「……内番、終わったよ」

 特別気を遣ったわけでもないけれど、障子を開けた時に何の音も立たなかった。だから僕の声を聞いて初めて、障子の向こうにいたその人が振り返る。当番が終わったらその都度報告に来て欲しい、と言われたから。だからこうして、当番の内の一人が必ず主の元に報告するようになっている。べつに、さぼっているかどうかを確かめるためではないみたいだけれど。主はいそいそと立ち上がり、僕の目の前へ近寄って、それからまたその場で膝を畳に付いて、頭を下げた。僕に、向かって。

「お疲れ様でございました。い、今、お茶を淹れますね」
「……何故?」
「えっ!?…あ、喉が、乾いて、いたりは…」
「べつに…労いは要らないよ。当番だから、やっただけ」
「で、でも…あの…あ、お茶菓子もあるんですよ!一仕事した後はきっとすごく美味しいって感じられると思う、ので…!是非、召し上がっていただきたく、ですね!?」
「……」
「…い、いらない、ですか…?」
「…分かった。食べるよ」

 安心したようにほっと息を吐いて、では今お持ちしますね、とそそくさ立ち上がる。この人は、よく分からない女の人だ。こんな僕にまで、いつも怯えたように話す。僕にだけじゃなく、本丸にいる他の全員にこんな感じだけど、それにしたって、「こんな僕にまで」だ。以前の主が立派だったり、体が大きかったりする刀剣達に、恭しい言葉を遣い、怯えた態度を見せるのなら分かる。だけど僕はこの人にそんな扱いをされるほどの、胸を張れる過去は無いし、体だって小さい。主よりもずっと小さい、子供の姿をしているのに。
 縁側に腰掛けて庭を眺めていたら、廊下を主がお茶の乗ったお盆を持ってこちらに歩いてくるのに気づく。立ち上がって、手伝うべきだろうか。あのお盆は、重いのだろうか。しばらく考えて、いざ立ち上がろう、という所で、主がきょろきょろ首を動かしながら、僕に声を掛けた。

「あっ…あの、もう一人の当番の方は?」
「…今剣。でも、当番が終わるなり他の短刀と遊びに行った」
「えっ!そ、そうなのですか…」
「……探しに行って、呼び戻したほうがいいの?」
「あ、いえ…せっかく遊んでいるのなら…。お菓子はまだたくさんありますから、後でも大丈夫かな、と」
「…そう」
「はい。小夜左文字様だけでも、少し休憩なさってください」

 本当に、変な人だ。「様」なんて、べつに付けなくていいのに。ただの短刀だ。ただ、復讐の為に在る、短刀だ。僕に気を遣うことなんてないのに。そんな価値なんて僕にはない。要らなくなったら、売るなり、何なり、すればいい。それだけの存在なのに。
 主は、僕の隣にそっとお盆を置いた。ゆらゆらと湯気の立つお茶と、皿に乗った饅頭。僕ともう一人の当番の分も、と用意したのか、その量は二人分だった。それを視界に入れて、手を伸ばすよりも先に、主の顔を窺った。正座して、太腿の上に手を置いて、僕を見ている。当然、目が合う。はっとしたように彼女は後ずさり、いつもみたいにあわあわ頭を下げた。

「す、すみません、見られていたら食べづらいですよね…!」
「…べつに、そんなこと言ってないよ」
「あ…す、す、すみません…」
「ただ…あなたは食べないの?」
「え…私ですか?」
「…今剣の分はあとで淹れ直せばいいんだし…お茶が冷めたら勿体無いよ」

 気まぐれに、思ったことを口にしただけだった。だけど主は思った以上にぽかんとした顔を向けるから、なんだか余計な事を言ってしまった気になって、僕は視線を外し、足元を見た。細くて頼りない自分の足が、ぷらぷら揺れている。誤解しないでほしい。何も僕は、一緒に食べようって誘った訳じゃない。僕は此処で食べるけど、主は自分の部屋に戻って食べたっていいんだ。そんなに、答えに困らなくったっていいんだ。

