きれいだなあ、と思った。写真にうつるその男の顔を、ぼんやりと眺める。嫌味なくらいに整った顔と、自信に満ち溢れたその表情、纏うオーラ。綺麗、だと思う。お世辞なく、彼のすべてが、存在が、唯一無二の輝きを持っている。凛として、目を惹く。きれい。ぴかぴかに輝くイルミネーションを見たときくらいにしかあまり口にしないようなその感想を、私は年がら年中、彼を眺めながら胸の内で唱えた。
 写真に収まっているその「きれい」に、私はそっと指を這わす。カメラの向こうのこちらの顔が見えてるみたいに、一直線な眼差し。ふたつの瞳。その上に、私は指をのせる。写真にうつる彼の、顔の右半分を、隠す。あべこべだった何かが噛み合うように、その写真の「完成」を見たような気持ちになった。どくん、と胸が嫌に高鳴る。つつ、と指を動かして、次は、左半分を。

「何にそんなに見惚れている?…ああ、俺か」

 背後、それもひどく至近距離で聞こえた、あの凛とした声に心臓が縮み上がった。首をばっと勢いよく動かすと、そこに頼城さんの顔があった。私の腰かけているソファーの後ろから、私の手元の写真を覗き込んでいた。そして視線を写真から私に移し、ふっ、と笑う。からかうようなものではない。何かを含んだような笑いではないのだ。それでも私の心臓は悲鳴を上げた。甘酸っぱい悲鳴なんかではない。ときめく音もしない。ただ、ただ、申し訳なさとか、罪悪感とか、恥ずかしさで今すぐ彼の視界から消えてしまいたくなる。

「ご、ごめんなさい…!」
「む?何を謝る必要がある」
「…、…だって…」
「俺に見惚れるな、などと無茶を言うはずがないだろう?これは…この間のPRイベントのときの写真か。上手く撮れている」
「……頼城さん」
「コソコソこんな写真を大事に眺めなくとも、君の頼みならいくらでも被写体になるというのに」

 するりと私の手から写真を取り上げると、頼城さんはそう言って、ポーズはどうだ角度はどうだと上機嫌に話した後、まあ美しさには変わりないか、とまとめて満足げにうなずいた。部屋の中を移動した末、私の向かい側のソファーに座る。その間にも、私は心が落ち着かない。どうして部屋に入ってきたことに気付かなかったのか。どうして背後からみられていたことに気付かなかったのか。嫌な汗をかく。唇をかんで、覚悟を決めて、もう一度告げる。

「ごめんなさい」

 二度目のその言葉に、頼城さんがぴたりと唇も、表情も、固める。

「…怒ってなどいないさ。何もな」

 そう言って、少し眉を下げた。居心地悪く肩を縮こませる私に困ったように、頼城さんは続けた。「君が謝る必要は無い」と。それから、私から取り上げていた写真に視線を落とす。先ほどの私を真似て、指をのせた。彼の指先を目で追うだけで、わかる。覆い隠したのは、写真の中の、自分の顔の右半分。その指を少しずらし、今度は左半分。

「ふ…、なるほど。こうして隠せば、たしかに」
「…」
「左右の瞳の色の違いのない、俺の姿を見ることができるな」
「…ごめんなさい、不快な思いをさせて」
「何度謝る気だ?君は」
「だって、失礼なことだったと思うから」
「まさか」
「頼城さんは、黄金の瞳に誇りを持っているのに」
「ふむ。まあ…君が、そんなにミュータント手術を施す前の瞳の俺に恋い焦がれるというのなら、些か複雑な思いはあるが」
「そういうわけじゃ…ないです」
「…そうか」
「……そのオッドアイが、きれいで、きれいすぎてこわいなって、たまに思っちゃうだけです」

 言わなくていいことを、どうしてか今、口にできてしまう。頼城さんは黙って私を見ていた。そのふたつの目で、見ていた。一つは、本来の頼城さんの綺麗な青。もう一つは、ミュータント手術による副作用の、綺麗な黄金。人工的なアシンメトリー。

「…そう恐れられても、残念ながら君の前で片目を覆い隠すことはできない。君を見つめるのに、瞳は一つでは足りないからな」

 そんなふうに少し茶化して、笑う。茶化してなどないさ本気だよと言いそうなのが、ずるい。どこまでも優しい。私を甘やかすことに長けた人だ。持っていた写真をテーブルの上に置くと、頼城さんは私のすぐ隣へ移動した。二人掛けのソファーだ。逃げ場はない。首を動かして、顔を上げれば、そこに頼城さんがいる。それでも私はなかなか顔をそちらに向けられない。こんな話のあとに、どんな顔をして彼の「瞳」を見ればいいのかわからなかった。



 名前を呼ばれただけなのに、こっちを向きなさい、と言われている気分だ。私はおずおずと彼の顔を見た。目が合う。ふたつの目と。黄金の瞳は、ラ・クロワのヒーローの証。平和のために身を挺した者の勲章。誇り高く綺麗な黄金。本来の彼の持つ瞳とは違うその色を、たまに私は恐ろしくなる。彼のほんとうを、見つめることなど、背負うことなど、私にはできないという事実を、ずっと突き付けられているような、そんな気持ちになる。だけどその黄金の瞳を含めて、揃えてこそ、「頼城紫暮」という男が完成しているのもじゅうぶんわかっている。わかっているはずなのに、たまに私は、半分に欠けた彼を、見えない部分は補完しながら、頭の中で創り上げては、嘆息する。そんな自分を軽蔑する。目の前の彼をそのままに受け入れられない自分に腹が立つ。

。瞳の色は、今は関係ない。今俺の両眼は、君を見つめるためだけにある。この瞳に見つめられるのが恐ろしいというなら、目を閉じればいい。キスをするときは、そういうものだ」

 私は彼にそんな自分を軽蔑してほしい。けど彼はしない。そのぬるま湯みたいな愛情が、本当は一番おそろしい。



そのさまは
うつくしい
人間です