視界が真っ暗なのは、電気を消されたからじゃない。目元を覆う黒い布は、あまり痛くないようにか、やわらかいものだったけど、それでも、視界を奪うためのものに他ならない。

「こ、これ、いつ外してくれるんですか……あと手錠も…」
「え?外さないよ?」
「えっ!?」
「今日はこのまま、最後までするの」

 恐ろしく優しい声のまま、とてつもなく無慈悲なことを口にする。その声の主が今自分をどんな表情で見ているのかすら、僕には分からないのに。すっかりいつものペースだ。いつも通り、さんに、されるがまま。少し腕を動かすと、自分の頭上では、さんのお気に入りの手錠がかちゃかちゃと音を立てる。僕の手首を、拘束している。シャツのボタンはすでに外されて、脱がされてる。あと、ズボンも。下着は、まだかろうじて身に着けている。手錠で繋がれて、ほぼ裸で、腕は動かせない。あげく、目元は布で縛られて、目隠し。アブノーマルすぎる状況。こんなことを平気でやってのけてしまうのが、さんだった。僕の、かわいくて、少し……困ったひと。

「怜だってドキドキしてるでしょ?嫌じゃないよね?」
「……っ、それは、不可抗力ですよ!そりゃあ、ドキドキ緊張もします!目隠しされるとどこから何されるのか分からなくて心の準備ができないというか…!」
「いつもよりドキドキできていいじゃない」
「そ、そうじゃなくて!……その、真っ暗で、見えないと……」
「なあに?」
「その……こわいんです、よ…っ! ちゃんと、いてくださいね……置いて、とか…嫌ですから……」

 格好悪い声が出た。縋るような、情けない声。いや、もう、この状況からして今更格好悪いも何もないけれど。だけど事実、少し怖い。視界が奪われて、手錠で繋がれて。もし今本当にさんがここに僕を放置してどこかに行ってしまったらと思うと、急激に心細くなる。僕の言葉に、さんが黙り込む。その沈黙すら、今の自分には耐え難い。さん、って名前を呼んだら、僕の胸にそっと他人の手のひらが添えられる。ぴくりと体が一瞬跳ねたのが自分でもわかるけど、でも、その手のひらの感触にほっとする。ちゃんと、そこにいることがわかる。

「…ごめん、怜。怖がらせちゃってるね」
「あ……いえ、その…責めるわけではなくて、ですね…」
「大丈夫。どこにもいかないよ。こんな格好の怜を置いて、離れられるわけないでしょう」
さん…」
「こんなにかわいい格好してるのに、我慢できるわけない…」
「……さん?」
「大丈夫。安心させてあげられるように、ずっと触ってるから」

 そう言って、僕の肌の上を、さんの手のひらが滑る。ぺったりと手形をつけるように触ったかと思えば、指先だけで臍のまわりをなぞったり。視界が奪われている分、意識がその手の感触に集中してしまって、ただゆっくりと触られているだけなのに、へんな感覚だ。なんだかやっぱり、いつも以上に、どきどきする。というか、ぞわぞわ、する。油断すると変な声が出る気がして、だけど我慢するほど自然と息が上がっていくような、ああもう、頭の中がぐちゃぐちゃだ。

「…っ、ふ……ぁ、…ン、…うぅ……、さん……」
「なあに?」
「さ、さわりかた、へん…です…っ!」
「そう?怜が敏感すぎるんだよ」
「…な、」
「でも仕方ないよね。目隠しされると、視覚に頼れない分、他の感覚が鋭くなるっていうし」
さん、それ……―っ!?」

 胸の先を、指の腹ですりすりと擦られる。視えなくても、さんが笑っているのがわかる。胸を触られるのは、苦手だって、いつもいってるのに。(胸で気持ち良くなってしまうっていう事実を叩きつけられるのが、自分の体がおかしくなっていくみたいで、怖い)(この人といつもこういう行為をしているのに今更、だけど)息が上がって、ますます全身が熱をもっていく。ただ「みえない」っていうそれだけなのに、いつもよりぐんと、

