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お宅のお嬢さん、なんだかガラの悪そうな男の子と歩いてたワヨ。不良かしらネ、やーネ。 そんな話をご近所さん経由で聞いたのだという。青い顔をした母と、怖い顔をした父にリビングに呼び出された。噂は本当なのか。一体その男とはどういう関係なんだ。そんなやつと仲良くするのはやめなさい。そんな子に育てた覚えはありません。――なんて、お説教を小一時間。最終的に、「洋平は悪いひとじゃないもん!洋平のこと何もしらないくせに!」と叫んだ。一人娘の初めての反抗期に、父も初めて私の頬を引っ叩いた。母は横で泣いた。 「なるほどな。どーりで頬っぺた赤いわけだ」 「……パパなんて嫌い!」 「どうどう」 「ママも嫌い!洋平のこと悪く言う人、みーんなきらい!」 「そりゃあ、大事に育てたマジメな可愛い一人娘がオレみたいなのと一緒にいんの知ったら……なあ?」 公園のブランコに座りながら、口を尖らせて足元を睨む。隣のブランコに立って乗っていた洋平が、とんっと着地した後、私の方へやってくる。頭にぽんぽん触れて、すぐそばにひょいとしゃがんだ。足を開いた、「ガラの悪い」座り方。私の顔をその低い位置から覗き込んで、くしゃりと笑う。「泣くなよ」って。堪えきれてない涙に気付かれて、私はますます泣き出してしまう。 「親御さん心配してんだろ?今日はもう帰ろうぜ。送ってくよ」 「……やだ」 「オイオイ……ちゃーん。ワガママ言うんじゃ、」 「帰りたくない……」 鼻をすすりながら声に出した言葉に、洋平の表情がからかうようなものから、困った表情に変わる。ごめん、困らせてゴメン、そんなつもりじゃないのに。そう言うべきはずの口からは、正反対の、ますます困らせるせりふばっかりが溢れてくる。 「あんな家、もう帰らない…っ!洋平と一緒にいられないんだったら、もうママとパパの娘じゃなくていい!」 「……」 「私、悪い子になる。髪染めて、スカート長くして、学校サボって、ピアスあけて、喧嘩もパチンコもできるようになるから」 「……」 「だから…っ、洋平も、私のために悪いヤツになって……どこかにさらって…」 ばかみたいなことを言ってるってわかってるのに、一度溢れてしまったら止められなかった。言葉も、涙も。もう悲しいんだか悔しいんだか、分からないけど涙が止まらない。拭っても拭っても流れてくる涙に、顔を覆った。洋平は何も言わない。ただ、あの困ったような大人びた表情で、私を見つめているのがわかる。 「……洋平は、いや?」 「…ん?」 「悪い子な私じゃ、いや?」 でも、もしそうなら、私達結ばれようがなくなっちゃうよ。イイコでいたら洋平とは一緒にいられなくて、悪い子になったら洋平に好きになってもらえなくて。そんなのって、ないよ。だから半分、祈るような気持ちだった。そんなことないよ、って言ってくれるように祈った。ぐす、とまだ鼻を鳴らしながら、洋平の顔を見る。困ったような眉はそのままに、笑ってくれた。 「まさか。好きだぜ、悪い女」 おいで、と伸ばされた手を取ることが、本当は少しだけ怖かった。どきどきとうるさい心臓をおさえながらその手を取ったとき、とまりかけていた涙がまた溢れそうになった。だけど、これでいいんだと必死に言い聞かせる。なにも間違ってない。何も怖くなんてない。だって洋平さえいてくれるなら、他に何もいらない。一緒にいられるところなら、どこだっていい。どこに向かっているのか聞かないまま、洋平と手を繋いで歩いた。 「……、…洋平」 「どうした?」 「……ううん、なんでもない……なんでもないよ」 何も聞けないまま、ただ手を引かれるままに歩く。その道は、ずいぶんと見覚えのあるものだ。どこに向かっているのか、気付いてしまったけれど何も言えなかった。どうして、って叫びだしたかったのに、何も言えなかった。ただ、ずるいくらいのやさしさに、やっぱり涙が溢れてくる。私は、洋平以上に優しい男の子を知らない。 「娘さんを連れ回してスイマセンでした。オレが付き合わせただけなんで、叱らないでやってください」 家の玄関で、私の親に向かってそう謝った洋平の声を、ぼんやりと聞いていた。扉を開ける前に、いつもきっちりと固めてある髪型をぐしゃぐしゃに崩していたのが印象的だった。そんなその場しのぎの不良隠しなんて、きっと意味なくて、だぼっとした制服とぺちゃんこの鞄ではきっと隠せやしないのに。それでも「そのくらいの気持ちだ」というのを表しているようで、私はなんだかもう、目の前の光景に何を思えばいいのかわからなくなっていた。母も父も驚いていたし、言葉を失っていたけれど、それでも何か一言二言、父と何かを喋っていた気がする。やがて小さく頭を下げて、洋平がドアの向こうに消えようとする。私のほうを見て、扉が閉め切る直前、私にだけわかるように小さく手を振った。 「……ねえ、ママ。やっぱり、洋平は悪いやつなんかじゃないよ」 私の肩を抱いた母に、ぽつりとそう言った。だって全然、悪いヤツになんかなってやくれないのよ。 (ばかやろうでじゅうぶん)
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