「え、えっと…じゃ、じゃあ、お隣、よろしいでしょうか…?」
「え…」
「あ!い、いえ!ご、ご、御迷惑でしたら、その…」
「…僕の隣で食べるの、嫌じゃないの?」
「えっ!?」

 てっきり、嫌だから僕に「食べないの?」って言われた時に返事に困っていたのかと思った。僕と話すとき、いつもびくびく、怯えているみたいだったから。苦手な奴の隣でなんか食べたくなくて、どう逃げようか考えているのかと、思った。
 僕の言葉を聞いた主は、驚いて目を丸くして、それから、いつもみたいにあわあわ、戸惑い始める。どうしたものか、と、これまた返事に困っているように見えた。だけど多分、僕の「嫌なんでしょ?」という言葉を、否定する為の言葉を探している。嫌だなんて、そんな風に思わせてしまったなんて、と自分の行動を悔いている。何故だろう、不思議と、それが伝わってくる。この人の言葉で聞いたわけではないのに。

「あ、あのっ、不快な思いをさせてしまったのであれば、そ、その…申し訳ありませんでした…!でも、私、そんな…嫌だなんて…」
「…分かった」
「わ、分かった?ですか?」
「なんとなく…」

 なんとなく、だ。なんとなくあなたの言いたいことは分かった。僕を嫌っているわけではない、というのが、分かった。だけど分かったのはそれだけで、それ以上のことは分からなかったし、詳しく分かろうとすることは僕には出来なかった。ただ、僕の隣に置かれた湯のみを手にとって、目の前の庭をじ、と見る。池を泳ぐ魚が小さく跳ねた。それを見ながら、お茶を啜る。熱すぎず、ぬるすぎず、丁度飲みやすい。誰だったかな、誰かが言っていた。主の淹れるお茶は美味いなって。また違う誰かは、主にお茶を淹れさせるなんて、と言っていた。誰だったかな。
 しばらく主は僕の横顔を眺めていた、ような気がする。そういう視線を感じた、というだけで、実際に目を合わせてはいないので分からない。けれどやがて主は、置かれたお盆を挟んで、僕の隣にそうっと腰掛けた。音を立てたって誰も怒らないのに、変に気を遣っているように感じる。それから遠慮がちに主の細い手が盆に残されていた湯のみに伸びた。

「…あなたは、僕が怖いの?」
「……えっ?」
「少し、あなたが馬に似ているから」
「わ、私が、ですか?」
「…今日、馬当番だったんだ、僕。でも、馬は僕に怯えていた。今剣は、上手く機嫌を取っていたけど、僕は出来なかった。向こうが怯えるばっかりで。本当は、結局ほとんど、今剣に任せきりだった。…僕に馬当番は向いてないよ」

 ああ、これも、誰かが言っていた。僕と同じように馬当番が向いていないと嘆いていた、誰かが。「動物は大きなものを恐れる」って。そうだ、大きいものを恐れるのなら、分かる。じゃあ、馬が、僕を恐れたのは何故。
 動物は素直だ。その澄んだ瞳で、分かってしまうんだ、きっと。敏感に、感じ取ってしまうんだ。僕の胸の中で、ぐずぐずと煮立っている黒いものを、怨念を、流れてきた血を、分かってしまうんだ。恐ろしいって。
 それなら、この人も同じなんだろう。今僕を、おろおろと覗き込むこの人も。僕の抱える闇が、恐ろしくて、穢らわしくって、近付けないに違いない。当然だ。僕の抱える闇に美を見出す、訳の分からない奴らと比べればよっぽど自然だ。この人はいつだって、闇なんか感じさせない、陽の当たる所で過ごしてきたんだろうから。きっとそれがとても似合う人だから。僕とは相容れない。僕は、こんな、穏やかな時間を与えられるべきじゃない。

