいな言い方じゃない?ムッとして、隣を歩く男の子を睨む。たしかに私の学生時代も知ってるだろうけど、今の私は大人だ、大人!まだまだ社会における新入りちゃんだけど、一応、もう大人だ。学生とは違う。そう思ってじりじり睨むけど、相手はこっちを見ないで、つーんとしてた。なんだ?いきなり機嫌を損ねたぞ?と少したじろぐ私にお構いなしに、相手は相手のペースで「そーいや、さっき…」と目を合わせないまま話を変えた。 「『ナンパはお断りです!私恋人いますので!』って力いっぱい言ってたけど」 「そっ…そりゃあ!大人ですから。恋人、いますよ?うん?そりゃあ、ねえ!」 いや、うそだけど。そう言っとけば面倒なナンパとか振り切れると思って咄嗟に口から出た嘘だけど。なんだか大人ぶった手前、うそだとは言えなかった。うん……今まで彼氏なんかいたことない、なんていえない。私は変にどぎまぎしながら、ぺらぺらと存在しない彼氏の話をする。それを隣で、洋平くんが黙って聞いていた。 「いやーそれはもうかっこよくて、大人っぽくて、えーと頭もよくて」 「……」 「優しくて、お金も持ってて、かっこいい車乗ってて…」 「…ほー、そりゃすごい」 「そう!すっごい彼氏が…」 「んじゃあオレのボディーガードもいらねーか。そいつに迎えに来てもらえばよくねぇ?」 「へっ!?え、あ、えー…」 「優しくて車持ってる彼氏なら、惚れた女こんな夜に歩かせないもんな」 「へっ、えっ、え!?そ、それはですね…」 ごにょごにょ口ごもる私に、洋平くんが足をとめる。ぎくっとして私も足をとめてしまい、余計に気まずい思いをする。視線を泳がせたら、その泳がせた先を追うように顔を覗き込まれた。目が合う。また、「ドキッ」の音を聞いた。 「オレにしとけよ、そんなヤツより」 「…なっ、なあ…!?なにいってんの、ばか、高校生でしょ!かっこいい大人の彼氏に比べてどこが勝ってるっていうの」 「オレと付き合えば…」 「つきあえば…?」 「とりあえず『すっごい恋人いる』とかバレバレのむなしいウソつかなくて済む」 「!!! な、なんで嘘だってわかるのよお!?」 真っ赤になって叫んだら、洋平くんがゲラゲラ笑いだした。そりゃあもう、上機嫌に、大笑い。見栄をはったのがバレバレだった。カーッと火が出るくらい恥ずかしくなって、もう早歩きになって彼を置いて帰ろうとする。だけど簡単に隣に追いついてきて、私を茶化す。ああ、もう、ほんと生意気。 「ほんとオレのこと予約しといた方がいいって。近い将来マジでイイ男になってっかもよ。車も持ってさ」 「ばっかじゃないの!あんたなんか…っ、ただのボディーガードでじゅうぶん!」
心の臓を量り売り
(まだとうぶん全部はあげません!) |