「興奮、してる?」
「ひッ…ぅ、ちが…っ、んん! は、…ぅ、さ、っやだ、ぁ…」
「今の甘えた声、すごくかわいい」
「ふ…っん、ん…!」
「あ、ずるい。声おさえようとして……ね、怜の…勃ってる。見えなくてもわかる?自分で今、そこがどんなふうになってるか」
「っあ…、や、です…見ないで…!」
「やだ。見ちゃう。じーっと」
「〜っ!い、やだ、さん…っ」
「私、見てるよ。怜の恥ずかしいとこ。見られてるの想像して、嬉しくなっちゃった?」
「うれしくなんか…、」
「だってまだそっちは触ってないのに、私の言葉聞いただけで本当にそんなになっちゃうなんて…かわいい」

 かあっと恥ずかしさで顔から火が出そうになる。さんははったりのつもりで言ったのかもしれないのに、そんな、言葉だけで、とか、本当に自分が変態みたいじゃないか。悔しいんだか情けないんだか、もう本当に感情がぐちゃぐちゃになって、涙が出そうだ。だけど事実、自分の下半身に熱が集まっていくその感覚には覚えがある。それに、見られてるのも、わかる。さんが視線だけで僕のそれを嬲っていく。ぞわ、と背筋に走るものに、思わず腰が浮きそうになった。

「あーあ、ごめん、もう脱いじゃおっか。先走りで下着にしみができちゃう」
「……っい、じわる、わざと言って…」
「ごめん。でも……怜だけじゃないよ。私も、かわいい怜のこと見てるだけで下着の中ぐしょぐしょになってるから…」
「え、…あ…」
「私も脱ぎたいな…今日はもう、自分で全部脱いじゃうね」

 途端に、違うどきどきで心臓がうるさくなる。見えない、けど。緊張で、ごく、と自分の喉が鳴る。見えない。脱ぐのを手伝うこともできない。情けないのに、それでも、見えない分、想像してしまう。ぱさ、と自分の胸に何か落ちる。浅ましいくらい、変に想像力が働く。

「ブラ外した。今日はねえ、黒いの」
「…い、いです、いっていただかなくて、だ、大丈夫です…から」
「下も黒だけど……ん、もうやっぱり濡れてる。脱いだら、すーすーする」
「〜っだ、だからぁ…!」
「ねえ、怜」

 のしっと体の上に体重がかかる。さんが僕の上に、そのまま、やわらかい体を押し付ける。感触に、想像ばかりが膨らんで、心臓があいかわらずうるさい。

「手錠、外そうか」
「あ…そうしてもらえると、助かりますけど…」
「でも目隠しはそのまま」
「う…」
「じっとしてて」

 気配で、さんが僕の顔の近くまで距離をつめたのがわかる。しばらくして、手首を引っ張られる感覚から解放され、ほっと息を吐いた。そして思わず、手探りでさんに触れる。僕の上に覆いかぶさってることはなんとなくわかったから。指先で触れた場所から、想像する。背中、肩、頭の後ろ。くすぐったさに笑う声に、小さく謝る。でも、見えない中、自分で触ることができるのはやっぱり安心する。ぎし、と自分の頭の近くにさんが手をついたのを感じて、首を動かした。今、ひどく近い距離にそこにいる彼女は、どんな表情で、何をしようと、僕を見ているんだろう。

「怜、くちあけて?」
「えっ?…えっと……んむ、っ?」

 少し疑うように小さく開けた口の中に、やわらかい感触がふってくる。一瞬、驚いて、でもやっぱり、想像力は、仕事をしてしまう。やわらかいその尖りに、そっと舌の先を押し付ける。その瞬間、すぐ近くでさんが甘く呻いた。途端に、頭が真っ白になる。ぞくぞくと、この行為に酔わされてしまう。

「…ん、…」
「あッ…ん…怜……そう、もっと…舐めて…?」
「は、……ふ、ぁ…」
「…あ…っ…怜の舌、あつい……ン、かわい…怜、赤ちゃんみたい…もっと、ちゅうって、して……ッあ!」

