ハンバーガーショップでバイトしているときのことだ。ここの店のハンバーガーはぺしゃんこすぎる、メニュー表と全然違う、写真詐欺だ、とクレームを言ってきたデブがいたので、うるせーなこのデブだからデブなんだよデブと思いながら謝った。下手に出たら相手はかなり調子に乗って、大声を出し始める。他の客からの気の毒そうな視線。チーフか店長呼んでくれないかな~と思ったが周りのバイトは誰も助けてくれない。そのうち、クレーマーデブの後ろから別の知らないデブが割って入ってきた。仲間か?加勢入んのそっちかよ、と思ったが私は声には出さず、さらに肩を縮こませる。デブってデブってだけでみんな同じような顔に見えるな。みんな似てんだよな。しかし後から入ってきたそのデブは、私ではなくクレーマーデブの方を鋭い視線で射貫き、口を開いた。

「レジの人間に言っても時間の無駄だと思わないのか?消費者としての意見を持つのは大いに結構だ。しかし意見を言いたいのなら今ここで女性店員に対してではなくしかるべき窓口に問い合わせろ。そもそも、そのハンバーガーの厚みが気になるというならばいい解決法がある。一つ多く買って重ねて食えばいいだけだ。お前にその経済力と心の余裕が無いことを大声で喚き周囲に晒していることを恥じたらどうなんだ。それよりお前のせいで後ろがつかえている。注文が終わったならさっさと退け」

 ぽかんとした。私にイキリ倒してたクレーマーデブはその人物の迫力に圧倒されて、脂汗いっぱい滲ませて、はひゅっ!って言いながら横にずれた。ずいっとはねのけるように一歩前に出て、私の顔を見たその「助けてくれたひと」は、何事もなかったように、凛とした声で言った。

「ハンバーガーを18個」
「……あ、はい」


 結局そこのバイトはあんまり長続きしなくて辞めた。というかクレーマーがマジで多い。クレーム対応ってやつが私は壊滅的に下手らしく、最初は頭を下げられるんだけどだんだん「何言ってんだこいつ」と思ってしまって、一回マジで「何言ってんだお前」って無意識に声に出してしまってめちゃくちゃ怒られたのでやめた。あ、はい、これはクビってやつだ。クビになって辞めた。しかしクレーマーのことを考えるとムカムカ嫌な記憶ばっかり思い出すけど、そのたびにあの「助けてくれたひと」のことも思い出す。めちゃくちゃ丸いフォルムだった気がする。べつにかっこいいって見た目ではなかったような気がする。けど、なんだかあの日の体験を思い出すと、不思議と心がすっとする。スカッとじゃぱんに投稿するべきかもしれない。

「いらっしゃいませー」

 そんなこんなで私は懲りずに今度はフライドチキンを売るバイトをしている。クレーマーはどこにでもいる。けどなんとなく私は負けない気がするのだ。あの日のことがあるから。あのときの、あの男の、あの言葉と毅然とした態度を思い出すだけで、この先ずっと大抵のクレーマーはあしらえる気がする。いやあしらっちゃだめなのか?謝罪しろって?

「ご注文、…、…?」

 ふっと並んでいた客の顔を見たときに、不思議な感覚が襲った。そこにいるのは普通の、男性客。まあ丸い。チキンひとりで20個くらい食いそうな体型をした人間。知り合いなわけでもない。でも、なんだか、よくわからないけど「あれ?」となった。
 その感覚は、私だけではなく相手にも伝わっているのかと思うくらい、相手も目を丸くして私を見ていた。あれ?って言いたげな顔。あれ?なんだろう。変な感じだ。誰かに似てるとか、知り合いに似てて思い出せないとか、そういうんじゃなくて。なんか、ただ、「あれ?」なんだ。上手く言えないけど。

「……あ…ええと、オリジナルの12ピースをふたつ、骨なしが5個、スパイシーが…」
「あっ、はい、ええと、ええーっと」

 あたふたとレジを打とうとしたのに、なんだかその「あれ?」って気持ちが抜けなくて、全然頭が働かない。メニュー表を見て、レジの画面を見て、でも、視線がすぐに、客の顔に向かう。体とおんなじ、まるい顔。なんだかちょっと居心地悪そうに、躊躇うように、相手の視線が泳ぐ。いや、うん、あんまり見たら失礼だよな。深呼吸して、きもち切り替えて、いざ、とレジの操作に戻ろうとした、そのとき。

「…ゆ…ゆっくりでいいよ。ボク、急いでないから…」
「…………」
「……」
「…………まえ、に」
「え?」
「あのとき、助けてくれたひとですか?」

 見た目、は、体型はたしかに一緒だけど、そんなのあてにならないし。顔も、あのとき助けてくれたひととは違う。雰囲気だって、言葉のやわらかさだって、違う。ほとんどぜんぶ違う。だから自分でも何を言っているのか分からなかった。でも、自分が口にした「あのとき」が、どのときなのか、分かっていた。だけど相手が、私の言っている意味を理解できるとは到底思えない。目の前の彼が、目をまんまるにする。口だって思わず開いて、本当に、心底驚いている顔をしていた。

「あのときは、ありがとうございました。お礼を、ずっと…」

 そうだ、ずっと、本当は言いたかった。心のどっかでじくじく後悔していた。あのときすぐに、口にしたかったのに、出てこなかった。「ずっと……」

「あ、いたかっ…た」

 自分で自分の言葉が他人事のように聞こえて、口を押さえた。目の前のそのひとが、何か言いたげに唇を動かす。なかなか声にならない。何故かわからないけど、きっとこの後「人違いだとおもうよ」と言われるとわかっていた。何故かわからないけど、その言葉が嘘なのだとわかっていた。


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