「あ、あの…小夜、様?」
「…別に、僕は構わないよ。馬と同じだ。慣れ合うことが上手い人達と、あなたは親しくしていればいいと思う。…適材適所だよね。…僕には向いてない。馬の機嫌を取ることも、あなたと、話したり、お茶をしたり、親しくなることも」

 でも、それで構わないはずだ。僕らの目的は、審神者と親しくすることじゃない。敵を斬ること。敵を殺すこと。いつの時代だって変わらない。僕の生きる道は、敵を殺す、それだけ。――そう思った瞬間、酷く焦りが生まれた。丁度いいと思っていたはずのお茶がぬるい。なまぬるい。こんなぬるま湯に浸かっていては駄目なんだ。僕はもっと、復讐の中で、誰かの恨みの声に包まれながら、生きなくちゃ。

「あなたには、復讐したい相手はいる?」

 湯のみを置いて、僕は主の顔を見上げる。戸惑ったままのその人の顔は、みるみる、もっと頼りなくなっていく。眉を下げて、困ったようにも泣きそうにも見える顔で、僕の瞳を覗き返す。もっと僕に与えてほしい。生きる意味である、「復讐」を、もっと。「僕には、それしかないんだ」そう小さく呟いた言葉を、自分の中で何度も繰り返す。そうだ、それしかないんだ。僕の意味は、僕のすべきことは、できることは。上手く触れ合えない、話せない、僕が、あなたの為に出来る事と言ったら。

「もし、いるなら…僕に殺させてよ。いつだってそうしてきた。僕が、主の為に出来る事だから」
「…小夜様、あの…」
「……いなそうだね、その様子じゃ」

 分かっていたことだけど、少し落胆する。そうだ、この人はそう。人を恨んだことなんてないような顔をしている。怒ったところも見たことがない。それどころか真逆だ。いつも他人を許す。自分が謝る。そういう人だ。僕は視線を主から逸らして、皿に乗った饅頭を見た。残すのは忍びない。さっさと食べて、此処から立ち去ろう。主は僕と話すのがきっとあまり好きじゃない。嫌いではないと言うだろうけど、苦手に近いはずだ。僕もなんだか主といると、自分の意味を見失ってしまいそうで、恐ろしい。

「私の話も、聞いてくださいますか?」

 饅頭へ伸ばしかけた手を、ぴく、と引っ込める。いつものどもり癖を感じさせない、凛とした声だった。その声が本当にあの、主のものなのかと疑ってしまうほどに。だけど視線をやれば、いつものように、頼りなさげに眉を下げた主の顔がある。いや、頼りないけど、真っ直ぐに、懇願するような瞳。僕はそこでようやく、さっきから自分ばかりが口を動かし、主の話を聞こうとしていなかったことに気付いた。僕が口を結んで目を見つめ返したのを返事とした主が、やがてゆっくり、言葉を選ぶように話しだす。

「あの…よく勘違いをさせてしまうのですが、大丈夫ですよ。私は、その…あ、貴方が怖くて、こういう喋り方なわけではなくて…」
「…僕が怖い訳じゃないのに、怯えるの?」
「……そう、ですね。私も、少し…困ってます…直したいとは、思うんですが…」

 そう言って、本当に困ったことのように、どうしようもなさそうに肩をすぼめた。怯えている訳じゃないなら、なんなんだろう。聞いたところで多分、ただの癖の様なものだから、と言うんだろう。本人も、直したいと言っているのだから。直したいと思った所で直るものでも無いらしいけれど。
 それから主は、一呼吸置いて、背筋をぴんと伸ばして正座し直すと、「私が、」と話しだす。…かと思いきや、その続きを上手く伝える自信が無いのか、すぐに頼りなさげに視線を揺らした。僕はじっと押し黙って、待つ。聞いてほしいと言われたのだから、待つ。もし、その続きが返ってこなくても。やっぱりいいやと主が諦めてしまったとしても、それはそれで、主が諦めるまでは、待とうと思った。
 その沈黙が一瞬だったか、長い間だったのか、分からないけれど、やがて主がもう一度、僕を見据えた。今度こそ、という決意を秘めた瞳に、僕は不思議と、吸い込まれそうになる。何を言われるのか、と、ほんの少し身構えた直後、目の前の人物は、突然――笑った。随分気が抜ける様に、ふにゃりと。
 初めて見る彼女のそんな表情に、僕は一瞬頭が真っ白になる。ぽかんとする僕、照れくさそうに微笑んだ、主。