 唇に触れるやわらかさに、思わず音を立てて吸い付いた。赤ちゃんみたい、とか、からかうような言葉に煽られても、やめられない。舌先で転がして、溜まった唾液でくちゅくちゅいやらしい音が立つ。自分の頭上で、さんが息を詰まらせた。怜、れい、と呼ぶ名前も、悶えるような甘ったるい声に変わる。その声を聴いているだけで、我慢がきかなくなる。体の奥が疼いて仕方ない。はやく、もっと深いところで繋がりたい。それはさんも同じなのか、僕の体に自分の体を猫みたいに擦りつけてくる。肌と肌が触れ合う心地よさに、頭がぼうっとして、おかしくなりそうだった。

「…っは、あ…さん、もう……ッ」
「ん……うん、待って……準備、してあげるから…」
「……、…あっ!?ちょ、ちょっと待ってください!」
「え…?」
「準備って……僕がやることじゃないですか…!目隠し、外していいですよね…?」
「怜がやること?」
「で、ですから…さんの、もっと触ったり……、……コ…ンドーム、つけたり…」

 今更、ってまた笑われそうだけど、その名称を口にするのもなんだか、かあっとなってしまって、いまだに慣れない。小さい声でぼそぼそと、ではあるものの、そう主張したら―…さんはなんでもないことみたいに、当然みたいに、「いいよ、そんなの」と言った。さあっと血の気が引く。それはいくらなんでもよくない。僕が焦って何か言うより先に、さんが笑う。ああ、ごめんごめん、って、くすくす。

「違うよ?つけなくていいよじゃなくて。私が着けてあげるから、怜は何もしなくていいよって意味」
「……え、い、いいです!!僕が自分で…っ」
「べつに今までだって私が着けてあげたこと何回もあるでしょう」

 言うが早いか、一度自分の体の上からさんの気配が遠ざかって、また戻って来てぎしっとベッドが揺れた直後、下着に指がかかった。あっという間に脱がされて、「そこ」に細い指が触れる感触に、思わず息が詰まる。

「…ぁ…く、…っはあ、さん……ず、るい、です……僕ばっかり、情けない…の、」
「もう……ゴムつけるのに情けないも何もないよ、怜。かわいい」
「か、かわいいって……」
「うん。上手につけられた。安心して?」
「……はあ…ありがとう、ございます……、…でもまだ、さんの…」

 さわって、ないのに。このまま挿入するなんて、つらいと思うから。ちゃんと慣らさないと。そう思って言ったのに、またやんわりと「いいよ」と制される。いいわけない、と僕が手探りでさんに触れる。太腿、だろうか。柔らかいものに指先が当たる。ベッドが少し軋む。布越しに感じる気配に、はっとした。

「大丈夫だよ、怜。私……怜がかわいいと、それだけで…本当に……んっ…」
「…、…さん、いま……」
「わか、る?……今、私、怜の体に跨って…怜のこと、見下ろしながら…はぁ……っんあ、ン、自分の、指で…っ」
「っ!な…」
「はあ…、はっ…あぁ、怜、かわいい…っ、目隠しされて、私の、下になって…すごい、興奮する…」

 自分が、好きな人のそういう対象で見られていることだってそもそも恥ずかしいのに、わざと僕を余計に追いつめるように、そんな恥ずかしい台詞を、切なげな声で。ああ、もう、本当に、そういうところが敵わない。羞恥心で耳を塞ぎたくなるくらいなのに、視界を閉ざされた今、代わりに聴覚が優秀な働きを見せる。さんの吐息に混ざって聞こえる、微かな水音。くちゅ、って、濡れたところを指で掻き回すみたいな、その音。想像してしまう。僕のことを、熱っぽい視線で見つめながら、自分の指で、乱れて…そんな姿。妄想だけで、自分の体に火がつく。もう、はやく、って、声に出そうな叫びを必死に押し殺した。けれどその直後、自分の性器にさんの指が触れる。視覚に頼れない僕にとっては本当に何もかも唐突で、びくんと体が反応してしまう。しかも、その、先端にやわらかい肉の割れ目があてがわれる。ちゅ、と吸い付くような感覚に、息を呑んだ。

