、そっちまだ終わんねーの?もう定時なんですけど。残業?」
「んー。サービス残業」
「うっわ、マジないわー」

 嫌な響きだ。「サービス残業」。俺が背後で肩を竦めてるのなんてお構いなしに、はシネマティックレコードのフィルムをつまみあげては、丁寧に、そりゃあもうご丁寧に、ワンシーンも見逃すまいとするように目を通していた。そこまで細かく目を通す必要なんて無いと思うけど。そんなツッコミも言い飽きた。これは彼女の悪いクセだ。

「なに、今日合コン?先に帰っていいよ、ロナルド」
「あのさあ、そんな楽しい?人間の走馬灯眺めるの。女子で回収課希望ってのも珍しいけど、陰気くさ〜って思われね?」

 そこでようやくが顔をこっちに向けた。真っ黒の髪と野暮ったい眼鏡の奥で、黄緑色が光る。じっと、自分と同じ黄緑の目玉を見つめてきたかと思えば、ふいっと興味なさげに逸らして、「ロナルドが合コン楽しいって思うのと同じくらい楽しい」なんて言った。ほっほーう。一緒にしてくれちゃいます?そこ。ちょっと棘を含んだ言い方に、俺も少しだけムッとして、が持っていたフィルムをひょいとその手から抜き去った。

「たまにはちゃんもどうよ、合コン。行ったことなさそーだから楽しさがわっかんないだけだと思うけどなー」
「行ったことあるよ。庶務課の知り合いに無理矢理連れてかれた」
「げっ、マジ!?」
「べつにおもしろくなかったけど」
「そりゃーメンツが外れだっただけっしょ!あーもったいな!俺がいたら絶対盛り上げてやったのに」

 言いながら、ざーっとレコードに目を通す。うんうん、はいはい、おっけーおっけー異常なし。まあマジでめったに異常なんか無いけど。「はい、審査完了」きちんとリストに書き込んでから、の顔を見る。不満げ。そりゃ楽しみを取られたんだからそんな表情にもなるだろうけど。

「今のでラスト?」
「……あとひとり。でも私にやらせて」
「はあ。さすが『趣味・人間鑑賞』」
「それを言うなら『人間観察』でしょ」
が見たいのは走馬灯劇場だけっしょ。映画鑑賞みたいなもんじゃん」

 どんな感動的な内容でも、最後はデッドエンドで終わる。どんな陳腐な内容でも、悲惨な内容でも、等しく、終わりはおんなじ結末。合コンより楽しいか?いや絶対合コンのほうが楽しい。俺はやれやれと溜息吐いて、の隣にしゃがみこむ。さっさと置いて帰らない俺に少し引っかかる表情を見せたのは一瞬で、すぐにはレコードに視線をやった。その顔をしばらく眺める。ああ、あとどんくらい時間かかるかな。そのレコードは結構若めの男だったから、すぐ終わるか。いや、でものことだしな。じっくり見始めちゃったりしたら、はあ、ああもう、あーあ、つまんな!そんなに熱心に見つめちゃってさ、俺の方がイイ男だと思うんですけ、ど!(なんて、)

「あーーやっぱ俺が代わる!先に帰る支度しとけって!」
「ちょっと、ロナルド!」
「俺がもっと楽しいの見せてやるから、はいこっちに渡す!」
「はあ、楽しいのってなに」
「フツーに映画」
「はあ?」
「だから、映画!このレコードより絶対楽しいヤツ!」
「そんなの分かんないじゃん!」
「いや分かれっつーの!俺はデートに誘ってんの!」

 三回目のの「はあ?」は、声が裏返った。あーくっそ何この全然カッコつかない誘い方。むかつくんですけど。のくせに。いやもっと俺だって上手く誘うつもりだったし。だって全っ然俺のほう見ないし。俺と過ごすより人間の走馬灯見てる方が楽しいらしいし。だんだん意地になってくるじゃん。俺が、楽しいこと教えてやりたいのに。俺が、ともっと過ごしたいのに。仕事以外の時間でも!

「だって、ロナルド……合コンは?」
「ありませんー。あるなんて言ってまーせーんー」
「……はあ、そう……先に言ってよ、そういうの……」
「……え、もしかして気にしてた?」
「してませんー!……でも合コンは一回あるけどデート誘われたのは初めてだなって」
「マジ!?俄然やる気出てきた」
「なんでよ」
「なんでも!」


MILABO