「私ね、好きな人ができたの。リルカ」


その一言を、大好きな女の子の口から聞いた。あたしは、大きな声で「はぁ!?」と驚くことも、相手を突き止めようとすることも、ましてや笑顔を浮かべて「おめでとう」なんて言いもしなかった。ただあたしは彼女の顔を見て、石にでもされたように固まった。気付くと口は半開きで、何か言いたそうにしていた。意地悪するように、あたしはあたしの唇を裏切って、声なんて発してやらなかった。だけどしばらく経って口の中が、喉のおくが、胸のどっかが、乾ききったあたりで、声を発した。「そう」と、一言。考えた。その続きを。「どうせろくな男じゃないわ!あんたの趣味なんて!」そう言ってやろうと思った。子どもみたいに、どんなやつなのよとひやかしてやるつもりだった。だけどあたしは何もしなかった。何も言わなかった。は笑ってた。

それから彼女は、話題に困るたび「彼」の話をするようになる。あの人はとても優しい、かっこいい、素敵だ。あたしはなんだか無性にやるせなくなって、なるべくにその話をさせないようにした。話題に困ったときにソレが始まるから、いつだって話題に欠かないよう細心の注意を払った。彼女がふと口を開こうとするとき、それより先にあたしが話した。彼女は嫌な顔一つせず、「リルカってばおしゃべりだね」と笑った。あたしは胸がもやもやした。どうしてこんなに嫌な気持ちになるのか分からなかった。べつににイイ出会いがあったから妬ましいわけじゃない。あたしにはそんな出会いないのに、なんてムッとしたわけじゃない。むしろ全く逆だった。あたしは、の口から他人の名前を聞くのが嫌い。今まではずっと女の子の名前だった。あたしがの一番の友達だと思っていたから、ちょっとでも別の女の子の話をするとむかむかした。あたし以外の誰かと遊ぶなんて嫌だった。だってあたしの一番はだったから、の一番だってあたしのはずだとどこか勝手に決め付けていた。はあたしのことが好きだといったし、あたしが他の女の子にヤキモチやくと、「リルカのほうが大切だよ」と言った。あたしはそれが嬉しかった。それだけで、彼女をひとりじめできた気でいた。

だけど、「好きな人」はどうだろう。友達ではなかった。女の子でもなかった。男の子だった。それだけで途端に、不安になる。あたしは所詮、女の子の友達の中の一番でしかない。友達と好きな人は違うものに分別されるのだと思った。どれだけ一番を願っても、そこには壁があって、違う一番に「彼」がいる。の頭の中に、あたし以外の誰かが。離れていくのだと思った。あたしからが。あたしのものだったの頭の中の居場所は、半分くらいに縮められて、その空いたスペースにきっと違う誰かが入るんだ。そう思うとぞっとした。あたしのものじゃないってなんだ。そんなのあたしのじゃない。


――欲しいものは隠しちゃえば自分のもの。


耳元で誰かが囁いた。紛れもなくあたしの声。七歳のあたしが囁いた。手に入れたいなら隠せばいい。隠したものは全部あたしのもの。七歳のあたしはとびきりの笑顔でそう言う。誰にも見つからない、小さな部屋で、あたしが彼女の全てになる。一瞬で想像できた。ふっと頭の中に、その光景が浮かんだ。小さくなったを、あたしだけの宝箱の中で、大事に大事に可愛がる。それはとても素敵な提案に思えた。―――違う、それは七歳のあたし。そんなバカな考えが浮かんだのは、七歳。そして、取り返しつかなくなる。すぐに想像を振り払った。恐ろしい。どうしてそんな想像ができたのだろう、さんざん懲りたはずなのに。あたしはぎゅっと唇を噛んで、ばかじゃないのと自分に言った。


なら大丈夫よ、きっとすぐに相手もを好きになるわ」


自分の頭の中をめちゃくちゃにして、バカな妄想も踏みにじってやりたくて、わざとあたしはにそう言った。は、初めてあたしからの応援の言葉をもらって、照れくさそうに、嬉しそうにはにかんだ。案の定、あたしの心はズキズキと痛んで、ぼろぼろにくずれて、ひとりになってから涙が止まらなかった。ひとりになったんだ。は今に、あたしのことなんかどうでもよくなる。恋に夢中になる。あたしはのことを考えれば考えるほど胸が痛くなった。苦しい、苦しい。その間にも、耳元で悪魔が囁く。「隠しちゃえ」と。「ひとりじめしちゃえ」と。吐き気がした。あたしを苦しめているのはあたし。


渡したくない、渡したくない。他のヤツになんか渡したくない。あれはあたしのものだ。嫌だ、渡したくない。誰にも渡さない。あたしだけを見ていてほしい。宝箱の中に閉じ込めて、あたしが毎日お菓子を運ぶから、ちゃんと面倒を見るから、ひとりじめさせてよ。あたしにちょうだい、あたしがほしいの、全部欲しい。―だけど、怖い。七歳のあたしは好きな人を隠して、結局その人に怯えられて、嫌われて。「ひとりじめ」ってそういうことだ。どれだけこちらに愛があっても、重すぎて、相手を押しつぶす。あたしの「力」は、本当に「かくせる」んだ。ひとりじめして、とじこめて、隠せる。相手からすれば、意味の分からない、気味の悪いこと。そりゃあ、怯えるだろう。

だから、繰り返さない。渡したくないけれど、はあたしのものじゃない。あたしのものにしない。だってあたしはが好きだ。が幸せになるためだったら、いいんだ。あたしの力は、好きな人に嫌われるためにあるのかもしれない。そう思った。だってこの力さえなければ、「ひとりじめしよう」だなんて簡単に思えるはずがない。






「リルカ、リルカ聞いて、助けて、助けて」


彼と上手くいったのだという話を聞いて数ヶ月だった。彼女はぼろぼろになって、あたしの元へ泣きついてきた。あたしは頭が真っ白になった。泣きじゃくって真っ赤になった瞳も見ていられなかったけれど、それ以上に、赤く腫れ上がった頬が痛々しい。あたしは呆然として、その場に尻餅をつく。はその上から覆いかぶさるように抱きついてきた。泣きながら、喧嘩の理由を説明していた。だけど泣いていて何を言っているのか聞き取れなかったし、あたしは聞き取ろうともしなかった。あたしが感じたのは怒りじゃなかった。ただ、手が震えた。そうしてすぐ、唇が震えた。笑ったのかもしれなかった。泣きつかれたは、何も言わないあたしに、「リルカ?」と声をかける。今度こそ自分が笑っているのに気付く。(ひとりじめする理由、見つけた)

あたしだけだ。あたしだけが守ってあげられる。彼女を苦しめて傷付ける人間全てから、あたしだけが。







 レ
  ン
  マ




あたしはを力いっぱい抱きしめる。七歳のあたしが、宝箱を抱えて悲しそうな顔をしながら待っていた。120118