「私が、馬に似ていると仰ったけれど、もしもそうなら…お馬さんも私と、同じ気持ちかもしれません」
「…あなたと、同じ気持ち?」
「はい。…その、彼らも、怯えているのではなくて、本当は貴方と仲良くしたいんじゃないかな、って」
「……それはつまり」
「はい」
「あなたは僕と仲良くしたい、ってことなの?」

 同じ気持ち、と言うからには、そういうことになる。表情一つ変えずにじいっと見つめながら尋ねた僕に、にこにこしていた主はすぐにぴしりと表情を固まらせて、次の瞬間には顔色を赤に変えていた。その顔色のまま、「いえ、その、なんというか」と口ごもり、最終的には、俯く。

「む、無理にとは、言いません…さっき、自分には向かないと仰ってましたし、気は進まないかもしれないけれど……その、私なんかと、話したり、親しくなったりすることが、万が一、億が一でも、嫌じゃなかったら…いえ、好きではないかと思うんですけど、…その…もう少し、だけ…」
「……」
「…もう少しだけ、お話…したいな、と…」

 俯いて、指先をもじもじさせながら、消え入りそうな声でそう呟く。少し、泣きそうな声にも聞こえる。緊張なのか、なんなのか。だけどどんなに震えた声であっても、きっと、怯えているわけではないんだ。だって彼女は、僕を怖がらない。怖がってるわけじゃないんだって、本人が言ったんだから。
 それなら、と僕は思う。少しだけ、なら。許されるだろうか、こんな僕が、深い闇から生まれたような僕が、あなたに、近付くこと。

「いえ、あの、偉そうに言ってしまったけれど私、あまりお話が上手ではなくて、うまく喋れないので、なんというかその…!御迷惑かもしれないです、よね、あの…」
「…分かった」
「えっ」
「あなたがそうしたいなら、僕と話して」

 僕はすっかり食べ損ねていた饅頭をやっと手にとって、一口かじって、主の表情をちらりと横目で窺った。主は俯いていた顔を上げて、僕をまあるい瞳で、きょとんと眺めていた。なんとなく目を合わせていられなくて、僕は庭の景色にだけ視線をやる。主は、はっとしたように「はい!」と返事をすると、背筋を伸ばして、僕の隣に正座した。僕を真似るように、庭を見ている。かと思えば、落ち着きなく俯いたり顔を上げたりそわそわして、あの、あの、と必死に話題を探し出した。視界の端にそんな様子を捉えながら、僕は池の魚を眺める。

「……」
「…い、いい天気ですね」
「そうだね」
「…はいっ」
「…」
「……」
「お饅頭」
「は、はい!?」
「…美味しいよ」
「ほあっ」
「何」
「す、すみません、嬉しくて変な声が出てしまって…!」
「…変なひとだよね、主って」
「す…すみません…直したいとは思っているのですが…」

 恥ずかしそうに俯く主はやっぱり変な人だけど、でも、直さなくってもいいのにな、なんて、少し、思った。







「…何してるの?」
「あっ!…きょ、今日は小夜様が馬当番、ですよね…?」
「そうだけど…」
「あの、余計なお世話かもしれませんが、まだ馬当番が苦手だったら、申し訳ないなと思って…私も手伝わせていただきたく…」
「…主が?」

 内番用の衣服に着替えて馬小屋へ顔を出した小夜左文字様は、私の姿を見て、眉を顰めた。一応、私も作業しやすい服に着替えてみたので、そのせいか、見慣れない私の格好に、彼はじっと上から下まで観察する。なんとなく恥ずかしくてもじもじと身を縮めると、彼はこてんと首を傾げて、それから、「べつに、あなたの手を借りなくても大丈夫。当番なんだから、僕がやる。もう一人の当番も、すぐに来るよ」と言った。気を遣わなくていい、と遠慮されて、私は慌てて首を振る。