「待っ…て、ください…!さ、」
「…ん、やだ…はぁ、待たない……もうこんなに、ぐしょぐしょなのに……んッ!んあ、あぁ…っ」
「っうぁ―、ッ!」
「あ、んっあぁ…!はあ―っ、は、ン……ぜ、んぶ…根元まで…」

 ゆっくりと、でも待ったの声なんて聞かずに、さんが腰を下ろして、僕のそれを咥えこんでしまう。さんのなかがあつくて、とけてしまいそうなくらいで、思わず漏れる声を抑えられない。挿れただけでこんなに気持ちがいい、とか、本当にこれだけですぐ頭が真っ白になってしまいそうだった。さんの、顔が見たい。乱れた呼吸のまま目元の布に手を伸ばしたら、さんが、繋がったままぐっと体重を前にかけて、その手首を掴んだ。

「…っ、目隠し、もう…外させて……ッ」
「ん…ん、だめ…」
「お願い…ですから…っあ、ぅ、うぅ…さん、顔、見たいです…」
「だぁめ…ぇ、ン!ふ、あっ」
「だ、だって…っへんなんです、いつもより…きもちよくて、怖い、からぁ!あっあ、」

 抗議の声に混じって、自分のものとは思いたくない声が自分の口から零れてくる。さんが、僕の上で腰を動かす。そのたびに繋がった部分から聞こえるぐちゅぐちゅといやらしい音に、耳まで熱くなっていく気がした。もう、目じゃなくて、耳を塞いでほしかった。何も見えない中で、ただただ「きもちいい」という信号だけが脳にびりびりと伝わってくる。それが強烈すぎて、よすぎておかしくなりそうで、もう何にしがみついて堪えればいいのか分からない。

さ、っあ!ぅあ、ン、う…っん、なに、動いたら…すぐ、ッだめ、です…っだめ、」
「はあッ…あっ、怜、いいよ、何も考えないで…きもちよく、なって…ッあン!あっ、おく、あたって…」
「あ、んぅ、く…ッや、です…う、目隠し、したままじゃ…」
「どぉ、して?はっきりわかるでしょ、わたしの、なか、ンっ!いつもより、敏感に、」
「んん!さん、動くの、待っ…―ぁッ!」
「あ、アぁ!んあ、あ―っきもちいの、いいとこ、あたってる、の…っれ、え、すきぃ…」
「――っ」
「すき、ぃ…っ!」

 すき、って、今!反則だ、そんな、声で! その二文字を聞いた瞬間、どくんと大きく心臓が跳ねて、体の中の熱も、血も、感情もぜんぶ、ぎゅうっと一点に集まって、爆ぜたような感覚だった。ぶるりと腰が震えて、快楽のままに吐き出したような恥ずかしい声が、閉じきらない唇から零れる。だけどそれはさんも同じで、きゅうっと中が縮こまって僕のものを締め付けて、一際切なそうな声で僕の名前を口にした。その声が反響して、まだ頭がくらくらしそうだった。息が整わない。しばらく、部屋には僕とさんの呼吸音だけが聞こえていた。

 ふと、胸にさんが倒れ込んでくる。僕の目隠しに、手をかけた。しゅる、とそれがやっと解かれて、視界が開ける。すぐにその視界が、愛しい人の顔でいっぱいになる。とろんとした瞳。せっかく戻ってきた視界を名残惜しく思いながらも、僕は目を閉じた。

「ん…っ」
「……ふ、ぁ…んぅ…」

 唇が重なり、舌が入り込んできて、少し息苦しいキス。舌を絡ませて、ちゅうっと音を立てて吸い上げて。頭の中がぼうっととけるようなキスを、繰り返す。唇が離れていったとき、そっと目を開ける。僕の好きなひとが、鼻がくっつくくらいの距離で笑う。いたずらっぽく、だけど、それがたまに少し子供っぽい笑顔にも見えて、どうしたって嫌いになんてなれなくて、むしろ「好き」って感情がどんどん募っていく。もうずっと前から。だけど、きっとこれからも、天井なんてわかんないくらいに、その感情には終わりが見えない。

「好きです、さん」

 だからちゃんと、目を見て、言わせてください。(恋にくるえば//2020.12.14)