ひとが、むすっとした顔でじいっと自分を見つめてきたら、普通まず理由を尋ねるとおもう。目の前の男はそれをしなかった。ただ、二・三度まばたきをしてから、「ああ、あれか」みたいな答えを見つけたような顔をして(勝手だ。勝手に答えを見つけた気になって、それが正しいかどうか確かめようともしなかった)、身をひょいと屈めて――気付いたら、唇が触れていた。
 そういうところだ。本当に、そういうところなんだよ、あのねえ。

「ん?違ったか。キスしたいのかと思った」

 私が真っ赤になってぷるぷる震えだしたところで、ようやく自分が間違った選択肢の方にダイブしたことに気付いたらしい。けれどぜんぜん、悪びれもせず。「違った」って言ったわりには、「でも間違ってないだろ」みたいな顔だ。ワッと怒っても良かったけど、なんだかこの余裕綽々な男の前で感情的になったらすごく負けな気がする。ふーっ、と深く息を吐いて、平静を取り戻す。改めて、きっ、と仙道の顔を見た。笑ってた。口元でニコッと。腹立つくらいにはっきりとした効果音をつけて。

「仙道。そういうとこだよ」
「何が?」
「私のこと、キスしとけば機嫌なおるだろ、くらいに思ってない?」
「いや、思ってないけど」
「そうじゃなきゃムスッとしてる相手にすることじゃないでしょ」
「ムスッとしてたのか、それ」
「他にどんな顔に見えたの」
「キスしてほしそうな顔」
「ばかなの?」
「キスしてほしいときもその顔してるって。見てるオレが言うんだから間違いないだろ?」
「……、…」
「あ、それも」
「『キスしてほしそうな顔』?……ねえ。私のこと年中キスしたい欲求不満な女だと思ってるの?そうみえてるの?」
「……」
「……」
「違った。キスしたいの、オレのほうか」

 頬を掻いた仙道に、私はなんだかもう、怒る気も無くなって、もう、なんか、なんにも言えなくなった。ただ、めちゃくちゃ顔が熱かった。「もういいよ」「悪かったって。怒ってた理由話してくれ」「もういいよ」もうなんか、どうでもよくなっちゃったよ。仙道がちょっと眉を下げて、私の顔を覗き込む。覗き込んでから、心なしかきょとんとした顔になって、それから――「とりあえず、もう一回しとこーか?」…ああそう、今の私、「キスしてほしそうな顔」してたわけね。(消しゴムでなぞる痴話文/200830)