「あ、いえ、あの、すみません…実は…ちょっとだけ嘘です…。本音を言うと、私、馬に触ったことがないので…少し…やってみたくて…」
「……」
「す、すみません…邪魔でしょうか…」
「…分かった。やりたいなら、手伝って」
「あ、ありがとうございます!」

 ぱっと表情を明るくする私に、彼は小さく、しょうがないな、とでも言うように、息を吐いた。背丈の小さい、子どもの姿をしている彼だけれど、よく大人びた仕草を見せる。そういうとき、なんだか反対に自分の子供っぽさが強調される気がして、少し恥ずかしい。
 「ついてきて」と促されて、私は彼の言う通りに仕事を始める。馬小屋の掃除や、餌やり。自分の住んでいる時代では、馬なんて、なかなか普段の生活で見たり触ったりすることは無い。だから目の前の動物が新鮮で、世話をする合間、私はどきどきしながら、手を伸ばしたり引っ込めたりを繰り返す。

「…触りたいなら、触ってみたらいいのに」
「えっ!あ、や、なんだかタイミングが分からなくて…いきなり、今、触ってもいいのでしょうか…体が大きいので、どこを触ったら一番安心なんでしょう…頭とか顎とか…犬猫とはまた違うのでしょうか…嫌がられたり、噛まれたり、蹴られたりはしないのでしょうか…」
「…馬は体が大きいけど、瞳は澄んでて、怖くないよ」

 ぽつりと呟かれた彼の言葉にはっとさせられて、私はその大きな体だけに注目するのでなく、馬のお顔をそうっと覗きこんだ。確かに、馬の瞳は、やさしくって、澄んだ瞳をしている。そう感じたら、さっきまで躊躇っていたのが嘘みたいに、私は自然と、手を伸ばしていた。そっと撫でると、拒むわけでなく受け入れてくれる。思わず、「可愛い。いいこですね、いいこ」と頬が緩む。ふと視線を小夜様に移せば、彼は私のそんな様子を、黙ってじぃっと眺めていた。

「あ、あの、小夜様の言う通りです。怖くないですね」
「…そう」
「あ…いっしょに撫でませんか?」
「僕はいい…馬が怯えるから」
「そんな、きっと大丈夫ですよ。…ね、お馬さん。怖くないですよ、小夜様はとっても優しい人ですよ」

 怖くないよ、味方だよ。努めて優しい声でそう言い聞かせる。馬は大人しく、それを聞いていてくれる。最初は首を振っていた小夜様も、躊躇いがちに、私のすぐ傍までやってきた。そして、小さな手をそうっと、馬に伸ばす。ちらりと顔を窺うと、不安そうな表情をしていた。馬は、怯える素振りなど見せていないのに。怖がっているのは、小夜様の方に見える。触れてしまえば、きっと、怖がらせてしまう、って。怖がらせてしまうことを、おそれている。

「…怖くなんか、ありませんよ?」

 それは、小夜様に「触れることを怖がらなくてもいいんですよ」と言ったようでもあるし、いつか私を馬に似ていると言ってくれたから、私がお馬さんの気持ちを「私はあなたを怖がっていませんよ」と、代弁したようでもある。小夜様は声に反応して私の方を振り向くけれど、いつもよりずっと近い距離にある顔に照れたようにすぐ視線を逸らした。

「主は、変だよ…優しくって、変」
「そ、そうでしょうか…」
「うん。…お前も、そう思うよね…?」

 彼の小さな手が、馬の頬を撫でる。小夜様は、いつも見せる顔とは違う、穏やかな表情を浮かべていたものだから、へんなのって言われても、もう少し、直さなくってもいいのかもな、なんて、ちいさく思った。