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「ほんっと沙織は料理上手いよねえ。特に私、沙織の肉じゃが大好き!」 「ほんと!?ふっふっふー、やっぱりモテる為には女子力だよね、肉じゃがだよねっ」 「いやまあ男の子は女の子の手料理カッコ肉じゃがが好きっていうのは迷信かもしれないけどー、私は好きだよ」 「迷信って言わないでよー!までぇ!」 武部沙織は男の子にモテたい普通の女子高生である。そんなナレーションが入ってもおかしくないほど、沙織の物事の基準はだいたいが「モテるかモテないか」だ。休日、二人で遊んで私の我が侭で夕飯を沙織に作ってもらったけど、その味はいつも通り花丸の出来。ここまで家庭的な味を極めた理由が、やっぱり「男の子にモテるため」なんだから、本当筋金入りだ。そのおかげでこうして私は美味しい思いをしているので、万々歳なんだけど。沙織は料理が上手で、女子力高くて、社交的で、胸もでかくて、可愛くて、異性に好かれる努力もして…、本当、逆にモテない理由を探すほうが難しいくらいだ。女子校だからただ出会いが無いというだけで、恐らく男たちの群れにひょいと放り込んだらあっという間に取り囲まれるのではと思う。それくらい魅力的な女の子だ。 「っていうか、も少しは料理とか練習しなよ!手伝おうとしてくれるのはいいけど、包丁持つ手つきが危なすぎて見てらんない!」 「えー、だって私はほら〜、モテたいとか思ってないですし〜」 「だめだめ!少しは練習しなさい。お嫁に行けないよ?将来、友達が続々と結婚していく中、取り残されちゃうよ!?」 「沙織がなかなか結婚できなくて傍にいてくれそうだから大丈夫〜」 「違いますぅ。私は真っ先に結婚して可愛い内に超可愛いウェディングドレス着るの!可愛いお嫁さんになるの!」 絶対本人がモテないと思い込んでるだけだろう、って分かってはいるんだけど、このテのからかい方をすると沙織の反応が面白いので、ついモテないモテない〜っていじってしまう。きゃんきゃん吠える沙織が可愛いので笑って見守る。 「料理だって、いつか彼氏が出来た時に恥ずかしくないよーに練習しないと!私お弁当とか作ってあげたい!」 「沙織ってそういう単純思考なところあるよねー」 「だってさ、『君の手料理が食べたい』とか言われた時に料理の下手さがバレたら幻滅されちゃうかもしれないし」 「うーん、まあそうだよねえ。何事も練習しといたほうがいいかもねえ」 「でしょ?ほら!」 「でも私はいーや」 「なんでぇ!?」 「練習と妄想に必死すぎる沙織が面白すぎるので自分の事はいいやってなる」 「もー!!」 「沙織の練習には付き合うからさ」 「面白がるためでしょ!?自炊しないでご飯食べたいだけでしょ!?」 「いやいや、料理以外でも付き合うよ?」 「例えば何?」 「えー…っと、妄想の手伝いとか?」 「意味わかんなくない!?」 ぎゃあぎゃあ騒ぐ沙織に圧されつつ、考えた末に、大袈裟に咳払いして、出来る限り低い声で、キリリッと凛々しい眼差しで沙織を見つめ、「沙織の肉じゃが、美味しいよ。さすがオレの彼女だ…」と芝居を打ってみる。沙織はそんな茶番に呆れたような恥ずかしいような微妙な表情を見せたけれど、彼女もまた咳払いを一つしてから、「うれしい!タクヤくんの為に愛情たっぷり込めたからっ!」ときらきらおめめで乗ってきた。タクヤって誰だよって思ったけど、多分なんかのアイドルとか俳優の名前だと思う。 「もう世界で一番、自慢の彼女だよ。すぐにでもお嫁さんにしたくなっちゃうな」 「やだもぉ〜タクヤくんったら〜!気が早いよぉ!」 「プッ…くく、…そ、そんなことないよ。オレ、沙織とのこと、マジに考えてるから…」 「…、んふ、…っほん、ほんとにぃ〜?いつもの冗談じゃない?」 お互いに笑いを堪えつつ、台詞の時はキリッと芝居して、茶番を続ける。コノコノ〜っとつつき合い、吹き出しそうになるも、にやにやと笑って、面白がって。