嫌な色の空だなあ。赤い、赤い空だ。この世の終わりみたいな色をしている。まるで血の色みたいだ。俺の手と服にもべったりついてるそれみたいだ。いやいやこれは返り血、ああ、いや、全部が全部そうってわけじゃないかな。まあいいや、いいよね、もういいだろう。あんまり言うことを聞いてくれない反抗的な足をずるずる引きずって、どうにか、刀と刀がぶつかる音と、怒鳴り声と、肉が貫かれる音と、何かが潰れる嫌な音と、その他もろもろのいろんな音から一歩一歩遠ざかる。本丸の一番奥の一室に、まっすぐ向かう。ああ、天気が良い日はあんなに綺麗に光っていた池の水さえ濁って見える。空があんな色してるせいで、天気も何もないな。光がどこにもないな。あるとしたら、俺達が隠しておいた、たったひとつ、たったひとりの、光くらい。やっと奥の奥の部屋、最後の一枚の襖を開け放って、中へ倒れるように転がり込んだ。布団に横たわって、苦しそうに息を吐いて、汗もびっしょりで、涙もぐっちゃぐちゃな、その人が出迎える。ああ、光だ。俺たちの、大事な光。

「ごめん、ごめんなさい…っ、わたし、私…」
「…泣かないでくださいよー…俺もみんなもピンピンしてますって!…あー…さすがに無理があるか」

 いつものように殊更明るく言ってあげようと思ったのに、さすがにこんな、血だらけで目の前に現れちゃあ、誤魔化せないよなあ。遠くで聞こえる斬り合いの音が耳障りだ。主さんが何度も何度も俺に謝る。俺だけじゃない。外で戦ってるみんなに。あと多分、政府とか、世界とか、いろんなものに。俺の目の前にある光が、どんどん弱まる。力を振り絞って、本丸の結界を保とうとしていたらしいけど、こうやって敵が入り込んできたっていうことは、もう結界を維持する力もこの人には残されていないらしい。だからごめんなさいと謝る。自分のせいで、絶対安全だと思っていた本丸は敵に襲われ、みんな今頃主の支援無しに、敵と戦っている。自分のせいだ、って。ごめんなさいって。泣かないで、主。謝んないで。みんな、ここを守りたくて、主を守りたくて、好きで戦ってるんだから。

「逃げて、鯰尾、おねがい…私一人が死ねばいいのに、みんな、みんなが…っ」
「何言ってるんですか…逃げるなら、主さんも一緒ですよ。貴女がいれば、いくらでもこの先立て直せるんだし…」
「ううん、駄目だよ、もう、わたしは…」

 手遅れだよ、なんて、聞きたくなかったな。涙いっぱい流して、震えた声で、彼女は言う。審神者としての、最後の力を、一滴残らず振り絞って、どうにか、時間を稼ぐからその間に、どうたらこうたら。俺は微笑んでそれを聞き流して、自分の一生懸命な説明を聞き流されていると気づいた主はすごく悲しそうな顔で俺を見つめた。これは意地悪じゃない。だって、主、無理だと思う。もう主一人の力でどうこう足止めできないですって。っていうか主が自分の命諦めるのに、俺は諦めちゃいけないなんておかしいから、だから、だからね。

「もういいよ。もういいから」

 横たわる彼女の体をそっと抱き起こす。痩せ細った体は簡単に折れてしまいそうだ。俺たち刀なんかよりよっぽど簡単に。俺にしがみつくように抱きついた彼女は、声をあげて泣き出した。その泣き声を独り占めするみたいに、俺はぎゅうっと強く抱きしめ返す。泣かないで、とは、もう言えないか。泣いていいよ。一生分の涙を流していい。貴女がこの先の人生で流すはずだった涙ぜんぶ。遠くからずいぶん乱暴な足音が聞こえる。だんだんと音が大きくなる。襖が蹴り倒される音。俺は振り返らない。主が顔を上げることもないように、強くこの腕に抱いた。
 ああ、焼かれて終わるよりずっといいかな。だって燃えて記憶が無くなって、この人のことを忘れたらすごく困る。でも俺達に来世とかあるのかな。あったらいいなあ、ねえ主さん、そうおもいません、か 。


人ってうまくできてないんだよ
(この手は貴女を抱きしめるばかりで、涙の上手な拭い方を知らないのです