「嘘じゃないよ」「からかってるんでしょ」「ほんとだよ」「ほんとに?」なんて、街中でこんなやり取りをしているカップルがいたらめんどくせ〜と思うような会話を二人で馬鹿みたいに繰り返す。体をくねらせたり、もじもじしたり、沙織もなんだかんだノリノリだ。いや、最初は呆れ気味だったから、だんだんノッてきたって感じだろうか。沙織、可愛いからアイドルとか女優さんになれるんじゃない、とか、調子に乗りそうだから言わないけど。 「じゃーあ、私のこと、好きって言ってくれたら信じちゃおっかなっ」 頬を両手で挟んで、きゃっ言っちゃったっ!なんて後に続きそうなベッタベタな台詞を、沙織が可愛らしく言ってくる。なんだこのノリ、って内心笑いを堪えながら、数秒見つめ合って、依然低い作った声で「沙織…っ!」と名前を呼びながら、がばっ!と両手を広げ、沙織に突っ込む。抱きつく。ぎゅうっと、勢い良く。その場のノリだったのか、それとも本当に私の勢いが良すぎたのか分からないが、きゃー!と声を上げながら沙織が後ろに倒れる。抱きついたままだったので、私もそのまま、前に倒れる。床に手を付いて、あ、なにこれ少女漫画とかにありそう、なんだっけ、床ドン的な?なんて思う。自分の下にいる沙織が、逃げられない状態のまま楽しそうに笑った。 「あははっ!押し倒されちゃった!」 「うははっ!や、でも、こういうことあるかもよ。いい練習になったね?」 「えー、そんな展開あるかなあ?」 「あるんじゃないかなあ。男の子ってすぐそっちに持っていくもんなんじゃないの?」 「彼氏いたことないに言われても説得力なーい!」 「沙織もないでしょー」 「う、うるさいなあっ」 拗ねたように口を尖らせて、顔をちょっと赤くする沙織はとても可愛い。改めて見下ろすと、自分の下でもぞりと動く肢体が、けしからんってくらい丁度良い肉付き。なんか自分、おっさんみたいだな。おっさんに押し倒される沙織とか、想像したら凄く嫌だな、なんか腹立つな、こんな可愛い沙織を。けどいつか、沙織もそういう、大人の階段のぼるわけでしょ、いつか誰かに押し倒されちゃったりするかもでしょ。今は、彼氏いない、夢だけ見がちな女の子だけど。なんか、なんか――、もやっとするな、沙織に、彼氏が出来るの想像すると。なんだろうな。 「ねえ、?そろそろ…、…」 沙織の目が、見開く。それを確認したのは一瞬だ。だって次の瞬間には、私、目を瞑っていたわけだから。元から近かった距離を、さらにぐっと近づけてみただけ。それだけで、唇と唇が触れ合う。短く触れただけのそれは、想像していたようなチュッて音はしなかった。だけど想像していたよりずっと、他人の、女の子の、沙織の唇は柔らかかった。沙織のお気に入りのグロスの色は薄いピンクだったな。お揃いで買ったっけな。なんて、考えた、ぼんやり。 「好きだよ。沙織」 唇が離れて、視線が絡む。声、低くするの、忘れた。でもすごい、きりっと、真剣な声が自然に出てきたと思う。沙織がびっくりした顔のままで固まって、動かなかった。 「…、…」 「……ぷっ」 「…え…」 「あはっ!練習練習!」 「え…あ…あーっ!何、えっ!そういうこと!?ばかばか!練習でほんとにチューするとか!」 「え、だってチューの練習じゃん?初めての時恥かかないように、でしょ?本番ではちゃんと目ぇ瞑りなよ〜、咄嗟に瞑れる練習しとこ?」 「やだもお!信じらんない〜っ!初めてだったのにー!!」 「女の子同士なんだからノーカンノーカン」 「そうだけど〜!もお〜!」 「あははっ!沙織の顔!やばーい、かわいー、乙女〜」 「ちょっとお!」 「あはははっ!ひー、だめ、笑いすぎて涙出てきた」 「笑いすぎでしょ!泣きたいのはこっちなんですけど!」 馬鹿みたいに笑って、目尻に滲んだ涙を指で拭った。だけどこれがなかなか、拭っても拭っても、止まってくれない。笑っている沙織に怪しまれないようにどうにか隠し続けたけれど、もう自分がどうして泣いているのか分からなかった。 丁寧に成りすました ベビーピンク |